投獄されたので脱獄します 1
屈強な大柄の騎士に縄をかけられ、連行されたのは城内の一角――都市の外からも見えた尖塔だった。
円柱状の室内は剥き出しの石壁に覆われおり、窓には鉄格子、唯一の出入り口は重厚な鉄製の扉で覆われている。
突き飛ばされるように部屋に乱暴に投げ出され、重々しい音を立てて扉は閉じられてしまった。
扉の監視用の小窓からは、厳つい容貌をした騎士の冷ややかな双眸だけが覗いている。
「あ、あの、誤解なんですってば! フェブ――フェブラントさまに確認してもらうとわかると思うんですけど、不慮の事故なんです! 決して害しようとか考えていたわけではなくて!」
必死に弁明する言葉にも、騎士はさしたる反応を見せない。
「喚くな」
反対に、威圧のある一言に押し黙らされてしまう。
騎士は小窓の隙間から、観察するような視線を投げかけている。
捕らえられた当初は、射殺されんばかりに威嚇されたが、ここにきて殺意や敵意の類は感じない。
犯罪者を見下ろす冷徹さでもなく、理性ある冷静な眼差しが見て取れたことだけが救いだった。
「私はベルデン騎士団の団長、カーティス・パッツォ。若さまの体質は心得ている。あの発作を起こすと、数時間は目を覚ますことはない。明日になれば嫌疑も晴れよう。それまでは我慢しておけ」
意外にも、騎士――カーティス団長は、そう告げてきた。
騎士団を治める団長といえば、おそらく城内でも指折りの権力者だろう。爵位持ちかもしれない。
思えば、そんな者が供も連れずに、わざわざ自ら容疑者を連行したのも妙な話だ。
口調からしても、俺のことを賊と疑っているふうではない。
そこになにか意図のようなものを感じられた。
「ふ、顔つきが変わったな。なかなかに小賢しいと見える。なに、貴様は若さまの客人だ。主たる大フェブラント伯爵の承認なしに、私の権限だけで貴様の身柄をどうこうできない、ただそれだけのことだ」
「……せめて、荷物だけでも返してもらえませんか? 大事なものが入ってますので」
拘束の縄はすでに外されているが、普段から持ち歩いているリュックは没収されていた。
スマホもリュックの中。日頃から身に着けている身体能力増強の魔石や、炎の魔法石も取り上げられてしまっている。
「それは贅沢すぎる要求だな。辛気臭い地下牢でないだけ感謝することだ。しばらくは、ここで快適に過ごすといい」
カーティス団長は皮肉混じりに言い捨てると、あっさりと話を打ち切ってしまった。
石造りの螺旋階段を降りていく足元だけが響き、徐々に遠ざかってゆく。
部屋に取り残されて、完全にひとりきりとなってしまう。
とりあえず室内を確認してみると、10メートル四方の部屋には、最低限の生活用具は備えられていた。
ひとり掛けの机にタンス、柔らかそうな敷布団と掛け布団があるまともなベッド、床全面に簡素な絨毯まで敷いてある辺り、言葉通りに破格の待遇なのだろう。まったく嬉しくはないが。
おおかた身分の高い貴人用の幽閉場所なのだろう。
塔に幽閉されるのは高貴な姫さまと相場が決まっているが、ここで深窓の令嬢ぶるのは真っ平ごめんだった。
御伽噺では幽閉された姫はシーツを破って繋いでロープとし、魔女の魔の手から逃れたなんてのもあるが――
うろうろと室内を徘徊して各所を調べてみたものの、当然ながら扉の鍵は外鍵で、外界を見下ろせる窓の鉄格子はびくともしなかった。
この尖塔は城壁の端に建つだけに、窓の外は塔の高さプラス城壁の高さで、地上20メートルほどはあるだろう。
しかも下が石畳となれば、窓の鉄格子は脱走防止というよりは、むしろ身投げ防止の役割なのかもしれない。
「まいった……」
ベッドに倒れ込み、そのまま大の字に寝転がる。
はるか頭上の天窓では夕闇が色を増し、星の光がうっすらと彩り始めていた。
このまま夜が更けてしまえば、ランプひとつの明かりもないこの部屋は、暗闇に覆われてしまうだろう。
以前の大峡谷でのトラウマから、暗闇は苦手になってきている。
外部との連絡手段も絶たれ、頼みの魔石も魔法石もない。
異世界の異郷の都市にひとりきり、さらに投獄されて夜を迎えるとなれば、楽観できる要素がどこにもなかった。
唯一の望みは、フェブの存在だ。
騎士団長の口ぶりから、領主のアールズ伯爵は不在らしい。そうなると、孫のフェブが城の最高権者となるだろう。
たった半日程度の付き合いだが、充分すぎる以上に親交は深まっている……と信じたい。
目覚めて証言さえしてもらえれば、すぐさま釈放されるはずだ。
ただ、懸念すべきはカーティス団長の言葉だ。
あの厳めしい騎士団長は、「しばらくは」と言った。明日になればフェブが目覚め、嫌疑も晴れるから我慢しろ、と言ったその口で。
真意は知れないが、嫌疑が晴れてもすぐに解放出するつもりはないのかもしれない。
気がかりな点はまだある。
フェブが倒れた際、真っ先に駆けつけるのは、部屋の外に控えていたはずのメイドであるべきだ。
しかし、実際には、物音を聞きつけてからものの数秒というタイミングで、騎士団長が飛び込んできた。
あれは、事前に入り口の扉近くに待機していたのではないだろうか。
いっそ扉の前で聞き耳を立てていた――と考えたほうが、しっくりくる。
陰謀とまではいかないが、なにやらキナ臭いのは感じてしまう。
まあ、そうは言っても、現状は囚われの身。なにができるわけでもなく。
「はぁ……」
取り留めのないことを考えているうちにも、時間は刻一刻と過ぎていく。
時計代わりのスマホがないので正確な時刻は不明だが、そろそろ日没だろう。
見上げる天窓からの空は、夜空と呼んでも差し支えなくなっている。
星のひとつに、なんとなしに手を伸ばす。
ふと……指の隙間から星の光がすり抜けて落ちてきた気がして、目元を腕で擦った。
そのとき、なにか固いものが伸ばしていた手の指先に触れた。
見ると、つい今まで頭上高くにあったはずの天井が、何故か手の届く位置まで迫ってきていた。正しくは天井が迫っていたのではなく、俺のほうが天井に迫っていた。
一言でいうと、身体が宙に浮いていたわけだが。
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