脱ぎ捨てよ! 叛逆のスカート

煎田佳月子

脱ぎ捨てよ! 叛逆のスカート

「さあ、男はこっちに並べ! スカートの着用を確認する!」


 軍人の粗野な声に応じて、ヒザターケ村の男たちは横一列に整列した。

 男たちは皆、膝上くらいの長さのスカートを穿いており、沈痛な表情を浮かべている。

 村の女性陣も少し離れた所で同様に列を作っていたが、そちらは全員が長ズボンを穿いていた。


「ふむ。しっかりスカートは穿いているな。次はお楽しみの『検査』の時間だ‼」


 上官らしき中年軍人がそう言うと、部下たちがメジャーや定規を持ってやって来た。

 そしてそれを村人たちの膝周辺にあてて、次々にスカートの丈を測定し始める。

 軍の「粛清部隊しゅくせいぶたい」による、服装検査だった。


「おいおい……膝頭ひざがしらを隠しちゃ意味ねえだろ‼ あと二センチ上にまくり上げろ!」

「勘弁してください。いくらなんでも、これ以上短くするのは……」

「うるせえ‼ ルールに逆らうのか⁉」

「ひぃっ‼」


 ――こいつら、権力を笠に着て好き放題しやがって……。


 村の若者ロランは、グッと唇を噛んだ。


「おっ、なんだこいつ! スカートの中にガキみたいなパンツ穿いてるぜ‼」

「これ、女物じゃねえか⁉ とんだ変態野郎だ‼」

「やめろぉ‼ やめてくれよぉ‼」


 その声に目を向けると、村の若者モルコリが、軍人たちにスカートをめくられ慌てていた。

 スカートの中からは、確かに女物と思しきイチゴ柄のパンツがチラ見えしていた。


 ――あの馬鹿! パンツは男物を穿いとけと、あれほど言ったのに‼


 親友のうっかりに、ロランは思わず頭を抱えた。


「軍人さん、もうやめてくだされ……。検査はスカートの長さを図るだけで、中身まで確認する必要は無いじゃろ?」


 軍人の蛮行を見かねた長老が、悲痛な声を発した。

 もちろん長老も、下半身にはヒラヒラのミニスカートを穿いていた。


「うるせえ‼ この地方のルールでは、中身も見る必要があんだよ‼ 逆らう奴は国家反逆罪だぞ?」


 そう。このような悪行が平然と行われているのは、とある法律が原因だった。

 その名も、「男女下半身保護強制法だんじょかはんしんほごきょうせいほう」。


 八年前に国家元首となった女性「オバサリヌ・キラティン」(五十六歳独身)が制定したこの国家法により、男性はスカート、女性はズボンの常時着用を強制され、その逆は一切禁止されてしまった。


 幼少時代、クラスの悪ガキにスカートめくりの悪戯いたずらを頻繁に受けて以来、男という生き物に激しい怨恨と嫌悪感を抱いていたオバサリヌ元首は、国家権力の大部分を手中に収めて独裁政権を確立した後、この荒唐無稽な法を施行したのだった。


 これまで体験したことの無い股下のスースー感に、男たちは大いに困惑して「どこが下半身保護だ!」と叫んだ。

 妙齢の女性たちも、国指定のダサいズボン着用の強制に呆れたが、元首のヒステリー処罰の対象になることを恐れ、口をつぐんだ。


 だが時が経つにつれて、その独裁体制にも徐々にひずみが生じてくる。


 各地ではオバサリヌ政権に反旗をひるがえす者たちが次々現れ、特に近年は「アンティオバハン」という反乱軍組織が、ゲリラ活動を活発化させていた。

 これに対し、政府は軍部で結成した「粛清部隊」による弾圧を強化。軍部と反乱軍の間で激しい抗争が続いていた。


 そして今回、粛清部隊に目をつけられたのが、このヒザターケ村だった。


「全く、憐れな村ね……」


 純白の軍服を着た少女が、そう呟いた。

 ミディアムの青髪に軍帽をかぶり、やや小柄ではあるが、ピンと伸びた背筋からは威圧感が漂っている。


 少女の名は、カエラ・ガータニャウ少佐。

 若干十八歳にして軍中央本部に所属する、生粋のエリート軍人だった。


「この村に反乱軍の一味が潜んでいるのは、調べがついているわ。これ以上痛い目に遭いたくなければ、大人しく連中を差し出しなさい」


 美しい容姿の少佐が、冷たく言い放った。


「し、知らぬ。反乱軍など、全く知らぬ……」


 少佐に詰問された長老は、首をブンブン横に振った。

 その反動で、腰のスカートがヒラヒラと煽情的に揺らめいた。


「なら、その醜いスカートの中身ごと、村を根こそぎ調べ尽くすまでよ。偉大な元首の定めたルールに従わぬ、愚か者共が……」


 その一言が、青年ロランの反骨心に火を点けた。


「愚かなのはどっちだ、卑劣な軍の犬め」

「なんですって?」


 少佐がピクリと眉を動かした。


「本当に愚かなのは、馬鹿げたルールを疑問にも思わず、それに盲従してるお前らの方だろ」

「貴様‼ 我らを侮辱するか‼」


 カエラ少佐が憤激しかけた、その時……。


「おいお前‼ そのスカートからはみ出している布はなんだ⁉」


 とある軍人の叫びが聞こえて、皆の視線がそちらに集中した。


 そこでは、白髪の壮年の村人が、服装検査を受けている所だった。

 ……が、その男が穿いたスカートの中からは、謎の長い白帯がダラッと垂れ下がっていた。


「これはただの下着の一種。おかしな物ではありませんよ」


 股下から帯を垂らした男は、そう答えた。


「そんな布が下着ですって? 嘘をつかないで」


 ロランとの会話を中断したカエラ少佐が、騒ぎの中心にやって来た。


「いえ、お嬢さん。これは『フンドーシ』と呼ばれる代物。古来から東洋で愛用されている、立派な下着なのです」

「スカートからそんなにはみ出す下着が、あってたまるものですか‼」


 男の堂々たる口調に激昂した少佐は、勢いよく歩み寄った。


「やれやれ、この下着の有用性が分かりませぬ……かぁっ‼」

「⁉」


 カエラは、目を剥いた。

 接近した瞬間、白髪の男が股下から垂らした長布を掴み、それを物凄い速度でカエラの両腕に巻き付けたのだ。

 不意を突かれたカエラは一瞬で腕の自由を奪われ、そのまま白髪男によって羽交い絞めにされてしまった。


「しまった⁉」

「よし、敵の首魁は捕えた‼ 皆、今だ‼」


 ロランの号令に応じて、村人たちが一斉に、粛清部隊への反抗を開始した。

 先刻までの従順ぶりはどこへやら。軍人たちは、人が変わったように獰猛どうもうになった村人に殴られ、蹴られ、投げられ、締め落とされ……次々と無力化されていった。


「この手際の良さ……まさか、貴様ら全員⁉」

「お察しの通り。この村そのものが、我ら『アンティオバハン』の本拠地だったのです」


 カエラを捕えた白髪男性が、紳士的に微笑んだ。

 この男こそ反乱軍のトップ、シャムラ・スィロパン司令その人だった。


「さすがの手並みでした、司令」

「ロラン、ご苦労だったな」


 周囲の敵を片付けた反乱軍幹部のロランが、司令の元に駆け寄ってきた。

 同じく幹部のモルコリや、実は筋肉質な長老らの手によって、粛清部隊はほぼ壊滅状態となり、残敵も次々に捕らえられていった。


「残るは貴女のみですね、お嬢さん」


 そう言って、司令はカエラに目を向けた。

 ふんどしで縛られ虜囚となった美少女は、憮然と座り込んでいた。


「こんな……軍のエリートである私が、こんな屈辱を……」

「まだそんな下らないことにこだわってるのか、お前」


 ロランは、白けた様子で言った。


「下らないですって⁉ ルールという秩序を破壊する、ものが‼」

「あくまでルールに従う、か。本当に頭が固いな」


 そう言いながら、いつの間にかズボンに穿き替えていたロランは、自身が穿いていたスカートを持って近づいてきた。


「な、なにをする気⁉」

「ルールを盲信するお前に、それを破る楽しみを教えてやるよ」


 そう言うと、ロランは持っていたスカートを、カエラの軍服ズボンの上にそのまま穿かせてやった。

 続いてスカートの内側に入ったズボンを、勢いよくスポッと脱がせてしまった。


「キャァッ‼」


 カエラはそこで初めて、年相応な女子の声で叫んだ。

 シンプルな白いズボンを穿いていたカエラは今、紺色のプリーツスカートにその可憐な身体の一部を包んでいた。


「よし、一丁上がり」

「こ、こんな。私がスカートを穿くなんて……。スースーして落ち着かない……」

「スカートってのは、本来女性が穿く物だ。男だけがそれを強制される社会なんて、絶対に間違っている」


 カエラのスカートから覗いた美しい脚にちょっとドキッとしつつ、ロランはそう言った。


「別に、俺たちは女性にスカートを強制したいわけじゃない。スカート穿こうがズボンを穿こうが、そんなの個人の自由だ。男だって、スカート穿きたいならそれでいいさ」


 反乱軍の男性は皆ズボンに着替えていたが、中にはモルコリのように、嬉々としてスカートを穿いたままの男も数人見受けられた。

 女性の仲間たちも、思い思いにスカートやズボンを身に着けている。


「問題は、馬鹿げたルールによってその選択の自由が侵害されてることだ。その自由を取り戻すため、俺たちはこうして立ち上がったんだ……って、どうした?」


 ロランは、なにやらぼうっとした表情のカエラに向かって声を掛けた。


「え? あ、いえ……最初は落ち着かなかったけど、よく見ると、スカートって結構可愛いかもって……」


 幼少期から軍のエリートとして訓練や任務に没頭してきたカエラだったが、初めてスカートを穿いたことで、年頃の女子らしいオシャレ感が芽生えたようだった。


「そ、そうか。まあ確かに、よく似合ってるぞ」

「本当⁉」

「あ、ああ……」


 予想外の食いつきの良さに、ロランは狼狽した。


「言われてみればあなたも、ズボン姿の方が似合ってるわね。なんていうか、お、男らしいっていうか……」

「そ、そうか?」


 妙にくすぐったい雰囲気になって、二人はなぜかモジモジしてしまった。


 そして少し離れた所では、シャムラ司令たちがそれを眺めてニヤニヤしていた。


「若いというのは、いいことだな」

「そうですのう」

「俺はズボンより、圧倒的スカート着用派ですけどね‼」



 こうしてヒザターケ村におけるゲリラ戦は、反乱軍の勝利に終わった。



 その後、数年かけて反乱軍は勢力を拡大していき、最終的にはオバサリヌ独裁政権に勝利して、国民は見事、自由を勝ち取ることに成功する。


 そして反乱軍に寝返ったカエラは、その戦いの中で紆余曲折を経て、最終的にはロランと結ばれることになるのだが、それはまた、別のお話である。



 -fin-


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