地下ダンジョンから脱出します 3
「え~と、せいぜい鱗が何枚か剥げたくれえ……かな? あっちゃ~……倒せないのはわかっちゃいたけど、ノーダメかよ! あたいの持つ技で一等貫通力のあるアレでもあんな程度たぁ、自信なくすわな~」
デッドさんが落胆して、すとんと元の位置に腰を下ろした。
こうしてる間にも、前方の地竜との距離は縮まっている。
射撃前のどさくさでスピードが落ちていたとはいえ、到達まであと1分を切っているだろう。
「う~ん、どうすっかな。こりゃ参った」
「……もういっそ、ぶつけちゃいましょう」
俺はぼそりと言ってみた。
「は?」
「疾風丸ですよ。この速度での激突って、強烈そうに思えません?」
デッドさんにしては珍しく、呆気に取られたような表情をしていたが――意味を理解するにつれて普段の、それ以上の悪戯っぽい顔になった。
「言うね~、アキも。真っ向勝負の正面突破ってか。そういうのは、あたいも大好物さね! んで、どうする?」
「俺だって無茶言っているのは自覚してます。もう半ばやけくそなんで。なので、どうせなら最大出力で。デッドさんも手伝ってください」
「魔法石の制御は苦手なんだよな~。ま、お互い風の加護持ちだ。精霊に仲介してもらえば、タイミングくれー、なんとかなっかな?」
「じゃあ、後方から勢いよく風が噴射するイメージで」
「それってあれか? ――ごにょごにょ――みてえな? にひ♪」
「ぶっ! よくそんな下品な発想になりますね!? 小学生か! でもまあ、それでいいです。時間もないし」
そうこうしている間に、すでに地竜は目の前だ。もはや、その無機質な両眼すら視認できる。
地竜は真っ直ぐにこちらに向かい合い、大きくあぎとを開いている。
この体勢からの攻撃はブレスしかない。圧縮された空気の塊が、今か今かと解き放たれているのを待っているかのようだ。
「「風よ――弾けろぉ!!」」
思い思いに叫んだはずが、ふたりの声がハモった。
同時に発動したふたつの風の魔法石は相乗効果を及ぼし、想像を絶するほどの推進力を生み出した。すなわち、叔父から教わったところの『連結魔法』だ。
わざわざ飛び降りるまでもなく、あまりの勢いにふたりとも車体から投げ出されてしまった。
総重量100キロ強、推定時速300キロの特大の砲弾だ。
いかに頑強な地竜といえども、無事に済むはずはない。
疾風丸は唸りをあげて疾走し、地竜の顎を斜め下からかち上げた。
発射寸前だったブレスが強制的に閉じられた口蓋の中で弾けて、地竜の上顎もろとも前頭部を吹き飛ばす。
周囲にあらゆる体液を撒き散らしながら、地竜の巨体が横倒しに没した。
「よっしゃー! 決まったぜ!」
「やったやった!」
デッドさんは指を鳴らし、俺も今度こそ会心のガッツポーズを繰り返した。
そして、お互いにハイタッチ。
気絶させるくらいはできると踏んでいたが、まさか倒すことまでできようとは。
運も味方したとはいえ、想定以上の結果だった。
「見たかよ、エルフの最後っ屁の威力! ぼふん、ってな!」
「だから、下品ですってば! またディラブローゼスさんに怒られますよ?」
「かてーこと言うなって。今のうちに抜けんぞ、アキ!」
地竜の周辺には、他の生物はおいそれと近寄ってこない。
そのため、『地竜の通り道』の通路前に陣取っていた地竜亡き後、俺たちの邪魔をできる相手はいなかった。
疾風丸は失われてしまったとはいえ、死骸を迂回して通路に入り込んでしまえば、徒歩でもこっちのものだった。
――ただ、また浮かれていたのかもしれない。
油断はできない、運命の神に嫌われているのだと、あれだけ何度も思い知っていたはずなのに。
凶悪なブレスが、つい数歩先の地面を抉ってクレーターを造り出す。
直撃こそしなかったものの、その余波だけでデッドさんと共々、背後に紙屑のように弾き飛ばされた。
今度もまた精霊が助けてくれたらしく、怪我らしい怪我はなかった。
デッドさんもまた(こちらは自前だろうが)直前に張った魔法壁のおかげで、無傷で済んでいた。
「そ、そんな……嘘だろ……?」
ブレスを放ったのは、当然、死んだ地竜ではない。
横たわる地竜の亡骸の向こう側から、別の地竜が顔を覗かせていた。先ほどよりも大きな個体だ。
しかもそれだけではなく、『地竜の通り道』の通路から下りてくる地竜が数体、群れを成していた。
慌ててブレスの範囲外まで走って距離を取るが、状況は予想を遥かに下回っての最低最悪といえた。
ここまでの徹底的な最悪までは、いくらなんでも想定していない。
今はまだ地竜の死体が通路に蓋をしている状態のため、他の地竜は通れず、すぐさま戦闘になることはないだろう。
ただそれも時間の問題だ。なにより背後からは、別の凶悪な生物たちも迫ってきている。
大宴会場と呼ばれる場所は、にわかに名前通りの様相を呈してきた。
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