お披露目、疾風丸 2

「それで、叔父さん。これはどうやって動かしたらいいの?」


「すでにタイヤを回して走る自動車じゃなく、ジェット噴射で車体を飛ばす乗り物だってことを理解しとけよ。動かしかたはだな、基本的にはいつもの炎の魔法石を使うやり方と一緒だ。初動は特にパワーが必要だから、まずはブレーキを握ったまま、風の魔法石をひとつ発動させて推進力を溜める。そこで一気にブレーキを解放して発進だな。あとは、断続的に交互に魔法石を発動させることで、進んでいくって寸法だ。風の魔法石は消費魔力が少ないから、回復量も考えるとかなりの距離は持つだろ」


「へえ、なんとなくだけどわかった」


 風の魔法石を使うのは初めてだが、いける気はする。

 魔法石を使うときの決め手はイメージだと、デジーの教えと皮肉にも実戦から身に染みて学んでいる。

 魔法の風もただ噴かせただけでは、総重量で200キロほどにもなる人間ふたりを乗せた車体は動かせないだろう。


 炎のレイピアのときと同じく、一点集中するイメージ。

 叔父の言葉にもあった、ジェット噴射がそれだろう。


「で、同時起動の並列魔法でブーストな」


「それは無理」


 簡単に言わないでいただきたい。

 そんなことができるのは、あなただけです。


「それにしても、この方法って叔父さんが考案したの? エンジンやモーターのないこっちなら、画期的な発明じゃないの?」


「この考え自体は昔からあったんだが、車体のほうに問題があってな。馬車や荷車じゃあ、強度不足で車軸が持たない。強度を上げると、今度は重すぎて動かない。そもそも、ハンドルやブレーキなんて概念がないからな。真っ直ぐにしか進めない、停まれもしない乗り物なんて、流行ると思うか?」


 だから、頑丈で軽量化を実現したアルミニウムのフレーム、駆動性に直結するベアリングやサスペンション、そして操縦性。

 それらがあってこそ実現できた現代日本と異世界とのハイブリッドというわけだ。納得した。


 なにはともあれ、実際に動かしてみないと始まらない。

 背中に貼りついた春香も、そろそろ我慢に耐えかねているようなので、まずはイメージを実行に移してみることにした。


 ブレーキを握ったまま、車体内部の風の魔法石に念じて、後方に向かって風を射出。

 じりじり出力を上げていき――タイヤのグリップが飽和しかけたところで、一息にブレーキを放す!


 ぐるんっ。


 勢いよく空中で一回転して、運よくその場に着地した。


 春香とふたりして、咄嗟に声が出なかった。心臓がバクバク鳴っている。

 程なくして、春香から後頭部に「えいえい」と頭突きされた。


 で、やり直し。


 今度は限界まで抑えるのではなく、切りのいいところで解放すると、意外と軽快に発進した。


 地面は舗装道路には遠く及ばない悪路だが、オフロードタイヤとサスペンションのおかげで、思いのほか振動も少ない。

 ブレーキをかけると、すんなり停まってくれて、初乗りにしてはなかなかに快適だった。


 腕組みして見守っている叔父も、「うんうん」と満足げだ。


「りおもー、りおもーのるー!」


 うずうずした様子で指を咥えて眺めていたリオちゃんが、我慢できずに参戦してきた。

 俺と春香の座るシートの隙間に、身軽にぴょんと飛び乗ってくる。

 サンドイッチ状態の窮屈な3人乗りだが、リオちゃんはご満悦だ。


「しょうがないな。じゃあ、ちょっとだけだよ?」


「うん! しゅぱーつ!」


「おー!」


 再度、発進する。

 リオちゃんへのサービスもかねて、今度は少し速度を上げて、時速20キロくらい出してみた。

 乗り慣れていないからか、結構、スピード感がある。


 家の周囲を1周して、元の位置に停車しようとしてブレーキをかけると――停まった制動で、リオちゃんの軽い身体が、すぽーんと前方にすっぽ抜けて飛んでいった。


「「ああっ!?」」


 慌てる俺たち兄妹をよそに、投げ出されたリオちゃんは、器用に空中で回転して地面にしたっと着地した。

 獣人だけあって、猫もかくやの見事な身のこなしだった。


「きゃはは。もっかい、もっかーい」


 元気に戻ってきたリオちゃんだったが、笑顔のリィズさんに途中で両脇を抱えて捕獲されてしまった。

 しばらくじたばたと不満げにもがいていたものの、母には勝てずにあえなく退場となってしまった。

 なんだか申し訳ない。


 なにはともあれ、リオちゃんに怪我がなくてよかった。

 もし、転びでもしたら、どうなっていたことか――俺が。

 背中に感じる叔父の視線が熱い。振り向きたくない。

 本当にリオちゃんに怪我がなくてよかった。うん。


 まあ、それはそれとして。


 一通りの動作を繰り返し、だいぶバギーの運転にも慣れてきた。


 今度は加速のテストということで、家の周りを大きく周回しつつ、徐々に速度を増してみる。

 断続的に風魔法を発動させることで、ぐんぐん加速していき――スピードメーターは時速40キロに達していた。

 体感としては、さらに速い。さすがに少し怖いくらいだ。


 すると、背後からなにやら奇声が聞こえ始めた。


「あははは!」


 春香だった。

 他に乗っているのは春香だけなので当然なのだが、なんだか妙なテンションになっている。


「あはははは! 楽しー!」


 さらに加速する。

 風を抑えるように魔法石に念じているはずだが、減速するどころか速度は増すばかりだ。


「あははははははー! もっと、もっ~と、行ってみよー!」


 速度は時速60キロを突破した。

 体感速度では時速100キロくらいありそうだ。

 路面にハンドルを取られそうになる。


「――ちょっと、叔父さん!」

「――魔法石が春香にも」

「――反応してない!?」


 猛スピードで家の周囲を1周するごとに、呑気に腕組みしている叔父にどうにか訊ねると、


「そりゃあ、一緒に乗ってるんだから反応するだろ」


 あっけらかんと言われてしまった。


「あ。ちなみに、ふたり乗りなら『連結魔法』でブーストできそうだな。ひとりでやるのが『並列魔法』、ふたりでやるのが『連結魔法』だ。効果は同じで――」


「今、そんな解説いらないからー!」


「あはははははははー!」


 結局、ふたつの魔法石の魔力が切れるまで、走り続ける羽目となった。


 おかげで、バギーを初日で乗りこなせるようになってしまったのは、怪我の功名だったかもしれない。

 ……精神的な代償はでかかったが。

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