俺は亜熱帯で遊べる!! いちにちめ

 数時間のフライトで疲れ果てていた乗客たちが、わっと歓声をあげる。誰か機内出産でもしたのかと周りをうかがうと、皆外を見ているではないか。

 俺もそれにならって窓の方を向く。

 

「……こりゃすごいわ……!」


 胸が高鳴った。俺はどうやら海に恋したらしい。

 眼下の海は、上空7000メートルから見ても明らかに本州のそれとは違った。

 東京湾どぶとは比べる気にさえならなかった。

 圧倒的な透明度。エメラルドグリーンの海は亜熱帯の強烈な日差しを受けてきらきらと輝いている。

 眼下に広がる宝石を見てテンションの上がらないやつなんていない。

 通路側に座る熱海はぐいぐいと俺の方に体を寄せて「お前ズルいぞ!」などと文句をつけつつ、小窓に映る緑の海を目に入れようとやっきになっていた。

 それは前の列に座る女子二人も同じようで、シートがごそごそと揺れていた。まぁ騒いでいるのは通路側のお姉ちゃん先輩の方だろうけど。


 空港に着いた。着陸の衝撃で死ぬんじゃないかとヒヤヒヤしたのはきっといい思い出になるだろう。

 

 ――ここは那覇空港。日ごとの乗降者数などは知らない。

 いくら観光地とはいえ国内空港なんてものはどこでも代わり映えしないものだ。本土より空気がさっぱりとしていたけど、匂いの違いなんてものは分からなかった。

 とはいえ人生初の友人だけでの遠出に、やたらテンションがあがっていた俺らは


「お、なんだこのガチャガチャ。沖縄名物ガチャだって!」


 熱海が売店の前で声を上げる。いくあるご当地ガチャというやつだ。一回五百円。たっけーなおい。

 ラインナップを見てみる。

 『シーサー』『イリオモテヤマネコ』『エイサー(をしてるおっさん)』エトセトラ。


「三人はなにが欲しい? 僕は『ちんすこう』」


 いやもっとあるだろ。


「お姉ちゃんは『ジンベエザメ』かな~」


 たしかにそれっぽい。


「俺は『BEGIN』のフィギュア」


 突然何かを始めるわけではないぞ。

 分からなかったら調べてくれ。


「……『金の具志堅用高』」


「え、なにそれ」


 そんなものはラインナップにない。

 城崎は疑問に答えるようにスマホを差し出した。


『シークレットレアとして金の具志堅さんがはいってます!』

 とのこと。

 ご想像の通り金色に光ったアフロだ。シュールだった。


「お前って意外と欲しがりだよな」


「う、うるさいわね……」


 城崎はぷいっと視線を逸らした。頬は金色に染まっていた――わけはなかった。ちゃんと朱色でしたよ。


 


 海が見えた。

 潮騒が聞こえた。

 みんなの笑顔が見れた。

 みんなの歓声が聞こえた。


 用意された部屋は、沖縄の美しい海を臨む見事なオーシャンビューで、その開放感たるや試験明けの数百倍といったところだ。

 内装も凝っていて、余裕のある空間を残したまま、白を基調としたインテリアが最低限置かれるのみで、目立つものと言えばこじゃれた花瓶に盛られた南国の香りを漂わすハイビスカスの赤色くらいだ。あくまでメインは外の景色ということだろう。

 ちなみに今回は四人同室、それに対応した間取りになっているため寝室が二つありそれぞれシングルベッドが二つずつ並んでいた。それだけあって流石に部屋が広い広い。

 もうずっとここで暮らしていたい。


「ここでずっと暮らしたいわね~」


 えぇほんとその通りです。

 普段そりの合わぬ熱海と城崎も今回はそろって頷いていた。

 

 ……これまたちなみにであるが、基本沖縄での移動手段は車だ。もちろんただの高校生が免許を持っている訳はなく、移動手段は三日間借りたタクシー。

 宿泊費移動費はお姉ちゃん先輩持ち。さすがリッチうーまん。

 その代わりあるお願いをされたんだけど、また後で。


「どうするよこれから、もう三時だし今日はここでゆっくりしてもいいかなって思うんだけど」


 熱海はちょっと疲れた様子でそう言った。

 たしかに飛行機タクシー含め、ここまでの移動時間は既に十時間オーバー。皆の顔には疲労の色が見えていた。俺も頭が重い。

 

「そうね、私は賛成よ」


「俺は任せるよ」


「そうね~、本番は明日からだし英気を養おっか」


 ということで初日はホテルでゆっくりすることになった。





 午後五時半。南国の太陽は未だ元気よく部屋のタイルを照らしていたが、一時間もすれば水平線に沈んでしまうだろう。

 高級ホテルよろしく専用ビーチがあるらしく、女子二人は「見に行ってくる」と部屋を出ていった。流石の城崎もそれなりにテンションが上がっているらしく、活発に動くお姉ちゃん先輩の後をひな鳥のようについていく光景が多々目撃されていた。

 で、俺らはと言えばテレビをつけるでもなく、ベッドの上で寝そべりながら、爽やかな熱気を含んだ南の風に身を任せていた。


「なぁ、伊東」


「んだよ」


「あと三秒後に死ぬって言われたら、どう思う?」


 なに素っ頓狂なこと言ってんだ、そう思って熱海を見た。

 そこにはいつもの、飄々ひょうひょうとした男がいた。


「流石に今は嫌だ――ってもう俺死んじゃったな」


「残念。神様に強スキルもらってどっかの異世界に転生することをおススメする」


「なんだよそれ」


 俺は笑った。

 あいつも笑った。

 さざー、と潮騒が俺らの間を駆けた。


「覚えてるか、僕はね、お前が退部したあの日に同じこと言ったんだ」


 ……そういえばそんな覚えがある。


「で、お前なんて何て言ったと思う?」


 あの時は確か気分がものすごく落ち込んでいた。まるでマリアナ海溝のように。

 だとしたら。


「『それはいいな』って感じか?」


「違うね。お前はこう言ったんだ。『あ、俺はもう死んじゃったな』って」


 熱海は俺の真似なのか、少し声のトーンを落として言った。バカにしてるのかよ。


「ふっ、何も変わってねぇじゃん」


「……俺はそれを聞いてサッカー部辞めたんだ。俺は友達想いだからな」


 熱海は皮肉るわけでもなく、ただ事実を淡々と語る弁護士のように言った。

 そう、こいつはガキの頃からずっとやってたサッカーを突然辞めた。もちろん疑問に思わないわけがない。

 俺が何故やめたか聞いてもこいつは適当に「お前がやめたら俺も部活バカバカしくなってな」なんて抜かしてた。誰がどう見ても嘘だった。

 申し訳なかった。

 それから俺らは放課後ゲーセンとかいって遊ぶようになった。

 そんな関係性だった。

 大親友だなふたりは、なんて言われたこともあったけど、俺らはそれを否定した。親友じゃない、あくまで俺らは腐れ縁なのだ、と。


「でも、今俺はサッカー部をやめようとは思わない」


「なんだよ、何も台詞変わってないのに」


「はーっ! 出たよ鈍感系主人公。寒い寒い」


 半袖姿の熱海は腕をさすった。ちょっとむかついた。


「お? やるか?」


 俺は手元の枕を手に立ち上がる。


「ふっ……受けてたとう」


 熱海もニヤッと挑戦的な笑みをこぼして地に足をつけた。その両手には枕が――。


「っておい何でお前二刀流なんだよ」


「一は全、全は一的なサムシング」


 こいつ枕を錬金しやがったのかよ。

 まぁいいさ。中学の修学旅行で開催された枕投げ選手権優勝者! 『Mr.ミスターピロー』と言われた俺の実力をみせてやらぁ!


「――いくぞ……!」


「かかってきなッ!!」


 枕を握り込む。焦点を熱海の顔に設定セット

 投擲モーションへと移行。上体を捩じり、肘を上方に、腕を屈して鞭のようにしならせ、枕を投げつける!

 これぞ野球仕込みの本物の枕投げ。


「飛べ!! 『零閃ぜろせん』ッ!!」


 枕をピューと空気を裂いて一直線に熱海へと飛んでいく。その光景は出撃していくかの戦闘機のように美しく、勇ましい。

 あまりの剛速枕に驚いたのか、熱海は目を丸くして一瞬動きを止める。

 この『零閃』に隙を見せようものなら、そいつは確実に死ぬ(大げさ)。


 ……勝った。


 そう確信した刹那、熱海の顔が凄絶に歪む。それは悪魔の微笑のような。

 こいつ何かを企んで――!


「――ただいま。さっさと夕食行く――わぷっ!?」


 は突然飛び出してきて……俺の『零閃』をもろに喰らった。

 俺と熱海の間にあったもの、それは部屋と廊下とをつなぐ扉。そしてそこから飛び出してきたのはビーチから帰ってきたのであろう黒髪の少女。


 ……あいつ、二人が帰室してきた際の音を聞いてやがったのか!


 犠牲者が、出てしまったようだ。

 鼻を赤くした城崎が、じっと俺を睨んでいる。

 「わぷっ」などと可愛らしい悲鳴をあげた城崎がじっと、睨んでいる。

 謝って許されるような状況ではなかったので、俺は自分の心に素直になることにした。


「……真っ赤なおーはーなーのートナカイさーんーはー♪」


「死ねっ!」


「ぐわハッ!?」


 俺の動体視力をはるかに超える速度で飛んできた枕は、見事俺の顔面にヒット――って痛ぇ!? なんで柔らかい枕がこんな痛いんだ!?

 

「殺意よ」


「さらっと人の心を読むな! そして怖いわ!」


「あれ~、みんな枕投げやってるの~? じゃあそれっ!」


 お姉ちゃん先輩、急襲。

 ふわりと弧を描いて飛んだ枕がまたもや城崎の顔面を直撃した。

 

「わぷっ……!」


 城崎はなんだ、枕当てられると毎度そんな悲鳴が上がんのか。

 めちゃくちゃ面白いじゃん。そして可愛い。


「せん――お姉ちゃんとはいえ許しませんよ……?」


 これ。

 旅費奢ってくれる代わりに俺らは今先輩をお姉ちゃんと呼ぶことになっているのだ。ちょっとほんわか。


「参加者が増えるのはいいことさ……ふふふ」


 熱海が燃えていた。明らかにポロリを狙っている下賤な輩の目をしていた。そしてその目が合った。

 ……シンクロしたな、熱海。

 

「……『零閃』小隊発進ッ!!」


「やってやらぁ!!」


「いいから死ねっ!!」


「やるわよ~!!」


 こうして高校生にもなった男女四人は二時間の枕投げにいそしんだとさ。


 ポロリがあったのかって? ご想像にお任せするよ。

 

 





 



 

 


 


 


 

 

 

 

 

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