第四章
魔王の事情 1
魔族の脅威が去り、しかも”あの”魔王殺しの大勇者に救われたとあって、街は歓喜に包まれた。
ただ、街は少なからず被害を受け、負傷者も出たため、お祭りムードとまではいかなかった。
当の主役の
ラスクラウドゥさんも然りだ。
各ギルドが中心となり、住人の安否が確認され、秋人もまた知人に大事がなかったことを知り、胸を撫で下ろした。
明日からは街の損壊箇所の復興に入るとの触れもあり、俺は簡単な片付けの手伝いだけして、とりあえず今日のところは帰路に着くことにした。
疲れた。とことんまで疲れた。
大きな怪我こそなかったが、精神的には重傷患者なみと自覚できる。
いろいろなことがあったが、今はあえて考えないようにした。
考え出すときっと止まらない。なら、疲れた脳を半覚醒のまま放っておいたほうが都合がいい。
できることなら、この場で倒れ込んで泥のように眠りたくはあった。
しかし、帰り着くまでの2時間。荒野で爆睡して、獣に襲われて拾った命を捨てるなんて真似はしたくない。
きっと叔父から連絡が入り、リィズさんたちも家で心配しているはず。
今はとにかく帰らないと。この距離が恨めしいが、今は忘れよう。
疲れた身体に鞭打って、どうにか家まで帰り着くことができた。
玄関の前で待っていてくれた、リィズさんとリオちゃんの母娘がふたり揃って出迎えてくれた。
「おかえりー、にーたん!」
「ただいま、リオちゃん」
元気に飛びついてくるリオちゃんを抱きとめて、なんだかほっとする。
「おかえりなさい、アキトさん。セージ様から聞きました。大変だったみたいですね」
「ええ、なんかもう……本当にいろいろ大変でした……」
「無事でよかった」
不意打ちのその一言に、涙腺が緩みそうになった。
あ、やば。なんか泣きそう。
「ご飯の用意も出来ていますよ。お疲れでしょうけど、体力を消耗しているはずですから、ちょっと無理をしてでも食べたほうがいいですよ」
「りおも、にーたん、まってたんだよー?」
人間の身体は正直なもので、あれだけ疲れて寝たかったのに、食事を意識した途端に腹の虫が鳴り出した。
どのみち、ふたりに誘われたのでは断われない。
労わりの心に感謝しながら、皆で連れ立って、いつもの居間の食卓へと向かうことにした。
「おー、おかえりー! 今日はご苦労さん!」
エール片手に、すでに出来上がっているのは叔父だった。それはいつも通りだからいい。
でも、あれだ。そこにラスクラウドゥさんが居て、ごく普通に一緒に食卓を囲んでいるのは何故なのだろう。
なんだこれ。
そして、これまたごく普通に、食事はスタートした。
今日のメニューは、肉尽くしだ。焼肉に、鳥の蒸したものに、肉の煮込みと――きっと、スタミナをつけて疲労回復を計ったリィズさんの気配りだろう。
叔父は酒の肴程度に肉を啄ばみ、リィズさんは付け合わせの野菜を多めに食べ、リオちゃんは口の回りを豪快に汚しながら肉を頬張り、ラスクラウドゥさんは箸を器用に扱いながら料理に舌鼓を打っていた。
いわゆる普通の食事風景なのだが。
なんだこれ。
あえて2度言おう、なんだこれ。
「どーした、秋人? 変な顔して」
「いやいやいやいや。ごめん、これって俺がおかしいのかなあ?」
魔族の序列2位とかいったら、魔族のナンバー2ってことだよね?
どうして、円卓囲んで普通にみんなで食事してんのさ?
いや、でも、家主が魔王だからOKなの?
それより魔王ってなんなの、勇者じゃないの?
俺の百面相で大まかには悟ったのか、叔父は苦笑交じりにエールをあおった。
「あー……だよなぁ。ま、説明はしてやっから、まずは飯食っとけ、な?」
「……約束だよ?」
そして、食後。
リィズさんはキッチンで洗い物を、リオちゃんは満腹で満足したのか、俺の膝の上で丸まって寝息を立てている。
食卓の席に着いているのは俺と叔父に、ラスクラウドゥさんの3人だけだ。
さすがに叔父も真面目に説明する気があるらしく、エールのグラスは下げられている。
リィズさんが人数分の食後のお茶の湯飲みを置いて、再びキッチンに戻っていった。
叔父はお茶を一口啜ってから、咳払いをした。
「んで、秋人はどこまで知ってる?」
「叔父さんが魔王を倒して勇者と呼ばれるようになって。でも、勇者なのに今の魔王は叔父さんで。で、そこのラスクラウドゥさんが魔族のナンバー2」
指折り数えて言う。
あらためて考えると――うん、訳わからない。
「それで合ってる」
「…………」
「…………」
「え、終わり!?」
「……どう説明したらいいもんか、悩んでんだよ。まずはそう、俺が言うのもなんだが、世間一般に『勇者』って呼ばれてるのは、俺のことだな」
「ふむふむ」
それは間違いない。
現実に、今日その姿を目に焼きつけたばかりだ。
「それで、『魔王』もたしかに俺なんだが……世間一般には知られていない」
「そりゃそうだろうね」
『勇者』が『魔王』と知られていたら、あのような街の人の反応にはならないはずだ。
現にナツメたちの話でも、『新しい魔王がいるらしい』程度の噂で、それが誰でなんという名前なのかという詳細まではなかった。
「ま、世間一般どころか、魔族の中でも新魔王の正体が俺ってのは知らねえんじゃねえかな?」
「なるほど――って、そうなの?」
「もっとはっきり言うと、そもそも俺を魔王と言い張ってるのは、こいつだけなんだけどな」
叔父は頬杖を突くと、湯のみ片手に隣の席のラスクラウドゥさんを指差した。
当の本人は、我関せずとばかりに無関心にお茶を啜っている。
「あれは、魔王を倒して半年後くらいだったかな……突然、こいつが家に押しかけてきやがって、お礼参りかと思いきや、第一声が『次の魔王は貴方だ』だからな」
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