第27話 俺にカワイイ猫のぬいぐるみの作り方を教えてくれ

「ねぇ、短冊にどんな願い事を書いたの」


「ふふふっ、秘密よ。

 ヒトに教えたら叶わなくなるって、言い伝えもあるしねぇ」


「じゃあ、後でこっそりと覗いちゃおうかな」


 教室中にサワサワと広がる、退屈に満ちた日常に舞い込んだイベントを歓喜したクラスメイトたちの声が耳に響き。


 教室内の雰囲気が少しずつ熱を帯び、変化してゆくのが感じられた。 


 俺は七夕が大嫌いだった。


 天体観測をするために望遠鏡を覗くと、決まっていつも麗〈うるわ〉しき若き女性の着替えシーンが目に飛び込んでくるからだ。


 周りに建物などがない山の中なら落ち着いて天体観測をできると思ったのだけど、それは考えが甘かった。


 あお○んしているところを目撃したからだ。


 それから短冊に願い事を書くという風習も好きじゃない。


 でも姫川さんがどんなお願い事を書いたのか気になった俺は、昼食を素早く済ませ、こっそりと昇降口に向かってると。


 階段の踊り場の方から複数の女性の叫び声が聞こえてきた。


「あたし、大人気声優の中田と付き合ってるんだけど、彼いつもアナタの話ばかりするのよねぇ。

 はっきり言ってめざわりなのよね」


 榎本えのもとさんは、姫川さんの左頬を叩く。


 榎本さんの周りにはいつも人だかりができている。


 彼女はいわゆる『ギャル』で、片足を机にかけ、ティーン向けの大判ファッション雑誌を片手に、椅子の前脚を浮かせてゆらゆらと座っている姿をよく目にする。


 あと腰巻にしたブレザー制服が特徴的な女性だ。


「それは榎本えのもとさんに魅力がないからじゃないですか」


「ちょっとカワイイからって、生意気だわ」


「ああ、うっさいわね。そこをどきなさい」


「ちょっと待ちなさいよ。無視するじゃないわよ」


榎本えのもとさんが呼んでいるのわからないの」


「私たちはアナタに話があるのよ、姫川理沙。アナタが話を聞いてくれるまで、つきまとうわよ」


「きゃあっ」


 姫川さんはとつぜん悲鳴を上げ、自分のブラウスを引きちぎる。


「助けてぇ」


 ボタンが飛び散り、手に持っていた水筒のフタを開けると、頭から紅茶をかぶる。


「犯される」


 びしょ濡れになった姫川さんを目撃した俺は、足を踏み外し階段を転げ落ち、理沙を押し倒してしまう。


「ひっ!? 男。しかも女を食い物にしているという神村龍一。イヤァアア」


 俺の顔を見るなり叫び声を上げ、女子生徒Aはスカートを押さえて、物凄い勢いで立ち去ってしまう。


 その場に独り残された榎本さんは涙目になりながら


「ちょっと待ってなさい。あたしを置いて逃げるんじゃないわよ」


 女性生徒Aが走っていたほうに向かって声を荒げた。


「これ以上、私につきまとうと、彼に脅迫されることになるけど、それでもいいのかしら。彼は冷酷無慈悲で情け容赦のないド変態よ。

 貴方も彼の噂ぐらい耳にしたことがあるでしょう。

 平穏な学生生活を送りたいなら、わかるでしょう」


 姫川さんのそのセリフには妙な説得力があった。


 なぜなら、その噂を流している当人だからだ。


「噂以上のイカレタ女ね。

 こうなることもすべて計算していたんでしょう。

 この悪魔っ。

 わかったわよ。

 もう二度とつきまとったりしないわよ」


「そうしてくれると助かるわぁ」


 その時俺は、絶対に『敵に回してはいけない人間』だと悟った。


 それ以来、榎本えのもとさんを見かけることは、なかったからだ。


 改めて女性の怖さを思い知らされた、瞬間でもあった。


 ちなみに姫川さんが短冊に書いた願いごとは『身長があと5センチほど伸びますよう』という切実なモノだった。




++++++++++++++++++++++++




 数日後の放課後。


 俺は被服室を訪れていた。

 

 斎藤さんに頼みごとがあったからだ。


「俺にカワイイ猫のぬいぐるみの作り方を教えてくれ、頼む」


 なぜ? そのようなことを、斎藤さんにお願いしたかというと、姫川さんが書いた短冊に『カワイイ猫のぬいぐるみ』が欲しいと書かれていたからだ。


「教えてあげてもいいけど、アタシのことは『伏せておく』のが条件よ。

 姫川さんに余計なことは言わないと約束できるなら、教えてあげてもいいわよ」


「秘密保持契約を結ぼうということだな。

 わかった。

 秘密は厳守する」


「約束を破ったら『八つ裂きの刑』だからねえ。

 覚悟しておきなさい」


 それから数日間すうじつかん被服室に通い詰めた。


 メイド服。ナースルック。チャイナ服。ゴズロリドレス。幼稚園児のスモック。小学生低学年女子が着てそうな赤い吊りスカート。レースクイーンの衣装などなど、様々なコスチュームが俺の目に映る。


 数体のトルソーという首下から太ももまでしかないマネキンが埋め尽くして、ミシンのある机まで行くのも一苦労だ。


 ここに飾ってある衣装は全て、斎藤さんの作品だ。


 慣れない針仕事で、俺の指先は絆創膏だらけになり、ぬいぐるみにも血が付き。


 縫い目も雑で、肝心の『ぬいぐるみ』は、全然可愛らしくなかった。


「もう見てられないわぁ。貸して」


 それ以上は何も言わず、彼女は裁縫箱から『ぬいぐるみ』に合う糸を取り出し、縫い始める。


 チクチクと針を通していく姿は、なんだか凄く家庭的だな。


「これで少しは『見栄え』がよくなったかしら」


「スゴイ!? スゴイよおっ!? 斎藤さんってやっぱり裁縫が得意なんだね。

 これなら、きっと姫川さんも喜んでくれるよ。ほんとうにありがとう」


「念のためにもう一度だけ、言っておくけど。

 アタシのことは絶対に姫川さんには、話ちゃダメだからね」


「もちろん、わかってるよ。

 約束はちゃんと守るから安心して」


「神村君のこと信用してるからね。

 くれぐれも気をつけてね」


「ああ」


 ちなみに『ミスコン』で使う衣装は、すべて斎藤さんの手作りだ。


 彼女の裁縫技術はプロ級だ。

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