獣人少女 3
いつもの口数少ない食事も終了した。
あとは床に直に敷いた干し草の中で寝るだけだ。
ちなみに、ふたりの間に艶っぽいことなど微塵もなく、本当にただ並んで眠るだけの日々だった。
「ときに、セージ様。寝る前にひとつ聞きたいことがある」
いつもは食事を終えた途端にその場に横になり、ものの数秒で寝息を立てはじめるリィズなのだが、その日は珍しく征司に語りかけてきた。
「そこに扉ができているんだが」
リィズは小屋の出入り口を指差した。
「おっ! 気づいてくれたか! あんまりにもノーリアクションだったから、どうしようかと思ったぜ! はっはっ!」
言葉通り、単なる通行口だった穴に、手作り感溢れるドアがはめ込まれている。
日中の余暇を利用し、征司が近所の森から拾ってきた木を加工して作ったお手製だった。
「やっぱ、開けっ広げってのも落ち着かないからな。あと、壁の隙間の補修とかもしてるんだぜ?」
征司の言葉に、リィズが周囲を見回した。
「……たしかに、いつの間に。もしかして、掃除もしているのか……?」
「なんせ、こちとら居候の身だからな、これぐらいはよ。リィズはほんと身の回りっていうか、家事には疎いよな。さっきの食事だって、俺に任せるならもっと美味くしてやれるぜ?」
「もっと美味しく……?」
上機嫌になって征司が得意げに言うと、味の部分でリィズが反応した。
獣人だからかリィズだからか、リィズの料理はいたってシンプルで豪快だ。
どんな肉だろうと、ただぶつ切りにして串に刺して焼くだけ。味付けはもちろんない。
最初は、重傷の身体を労っての薄味かと征司は思っていたが、それがデフォルトだったらしく、体調が戻った今でも一向に変わる気配はなかった。
新鮮な肉自体は美味しくとも、現代人の征司にとって塩味もないのでは、さすがに連日続くと味気ない。
「でも、肉は肉だろう? どんな獲物の肉だろうと、こうしてナイフで切って焼いたら一緒だろうに」
リィズが寝るときも外さない、腰のナイフを示した。
「おい、ちょっと待て。今、どうしてそのナイフを見せた? 信じたくはないが、もしかして……そのナイフで肉を切りわけたりしてないだろうな……?」
リィズのナイフは当然調理用ではない。それどころか、戦闘用だ。
切るのものは食材ではなく、もちろん敵。実際に征司自身も斬りかかられた。
「なにか問題か?」
「問題だらけだ!」
衛生面とかも当然だが、精神衛生的にも。
敵の返り血を浴びた刃物での調理など、冗談ではないだろう。
征司が必死に説明しても、リィズにはぴんと来ないようで、訝しげな表情を崩さなかった。
「うるさい奴だな。わかった、今度から肉を捌くときは、なるべく別の刃物を使うように留意しよう。それでいいだろう、セージ様?」
「『なるべく』『留意』じゃなくって、『必ず』『実行』でお願いします」
「はいはい。わかったわかった」
口では一応了承していても、手をひらひらさせる態度はいかにもぞんざいだ。
(こいつ、絶対に気にしてやがらねえ。危険だ)
「それで、刃物を変えるとどうして肉が美味しくなるんだ?」
「そいつはいったん置いておけ。話が逸れちまったが、俺ならもっと美味しくできるって話だよ」
「肉なんて、どんな方法でも変わらないだろう?」
「馬鹿、おめー。調理法にしても、焼く以外にも蒸したり揚げたり煮込んだりと、いろいろあんだろう? 調味料だって使うと千差万別だぜ? だてに日中、リハビリ代わりに近所をうろうろしているわけじゃねーからな、使えそうなもんは見つけてある。俺は料理もわりかし得意でよ、期待していいぞ。はっはっ!」
「そうか、ならセージ様に任せる。あたしは寝る」
さすがに誇大吹聴と取られたのか、リィズは興味をなくしたとばかりに、さっさと横になって寝入ってしまった。
(くっそ、見てろよ! 絶対にあっと言わせてやる……!)
肩透かしとなった征司は、心中で密かに闘志を燃やした。
後日、リィズが持ち帰った獣の肉を、約束通りに征司が調理を手がけ――尻尾と耳をぴんっと伸ばして肉料理に舌鼓を打つ、リィズの姿があったという。
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