オープンしました 1
天気は快晴。
日取りは吉日。
スマホアプリでの運勢は良好。
素材屋、ついにオープンしました!
叔父とふたりで悩んだ末、店名はオーソドックスに『シラキ屋』で落ち着いた。
手探り状態ながらも、準備はやれるだけのことはやった。
あとは野となれ山となれ。本当にそうなっても困るんだけど。
つい先ほど、ドアの札を『OPEN』に変えて約5分。
さすがにいきなり客が来るとは思えなかったが、それでも心中は期待と不安でいっぱいだった。
商品の配置はOK。
内装のインテリアも問題なし。
店長の身だしなみは――まあ、及第としておこう。
ついつい、何度も清掃した窓枠の埃がないかを再確認してみたりもする。
そわそわして落ち着かない。
こんな気持ちは、第一志望大学の合格発表のとき以来だった。
結局、一次志望は落ちたのだから、縁起でもないが。
待つこと30分ほど。
そんな簡単に客が来るわけでもなし、でも意外にということも――との堂々巡りを数十回ほど繰り返していたとき、ついにそのときは来た。
カラン、とドアのベルが軽快に鳴る。
記念すべきひとり目の来客は、俺よりやや年下の男の子。
続いて、妹と同世代くらいの女の子。
さらに続けて、中学生くらいの少女。
さらのさらに続けて、10才くらいの双子たち。
なんと、予想を超えた連続5人のご来店です。
「い、いらっしゃいませ!」
反射的に出した声が、思わず上擦る。
勢いよく椅子から立ち上がったときに向こう脛を打ったが、気にもならない。
しかし、来客した相手のほうは、大慌てのこちらの様子を気にしたらしく、お互いの顔を見合わせていた。
「いや~、すんません。自分ら客じゃないんで、そんなに畏まらんでください。自分、『酔いどれ鍛冶屋』の三男坊、ナツメって言うっす」
先頭の男の子が、ぽりぽりと刈り上げた短髪頭を掻く。
まだ腕白さを残した、人懐こそうな顔が特徴的だ。
「あたし、道向かいの『春風のパン屋』、娘のリコエッタよ。パンだけじゃなくって、ケーキやお菓子とかもやってるの」
エプロンをかけたポニーテールの女の子が、笑顔で言う。
はきはきと喋る利発そうで元気な子だ。
「……『ガトー魔法具店』、住み込み弟子のデジー」
黒いローブにとんがり帽子。
いかにも魔女っ子然とした少女が、無表情にぺこりと頭を下げる。
「『朝霧の宿屋』、ボクがペシルです」
「ボクはパニムです」
最後は、愛くるしい双子の女の子たちが、息ぴったりに絶妙な間で挨拶する。
「「「「「これ、開店祝い」」」」」
矢継ぎ早な自己紹介のあと、少年少女たちは異口同音に声を揃え、各々で折り詰めを差し出してきた。
「えーと、なに?」
こちらが困惑していると、5人は再び顔を寄せ、ぼそぼそ相談してから向き直った。
「あんちゃん、ここら辺の出身じゃないっしょ?」
一瞬、素性がバレたかとどきりとしたが、相手の表情から察するに、どうもそういうことではなさそうだった。
「ええ。かなり遠くの出身ですよ」
遠いどころか異世界だけど。
「やっぱりっすか。ここらの風習みたいなもんで、近所で新しい店が出たら、商売人はお祝いに饅頭を持っていくのが通例なんすよねー」
なるほど。それで、この饅頭の折り詰めの山なわけだ。
引っ越し蕎麦の逆バージョンみたいなものか。
「新しい店って、初見の客は入り辛いっすよね? だから、賑わわせて入りやすいようにって助け合いの意味もあんすよ。他には、商売敵になるかもしれない相手の敵情視察ってものあんすけどねー。この時間帯はまだ店が忙しいっすから、自分ら手の空いてるもんが来たんすけど、これからまだまだ近所中の連中が顔出しに押しかけると思うっすよ。しばらくは饅頭に不自由しないすね」
ししし、と悪戯っ子のように笑う。
「ははっ、そうなんですね。俺は一応店長の秋人です。今度からこちらで店を構えることになりました。よろしく」
「だから、そんなに大仰にしなくていいっすよ。見たとこ年上そうだから、そのまま『あんちゃん』でいいすよね? 自分のことは気軽にナツメでいいっす。しがない鍛冶屋だけど、修理全般なんでも受け付けてるっす。ご用のときにはいつでもどーぞ」
ナツメは俺の手を両手で握ると、ぶんぶんと上下に振った。
「あたしは畏まるの苦手だから、アキトでいいよね? なにせ、これからはご近所さんだし、仲良くしていこーよ。あたしも呼び捨てでね。リコエッタが言いにくいなら、あたしはリコでもエッタでも好きにいいわよ?」
「いきなり愛称はハードル高いから、リコエッタで」
「そう、よろしく! あと、お店のほうもよろしくね。夕方からは毎日特売セール中でーす!」
同じく握手し、力いっぱい握ってくる。
痛くはないが、意表を突かれた様子を見て、リコエッタは満足そうだった。
「…………」
次に目の合った黒ローブにとんがり帽子の子は、変わらずの無表情だった。
とはいえ、お互いの身長差と目深に被った帽子のせいで、顔の大部分がほとんど隠れてしまっていたが。
(……魔女っ子だ)
名前はデジーだったっけ。
「こいつ、いかにもーな魔女っ子でしょ?」
ナツメが口を挟んでくる。
感性が同じでちょっと嬉しかった。
「魔女じゃない。魔法具技師」
「魔法具技師って?」
「……魔法具の扱い全般、魔石の解析、調整などもできる技師のこと。わたしはまだ見習いだけど、免許は持ってる」
デジーは落ち着いた口調だったが、どことなく誇らしげで嬉しそうだった。
魔法関連には興味がある。いろいろ聞けたら嬉しいんだけど。
「ボクはペシル」
「ボクもペシル」
「違うよ、ボクがペシルだよ」
「じゃあ、ボクがパニム?」
「「さあ、どっちがどっちでしょ?」」
見た目でまったく見分けがつかない双子たちは、楽しげに周囲をくるくると回っていた。
「「さて、問題です」」
双子とはいえ、見事なハモり具合だ。
「なに?」
「ボクたちのうち」
「片方は男の子です」
「ええ、本当!?」
思わず叫んでしまっていた。
このくらいの年齢の子は見た目で男女の差があまりない上、ふたりとも女顔で美少女といっても差し支えないほどだ。
正直、まったく判断つかない。
「どっちが男の子なの?」
「「にこっ」」
ふたりは同時に天使の顔で微笑んだ。
「…………」
あ。教えてはくれないのね。
期待しただけに、ちょっぴり残念だった。
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