オープンしました 2

 突然の来訪ではあったが、緊張がいい意味で解れて気が楽になった。

 知り合いが少ないこの異世界、同世代に近い知人が増えるのはとてもありがたいことだ。


「ここ、きれいなお店よねー。アキトは知ってるかわからないけど、前にあったお店は酷かったんだから! その前のカトリーヌおばさんがやってた武具屋は、おばさんが人気者で流行ってたんだけど、その後に入ったお店がもう最悪! なにやってるのかわからない怪しげところで、周辺の雰囲気まで悪くなって……ほんっとあたしたちも迷惑したわ。実際、何屋だったっけ?」


「あれ? 店やってたんすね。あばら家かと思ってたっすよ」


「……呪具屋とかじゃなかった……?」


「たぶんきっと」

「屠殺場だよ」


 叔父が泣くからやめてあげて、きみたち。


「だからそれもあって、この新しいお店ができて皆で嬉しがってたんだー。素材屋って珍しいよね! なに扱ってるのか見せてもらっていい?」


「わたしも実は気になってた……」


「もちろん。どうぞどうぞ」


 慣れない営業スマイルで勧めると、皆はそそくさと店内に散らばっていった。


 客ではないと言っていたものの、このまま初のお客さんになってくれるなら、それはそれでとてもありがたい。

 なにより、店内の商品を見てどんな反応があるか、内心とても気になるところである。


「あ、これ安ーい。いいの、こんな安価で? 原価割ってない?」


 リコエッタの声が上がる。


「開店特価だから」


 しまった。次回は少し高めに設定しよう。


「ええ!? こっちのこれは、なんか高くないすか? 相場の3倍以上じゃあ?」


「開店特価だから」


「えええ!? 高いほうに特価ってのもあるんすか!? 開店セールなのに!?」


 ……安くしとこう。ありがとう、ナツメ。


「刺繍に使えそうな糸があるー」

「金色だー」

「銀色もあるー」

「安いね」

「安いよ」

「買っちゃおう」

「そうしよう」

「「ボクら刺繍が趣味なんです」」


 双子のふたりは嬉しそうに縫製用の糸を持ってきた。


 ペシルが金色の糸で、パニムが銀色の糸。

 いや、パニムが金で、ペシルが銀?


(……双子でいいか)


 双子は金色と銀色の糸を持ってきた。


「こっちの小麦粉、なんだか良さげ。砂糖もすごい粒が揃ってて、きめ細かいなー」


 そのほか、リコエッタは食材のコーナーから吟味した物をそれぞれ数袋ずつ持ってきた。


「ちょっと試しにウチで使わせてもらうわ。よかったらまた買いに来るからね」


「えー、600ゼンが3袋と、320ゼンが4袋、小瓶の120ゼンが8つに、210ゼンが4、と――4880ゼンだね」


 スマホの電卓アプリで手早く計算する。

 5千円近くの売り上げだ、やった。


 そこでふと思い立ち、リコエッタに訊いてみることにした。


「リコエッタのところの食パンって一斤いくら?」


「500ゼンだけど」


 為替レートが下がり、売り上げが4千円弱になった。

 モチベーションが下がるので、やめておこう。


「へー。他にも装飾用だったり、園芸用だったり……広く浅く、様子を見ながらって感じすかねー」


 鋭いね、ナツキ。


「ああああ!?」


 と、突然の絶叫。


 見れば、声を上げたのはデジーだった。

 両手をわなわなと震わせつつ、とある棚の前で固まっている。


 物静かで大声を出すような性格の子ではないと思っていたので、驚いた。

 しかしそれは正しい認識だったようで、他の4人も驚いていた。


「森林の王者こと迷彩ヒョウの尻尾がこんなに――熟練のレンジャーがチームを組んでも捕獲は困難と言われているのに――」


 ああ、叔父さんが群れで見つけて一網打尽にしたやつね。


「こっちには、ヤムス山の断崖の上にしか自生しないはずの霊草アムル――山頂に雪が残る今の季節じゃあ、踏破は不可能なはずなのに――」


 急に日の出が見たくなったとかで、山に行ったついでに見かけて抜いてきたとかなんとか。


「他にもなにか、いろいろとすごい希少な魔法具素材が――」


 なんか、逆に申し訳ない。


 その後もデジーが口にした素材を、データベース化したスマホのリストで検索すると、かなりの確率でヒットした。

 叔父が張り切りすぎて在庫が増え、店頭に並べずに倉庫に保管しているものもかなりある。


「師匠に相談して、ぜひ贔屓にさせていただきたく」


 デジーはいまだに無表情ながら、しっかりと両手を握り締めてきた。

 鼻息だけがふんふんと荒い。


「凄腕のハンター集団に知り合いでもいるんすか?」


 すみません、叔父ひとりです。


「あそこの貼り紙も見た。取り寄せも可?」


 興奮冷めやらないデジーが指差したのは、入り口横のチラシだった。

 客のニーズに応えようと、事前に貼り出していたものだ。


「あ、それ。あたしも気になる! これだけ揃える伝手があるなら、なにかと助かりそう」


「簡単なものなら1週間もあれば……入手困難なものでも、在り処さえわかればなんとかなる……かな?」


 大抵のものは揃う通販と、叔父の行動力があれば可能だろう。


「……素晴らしい!」


 デジーの鼻が興奮しすぎて、ふんかふんか鳴っていた。

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