第五章 回想編

征司、17歳

「征ちゃん、これ絶対、似合うってー」

「わはは! なんかそれ系のバンドみてー」

「ドラキュラだ、ドラキュラ。金髪でそれってまんま吸血鬼だろ」


「あー、うっせー! 人で遊んでんじゃねー! 散れ散れ」


 教室の片隅にできた人だかりの中、ひとりの少年が声を上げた。


 頭をど派手な金髪に染めた高校生にしてはガタイのいい少年である。

 食事も終えた昼休みの残り時間、彼は少年少女たち級友に囲まれながら、大人しくしているのをいいことに玩具扱いされていた。


 美容師志望の女子が、なにやら寝ていた彼の髪を好き勝手に弄っていたのが発端だった。

 次第に悪ふざけはエスカレートし、彼が起きた後もメイクを施したり、カラコンを入れられたりと、いつの間にかコスプレ仮装大会の様相を呈してきた。


 寝ぼけまなこで成すがままだった彼だが、鏡に写った自分の顔に対面したとき、ついに暴れ出した。


「「「「「わはははは!」」」」」


 そんな彼を見て、皆が声を揃えて笑う。


「ったくよー。おちおち昼寝もできやしねー」


 タオルを受け取り、ごしごしと顔のメイクを擦り落とす。


 彼の名前は白木征司。17歳、高校2年生。クラスはもとより、学内でも屈指の有名人である。


 征司は欠伸ひとつ漏らすと、金髪頭をぼりぼりと掻き、にわかに席を立った。


「あれ、征ちゃん、どったの?」


「ん、帰る。眠みぃから帰って寝るわ」


 途端に巻き起こるブーイング。


「えー、ちょっと征ちゃん! うちらと帰りにカラオケは?」


「パース」


「おい、征司! 今日はお好み焼き食いに行こうって言ってたろ?」


「パース!」


「俺との女子競泳部観賞の約束は?」


「パース!! ってか、そんな約束はしてねえ、あほ!」


「「「「「わはははは!」」」」」


 とまあ、クラスのお調子者がオチまでつけて、征司の周りはいつもこんな感じだった。


「じゃーな」


「あれ、本当に帰んの?」


「今日の放課後、先生が来年に先駆けて、進路相談するとか言ってたよ? いいの?」


「あー、興味ない」


「征ちゃんは俺らと違って頭いいから、いいんじゃね? 授業中、内輪で通信ゲームばっかしてるのになんでだろーな?」


「単に征司は頭いい。おまえは、あほ。ってことだろ」


「そんな大層なことか? ゲームしながら授業聞いとけばいいだけだろ?」


 当然のことのように言った征司の言葉に、数人のクラスメイトが首を捻った。


「ほら、また征司が奇抜なことを言い出した」


「だから、ゲームしてるから授業聞いてないわけで」


「んー?」


 征司は考え込む素振りをみせたが、面倒くさくなって止めた。


「まあいいや。俺は帰るからまたなー」


 ひらひらと後ろでに手を振って、征司は今度こそ教室を出た。


 まだ午後の昼下がり、昼休み中もあって廊下には人も多い。

 通りすがりの生徒が気づいて気安く声を掛けてくるのを適当にいなしながら、征司は昇降口へと続く渡り廊下を歩いていた。


 途中で顔見知りの教師に出くわしたが、何食わぬ顔で挨拶し、昇降口で靴を履き替え、正門を潜って堂々と帰宅の途に着く。


 季節は冬。

 日が高いので肌寒いほどではないが、冬となればコンビニの暖かそうな商品の販促のぼりが目を引く。

 征司は最寄のコンビニへ、誘い込まれるように足を向けた。


 自動ドアが開いた直後、けたたましい店員の悲鳴と共に、マスク姿の壮年男性が飛び出してきた。


「はぁ~。またかよ」


 征司は嘆息してから、


「コンビニ強盗する根性があるなら働け!」


 間髪入れずにドロップキックで迎撃した。


 出会い頭の完全なカウンターで強盗はノックダウン。

 このまま居座ると、警察の事情聴取やら面倒ごとが重なるのが目に見えているので、征司は店員の制止を振り切って、その場からそそくさと逃げ出した。


 こういうのは、征司にとって日常茶飯事だった。

 なぜか征司の行く先々では、大なり小なり事件が起きる。


 おかげで仲間内でも有名で、いつも格好のからかいのネタとなっていた。


 結果的には、なにかしらの人助けになっているのでまだマシだが、損な役回りだとは征司自身も思っている。

 白木家の家系は、昔からこういった巻き込まれ体質があるらしく、中でも征司は群を抜いているらしい。

 征司の父や兄には、いずれ大事に巻き込まれやしないかと本気で心配されることもあるが、これ以上のことが日常でそうそう起こるわけないだろ、というのが征司の弁である。


 コンビニは諦めて、征司は大人しく帰路に着いた。


 帰り道、小さな横断歩道で、ふたりの子供が手を繋いで信号待ちしていた。

 小学校低学年と、幼稚園くらいの幼子。近くに親の姿はない。


 信号は赤。嫌な予感がした。


「ストーップ!」


 案の定、待ちきれずに駆け出した子供を、車が通り過ぎる寸でのところで、それぞれ両脇に抱え込んだ。


(どうして俺のそばにいる子供は、ほぼ100%の確率で道路に飛び出すんだよ!?)


 征司は思わず毒づいた。


「おじちゃんだー」


 右脇から呑気な声がして、征司が見下ろすと、にこやかに見上げる子供と目が合った。


「……あれ? おまえ、秋人か?」


「うん!」


 今度は左脇を見下ろした。


「じゃあ、こっちは春香か。この前まで赤ん坊だったのに、でっかくなったなぁ」


 春香は、征司に抱えられてぶらぶらするのが気に入ったようで、きゃっきゃっとご機嫌だった。


 ふたりは、一回り歳の離れた征司の兄・白木隆一と、義姉・夏美の長男長女だ。


 兄夫婦は結婚を機に実家を出ており、今では近隣の県で居を構えている。

 仕事柄、休みが不規則らしく、時折なんでもない平日でもひょっこり帰ってくることがあった。


(げ。ってことは、兄貴が家に帰ってきてるってことじゃねえか!)


 学校をサボってきたのがバレでもしたら、待っているのは父親の折檻である。


 父親は古武術の流れを汲む柔術の達人で、齢55にして、その技の切れは健在である。

 古風な考え方で欺瞞怠慢を許さず、特に身内には厳しい。

 熊をも投げ殺すといわれた技で一切の手加減なしなので、本気で洒落にならない。


「おい、秋人。俺はもう行かなきゃいけねえ。おじちゃんとは会ってない、兄貴にはそう言っとくんだぞ? わかったな、男の約束だぞ? あと、道路渡るのは信号青のときだけだ、わかるな?」


「うん!」


 征司が念を押すと、秋人は元気よく頷いた。

 隣の春香も、とりあえず真似をして頷いていた。


 余談だが、この後、父のもとに戻った秋人が、開口一発「おじちゃんとは会ってない」とか言い出したので、察されてすぐにバレた。


「これでよし」


 自宅付近が危険とわかったので、征司はいったん近所の裏山に避難することにした。


 そこには、昔の名残で残された狩猟用の無人の休憩小屋がある。

 征司は中学生の時分から勝手に小屋を改造し、ハンモックや私物を持ち込んで、ちょっとした別荘状態にしていた。


 ひとつ難をいえば、裏山には野犬の類が出る。

 しかも、なぜか征司は必ず襲われるので、その度に撃退していたが。


 征司は帰路から外れ、裏山への上り坂を歩き出した。


 距離としては1キロもない。

 征司の足なら、獣道のような山道を10分ほども歩くと、程なく小屋が見えてくる。


(あ、しまった。小屋に行くんだったら、コンビニで食料買っとくんだった)


 何気なくそう思い浮かべた直後、征司は唐突に意識を失っていた。

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