58話 アイドルと裏方
『それでは聞いてくださいなのです、ですー!』
シェリーのスマホからライブ中継が垂れ流され、五郎の視線が画面へと向かう。
「便利子ちゃんの出番だよ~」
音楽が流れ始め、投影されている3Dモデルのミラーが踊り始めていた。
「ゆっくり見れるんなら、良かったんだろうけど」
彼はパチンッと筒状なにかと機械に繋ぐコードを切り、安堵のため息をつく。
「そうも言ってられんだろ」
「まーねー。爆弾処理なんてできたんだ?」
弄っていたものは会場に何時の間にか設置されていた爆弾であった。
コレ以外にも複数発見し、それら全てをシェリーの能力で人気のない場所へと移動させていた。
「できねーよ」
爆弾は遠隔操作で動作する類のモノであり、簡素なものであった。
切ったコードは遠隔で操作された際に爆弾の信管を作動させるのに使うものであり、爆弾そのものを無力化した分けではなかった。
遠隔爆破は封じたものの、ご丁寧に時限装置も付いていた。
「とりあえず遠隔操作されないようにしただけ」
そう答えつつポケットから小型の機械を取り出し、切ったコードを噛ませ爆弾と繋がっていた機械に取り付けた。
今度はディスプレイが付いたモノを手に取り何やら操作を始める。
「……なにそれ」
「ESM装置。所謂電波探知機。色々弄ったせいで精度は良くないんだけどな」
盗聴発見機を改造して作ったものなのだが、彼の言っている通り精度は良くない事に加え有効距離が短い。更にたまに誤動作があると言った問題を抱えている一品であった。
「コレでよしっと。これも適当な場所に頼む」
「おっけー、その逆探で犯人探すって分け?」
ナイフを投げ、床が歪み布のように垂れ下がって別空間へとつなげる。
クレーンゲーム景品のように爆弾を落とし、会場外へと移動させた。
「あわよくばって所だな。さっきも言ったが信頼しきるには精度が悪い。こいつは犯人がこの会場にいるのか居ないのかって判断材料だな」
「普通に考えたら、居ないって判断になるけど……此処に居るとしたならば、人の目を爆弾に向けるって分け魂胆かしら」
「ご明察。
この爆弾を仕掛けた人物の目的は会場を壊す事でも、ライブを台無し事でもない。
もっと直接的な事だ。
「ははーん、なるほどね。でもあぁ言うのってバックアップ取るって考えるんじゃない?」
「ミラーの方は、な。だが、もう片方の愛沢歩美の場合は違う。此方は長塚さん同様に電脳力者って事を公表して活動してる。で、本人も会場にいると今回は告知してるからな」
そして、メディアで本人の顔出しもしている。考えている通りだとするならば、狙われているのはコンサートというより、愛沢歩美本人だろう。
「飛んで火に入る夏の虫ってわけね。今は冬だけど」
ミラーの歌が終わり、再度みかるんがステージ上に現れ投票の説明を始めていた。
「ネットの方と同じだと思う?」
恐らくは、ネットで変な動きが見えたみかるんファンの1人だろう事は想定していた。
だが確証はない。
「さぁな。できれば一緒であってくれたら楽なんだが、一番面倒そうなのが連中を利用してる形だな。まぁ何にしても、出来得る限りの事はして守ってやんないと」
◇
同時刻、VIPルーム。
現在ステージ上では投票時間及び箸休めとして、クイズ対決が行われていた。
司会のみかるんが問題を読み変な回答があったらそれを突っ込む流れのようで、面白さ半分でミラーがちょくちょく珍回答を叫んでる様子が瞳に映る。
「どっちもどっちだなー」
そう言って、愛は足をパタパタと動かしていた。
「まともに聞いてやがらない癖して何言ってるんですかね」
「一応聞いてるぞ? とは言え、好みはクラシックだからな~」
そう言ってボタンを操作して投票を完了する。
「以外と愛ちゃん知的!?」
「なぁ奈央さ、永久の悪口移ってないか?」
「気の所為ですよ。ひっそり育ててるなんて事実はありません」
続けて永久も投票を終え、背伸びをする。
「育ててるよな? その言い方遠回しに育ててる宣言だよな?」
「私の母親は口の悪い永久ちゃん~。父親はお猿の山を牛耳る猪~」
棒読みで言いつつ最後に彼女も投票を終わらせる。
「……誰ですか。奈央さんをこんな風にしたのは!」
「お前だよ!」
3人はひとしき笑うと、一服置いて奈央が口を開く。
「ねぇ、2人はさ。お仕事で学校……来てたわけじゃない? でもお仕事はもう……」
声のトーンは低く、心なしか声が震えているように思えた。
そして、言いたい事を察して先に永久が喋り始める。
「2月いっぱいまで、ですね。とは言え、何時でも会えますよ。五郎と一緒に此方に一時的に来たとかではりませんし」
「私は此方に残るかなー。前の所より馬が合う連中が多い」
「要は馬鹿ばっかりと」
「ノリの良いな。向うに友達居ないでもないから、たまに会いに行くけどさ」
「……そっか」
話を聞いていた奈央は、微笑んでいた。
「さて、奈央さん。次の投票、私の分もよろしくお願いします」
そう言って、2つのボタンが付いた機械を投げ渡し、彼女は慌ててそれをキャッチした。そして、視線を放り投げた張本人に向けると、ソファーから立ち上がりドアへと向かっていた。
「何処か行くの?」
ドアノブを捻り目線を背後へと向ける。
「仕事、ですよ」
◇
遠くで微かに爆発音が耳に届き、五郎は手に持つ機械の画面に目線を向ける。
「さてさて、犯人の野郎はっと……会場内か」
液晶ディスプレイに小さな地図が表示され、池に小石を投じた時に生じる波紋のようなものが映し出されていた。
「じゃぁ、さっさと捕まえましょ」
「言ったろ。コイツは精度が悪いんだ。会場内に居るって事しか分からん」
「分かってるわよ。でも、この後の行動はなんとなくは分かってるんでしょ?」
「それはそうだが……此方より、手伝いに行ってやれよ」
一旦の出番を終え、2人の前に現れた未珂瑠を指差しこう続ける。
「本命は向うだろ? 十分助かったから。ありがとさん」
五郎を手伝っていたのは十中八九、暇つぶし。
様子を見る限り、彼女もまたライブには興味がないように見受けらる。
「……まぁ、言う通りなんだけど、平気なの?」
「大丈夫だ。動くなっつっても、動く相棒がいるからな」
「そうじゃなくてさ」
「大丈夫じゃなくとも、動いたアイツは俺にはそうそう止められないんだよ。止める時は何時も命がけってな」
歩いていく彼の後ろ姿を見て、シェリーは不安そうな表情を浮かべていた。
「シェリーまーだー?」
「はいはい、分かってるって」
ポケットから1錠の錠剤を取り出し、噛み砕きシェリーの両目の瞳が赤く染まる。
次の瞬間、床に1本の線が引かれた。
「全く、旧友は人使いが荒い事で……」
床が扉のように開き、別の空間へと繋ぐ。2人は顔色1つ変えずに落下し別の場所へと移動した。
誰も居なくなった通路で、扉が閉まる音だけが鳴り響いたのだった。
一方五郎は楽屋の方へと向かっていた。
すれ違う人は今の所はスタッフや警備員のみ。1人で犯人と遭遇せずに済みそうだ。と、考えつつ立ち止まると、目線を背後へと向ける。
「向うは任せるつったろ」
目線の先には永久の姿があり、ため息混じりにこう返される。
「私が動く事ぐらい予想済ですよね? それで目星は?」
五郎は目を逸らして頭を掻くと口を開く。
「ない。強いていうなら依頼人を狙ってる臭いって所だな」
彼は壁に寄りかかり、歩み寄ってくる彼女を待つ。
「根拠は?」
「仕掛けられてた爆弾の火薬が少ない。会場内にいる。本人が来ていると公表していた。行動を起こしそうな目ぼしい人物は……」
「泥棒猫のお友達のファンって所ですか。なるほど、十分ですね。……会場内で爆弾が爆発した痕跡はありませんし、アレが来てるんですね」
アレというのはシェリーの事だろう。
「来てるな。お前の代わりに手伝ってもらった」
五郎の前で立ち止まると、見上げてこういった。
「餌付けをした甲斐がありました」
「嫌がってた癖して良く言うよ。ささっと片付けるぞ」
「勿論です。出来るなら鏡さんの歌聞きたいですしね」
「だな。体は大丈夫か?」
「無問題です。心配しすぎなんですよ。ゴローは」
◇
ゆーみん楽屋前に1人の男性が立っていた。顔にはタトゥーが浮かび上がっており、身体は華奢。動悸は荒く目の焦点が定まっていない。爆発が不発に終わり、焦りの色が見て取れる状態であった。
だが、足元には数人の横たわる警備員の姿と転がっている複数のパチンコ玉があった。
肩から掛けているバッグに手を突っ込み残った手でドアノブに手を掛けゆっくりと回し、開けていく。
「……は?」
楽屋内は備え付けだと思われるテーブルや、椅子があるのみで人っ子一人いない所か、機材すら何も置かれていないもぬけの殻。と言って差し支えない状態であった。
想定外の光景に彼は楽屋へと足を踏み入れ、今一度見渡す。だが、瞳に映る光景以上の情報を得る事はなかった。
「おーおー、こりゃまた派手に暴れてる事」
楽屋の外から男性の声が聞こえ、男は振り返りつつ手を突っ込んでいたバッグから数発のパチンコ玉を掴み取って手を出す。
「遅かったですかね」
今度は少女の声が聞こえ、男の口元が笑う。
「子供連れか……」
そう呟きつつゆっくりと手のひらを広げていく。
「さてな。案外━━━━」
出入り口から男の姿が瞳に映った瞬間、手のひらに乗っていたパチンコ玉が急に加速し殺到していく。
しかし、寸前で張られた防壁により攻撃はすべて防がれ、向けられた男の瞳に彼の姿が映し出される。
「━━━━タイミングが良かったり、したな」
急いで次の行動に移ろうとした矢先、防壁が消滅したと同時に1人の少女が楽屋部屋に飛び込んだ。
「くそっ!」
バッグを突き破って複数のパチンコ玉が射出されていくが、軌道を見切られ攻撃の全てを避けて接近していく。
「こんな所で!」
男は飛び、繰り出された飛び蹴りを避けると、テーブルに置かれていたペン立てを払い退ける。
すると、払い退けたそれらもまた弾丸のように加速して攻撃へと姿を変えていた。
「なるほど、手に触れたものをなんでも瞬時に任意で飛ばせると」
少女は周囲に防壁を張り、殺到していた攻撃を尽く防いでいた。
「アレに似てますが、此方の方が幾分か速いですね」
「な、何なんだよ……お前は!」
次々と周囲に有るものを手当たり次第に飛ばしていき、防壁を破壊する。
「ただの助手ですよ」
が、同時に地を這うようにして跳んでいた少女は、懐にまで飛び込んでいた。
「冴えない探偵のね」
男を蹴り飛ばし、意識を奪い取ると息を吐く。
「お疲れ。どうだ?」
伸びている男の所まで歩いていき、額に人差し指を押し当てる。
「おーけー、補充出来そうです」
頬にある花びらが3枚から4枚へと増え、永久の口元が緩む。
「中々の当たりですよ。結構使いやすそうです。ふふん、これはいいですね! 実にいいですね!」
「そりゃ良かった。後はやっとくから戻ってミラーの歌聞いてこいよ。ギリギリ間に合うだろ?」
「あー、はい。そうさせてもらいます」
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