事案発生しました

 異世界生活6日目。

 事件はその日に起きた。


 事の発端は一通の手紙。


 家の前にポストがあったので、郵便らしきシステムが存在するのは知っていた。


 日課で、朝食の後にリィズさんはポストを覗きにいく。

 大抵は手ぶらで戻ってくるのだが、その日は困惑顔でとある便箋に目を落としていた。


「セージ様、これ、なんでしょう? いつもより高額な気がするのですけれど……」


「請求書? ああ、こないだの仕入れの分だろ。今回は売り上げアップを目指して奮発したからな。懐には少々痛いが、なあに、すぐ取り返して――」


 言いかけて、叔父が飲みかけの食後の珈琲を噴き出した。


「うわっ、熱っつ! 汚いって、叔父さん!」


 食卓の対面に座っていた俺は、もろに被害をこうむった。


 リオちゃんにはそれがとても面白かったようで、アンコールしていたがさすがに辞退した。


「うわ~、もう勘弁してよ~。あーあ、シャツに盛大に染みが……替えないのに」


「……お、か……しい」


「お代わりほしい? ないない。持ってきたインスタントはそれでおしまいって言ったでしょ。勿体無い」


「珈琲はどうでもいい! いや、勿体なのはそうだが! 見ろ、これ! おかしくないか!?」


 叔父が興奮気味に請求書の額面を指差していた。


 記載されている金額は、やたら0の桁数が多い気がする。

 為替レートがわからないので実際にいくらなのかは不明だが、以前の買い物時の経験からすると、日本円に換算して数十万では効かない額ではないだろうか。


「絶対におかしい……今回の仕入れの目玉、高級革鎧だって、他の雑貨に比べて高いっちゃあ高いが、3セットくらいでここまでするはずが……」


(3セット?)


 一昨日の、あのいけ好かない店長を思い出す。

 たしか、あのとき――


「薬草3束、革鎧30セットって言っていたような……」


「待て待て待て待て――鎧ばっかりそんなにアホみたいに発注するはずないだろ? 薬草30束で、革鎧3セットだ! そうだろ!?」


「いや、俺に言われても」


 叔父にしては珍しく、がっくりとうな垂れていた。


「もしかしなくても発注ミス?」


「言うな。頼むから」


「ぱぱ、がんばれ」


 訳のわかっていないリオちゃんは、笑顔で父の頭を撫でていた。


 気を利かせたリィズさんが、リオちゃんを巧みに誘導して部屋から連れ出していくのを待ってから、叔父はあらためて溜め息をついた。


「……正直、参った。当座の運営資金が底を尽いた。はっきり言おう、金がない! これはもう、どうにかして仕入れた鎧を掃くしかないな」


 あの店の様子を思い返す。

 小汚い外観に、薄汚れた内装、煩雑な店内に、放置された商品、態度の悪い店長――見事に加点部分が見つからない。

 叔父には悪いが、購買意欲が湧くとはとても思えなかった。


 黙っておくのもなんなので、率直に感想を述べた。

 できるだけ、客観的な意見で。


 話を聞くにつれ、叔父の目はなぜか虚ろになっていった。


「築年数はそれなりだが、大通りにも近く日当たりも悪くない、立地は上々。外壁は白を基調とした淡いクリーム色で、看板はパステルカラーをあしらったお洒落な感じ。壁紙は客の心を安らげる温暖系でまとめ、陳列商品には細やかな解説書きのカード、客に不安を与えないため金額明朗で見易い値札。店長のカトリーヌさんは気のいいご婦人で、趣味は清掃とガーデニング。清潔な店内に、緑のアクセントが映える小憎い演出」


 なにやらぶつぶつと呟いている。


「ごめん、それどこのこと?」


「俺の店だよ、俺の店!」


 叔父は涙目だった。


 今の話のなにひとつ掠りもしない。当て嵌まらないにも程がある。

 それどころか、店長はおっさんだった。


「3年前のオープン時はそんな感じだったんだよ! どうしてそうなった!?」


「だから、俺に言われても!」


 押し問答の末、俺はスマホ片手に街へ向かうことになった。



◇◇◇



 およそ4時間後――

 息使いも荒く、俺は家に戻ってきていた。


 こんなときに限って、行きも帰りも野犬に襲われた。

 例の羞恥の炎魔法によって撃退はしたのだが、精神的ななにかをごっそり奪われた気がする。


 とりあえず、リィズさんに貰ったジュースで喉を潤し、一息吐いた。


 食卓用のテーブルには、叔父一家の、征司、リィズさん、リオちゃんが勢揃いして椅子に腰掛けている。

 リオちゃんはふたりに挟まれた真ん中だ。皆で一緒にいることが楽しいのが、にこにこしている。


「では、調査結果を発表します」


 俺だけひとり立ったまま、教壇から講義でもするように語り出した。


「まずはこちらをご覧ください」


 スマホを掲げる。

 脂ぎった中年のおっさんの顔が画面からはみ出るほどに大映りしていた。


 即座に叔父がリオちゃんの両目を覆っていた。


「叔父さんの言った派遣管理会社で確認したところ、この人の名前はランハン・リュッケル氏。旧姓カトリーヌ・リュッケルさんとは元夫婦で、2年ちょっと前に別居し、現在離婚しているとのことです。派遣会社の契約によると、叔父セージ・シラキ――依頼人名義リューイチ・シラキとの契約では、契約相手はリュッセル姓名義となっており、カトリーヌさんが離婚したことにより、旦那のランハン氏が契約を引き継ぐのは書類上で合法とのことでした。そしてこちらが現在の店舗の状況です」


 無駄に高画質で録ってきた動画を披露する。

 思い出の情景を叩き潰すかのごとき場面の数々に、叔父の口から唸り声が漏れた。


「なんてこった……すべて人を介してやっていたのが、裏目に出たか……」


 悲嘆する叔父だが、さすがに切り替えは早かった。


「仕方ない、よし! リィズ、準備をしてくれ。リオはお留守番な。出かけるぞ、秋人!」


「はい」

「あーい」


 号令ひとつで席を立ち、叔父一家が散開する。


 出遅れた俺は、首根っこをがっちりと叔父に捕まった。


「へ、なに? 出かけるってどこへ?」


「街に決まってるだろう、ほら行くぞ」


「え~~~。俺たった今4時間かけて往復してきたばかり――」


 「だから、せめて少し休ませて」と最後まで言わせてさえもらえず。

 抵抗虚しく、叔父に引きずられて部屋を出ていく羽目になった。


 これからさらに徒歩2時間追加。

 甥使いが荒い叔父だった。

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