ファイル16

47話 嫉妬と不良

 シェリーの引っ越し挨拶のあった日の夕方。

 永久が事務所に帰って来た。のだが、居間に足を踏み入れると眉間に皺が寄り、五郎に白い目線が向けられる。

 なぜ向けられたのか。理由は簡単であった。


「お帰り~お邪魔してるよ~」


 ソファーに座りテレビを見ている彼の膝を枕にして、仰向けで雑誌を読み寛いでいるシェリーの姿があったからだ。


「なぜ故、こそ泥がうちで寛いでるんですかねぇ……」


「上に引っ越してきたから。ほらご近所付き合いってやつ?」


「こんなご近所付き合いがありますか! ゴローも素直に従ってないで」


「もういい。おじさんはもう疲れた。もう嫌だよこの


 実は午前中ずっと自分の家に戻れ、態々此処で寛ぐな、仕事の邪魔だ。等々帰るよう言っていたのだがその全てを適当な言い訳で躱されていた。

 まさにあぁ言えばこう言う状態である。


「このエロ親父。こそ泥共々駄犬の駄賃にでもなってもらいましょうか? ん~?」


「はぁ……たまにあるこの理不尽な罵倒が心地いいって、思える日が来るなんて思わなんだ……」


「五郎ってもしかしてドM?」


『知られざるボスの性癖……!』


 どうやらひっそりと話を聞いていたようで、永久のコートのポケットからミラーの声が聞こえてくる。

 中で表示されているであろう画面には、さぞ楽しそうに笑顔を浮かべている彼女が写っている事が容易に想像できる。


「あー、そうだ永久。そっちの事件の事だが」


「今この状況で、ですか!? 貴方は馬鹿ですか!? 馬鹿でしたね!!」


「今だからだよ。話の流れを変えたい、くたびれた中年男性の心を察してはくれんかね」


「あたしの事はお構いなく~」


 それから突っかかる永久に適当にあしらうシェリー。そして、楽しげにちょっかいを出すミラー。

 彼は顔を手で覆い隠し、この状況に段々嫌気が差し大きなため息をつく。


「何々~? ちびっ子ヤキモチ? 五郎が取られるって。大丈夫取らないから」


「違いますよ。さっきから言ってるじゃないですか。はっきり言って邪魔だと」


「それが焼いてるって言ってるのよ。そんな回りくどく言わないで、はっきりと間に入ってくんな泥棒猫。って解答すればいいのにねー。怪盗だけに」


 そう言って彼女は、五郎の腹部を突く。


「違うと何度言えばいいんですか!!!」


『これがリアル修羅場。これがリアル三角関係……!』


「黙ってて下さい雌豚!」


「もう勝手にしてくれ……」



 翌日の放課後、中学校屋上。

 永久は手すりにもたれ掛かかり黄昏れていた。

 昨日の言い合いから彼女の不機嫌は続いていた。結果、ちょっと突っかかってきた連中にガンを飛ばしたり、話しかけられても無視したり。手を出そうものなら容赦なく突き伏せていた。

 その様子は現在も続いており、奈央が少し距離を取ってしまうほどである。


「おーっす、奈央! ……どったの?」


「あ、愛ちゃんあのね」 


 遅れて現れた愛に今日の状態の一部始終を話す。すると、彼女は笑ってこういった。


「不機嫌だと永久は露骨に態度に出るんだな~! よーっく覚えとこーっと」


 かばんを起き、彼女に歩を向ける。


「あ、愛ちゃん……!」


 奈央の静止を無視して、どんどんと近づいていく。


「そんな所居ると見つかるぞ~?」


「見つかったら見つかった時の話です。今は話かけないで下さい」


「んな事言われても、一応潜入してる身なわけだし、学校とは言え一応仕事中だぞ。助手とは言え、探偵の端くれなら仕事中は私情は捨てなさい。って、母さんの受け売り」


 彼女はキャサリンの声真似を交えつつ言うと笑ってみせる。


「……分かってます。頭では分かっていても心が拒否するんです」


「何があったか知らんけど、悩み事なら今度相談乗るからさ。今は調査、調査」


 手すりから永久を無理矢理引き剥がし、奈央の待つ階段の方へと手を引いて連れて行く。

 それからギクシャクしながらも、彼女は五郎から教えてもらった情報を元に立てた動きを話しつつ階段をおりていった。


 得た情報は大きく分けて2つ。

 まず1つ目に、いじめっ子の1人である城島という生徒が島田と知り合いであること。以前補導された時に一緒に居たらしい。

 裏付けも既に終わっており、初日に出会った学校を抜け出そうとしていたグループと再接触していた。

 お返しだからと快く話してくれ、知り合い所か2人は付き合っているのだとか。

 ついでに既に半分ほど脅しのような形ではあるが、放課後に会うと約束を取り付けてあった。


 2つ目に沼田という生徒とその家族は問題なく生活を行っている。だが、1つだけ異変があった。彼の友人であるはずの佐藤冬至の記憶が"欠落"していたのだ。

 被害者の両親も同様であり、息子の事を一切覚えていなかったそうだ。


「複数犯の可能性か~」


 使われた能力は十中八九で記憶操作系。しかし、被害者に対して行使された可能性が高い能力は風系の能力もしくは重力系、念力系。もしくはその類似能力。

 二重能力者でもなければ単独犯は基本成立はしない。しかし、シェリーの話によれば何方か片方の能力を所持している者は複数人存在する。けれど両方を所持しているのは存在しない。

 提示した能力ではないが、似た事を行える者は存在する。だが、関与している可能性はあれど、今回五郎が追ってる事件を単独でしている可能性は著しく低いそうだ。

 例外として、今や仮面の殺人鬼と呼ばれている東上なら2つ能力をコピーしてやれない事はない。が、此方も可能性としては著しく低いとの事だった。


 更に記憶操作というものが厄介極まりなく、捜査や調査が困難であり、場合によっては解決不可という事もしばしばある。

 この手の電能力は窃盗や強盗を働くケースが多いのだが。


「殺人で記憶操作というのもまた面倒です。ゴローも懸念してましたが私達が記憶を操作されてしまう事も留意して置かなければなりません」


 3人は放課後に会う約束をしていた"旧校舎"に到着していた。


「確かになー。情報さっさと聞いて対策立てないとだな」


 奈央が小さく、ひっ。と悲鳴を挙げ、周囲の影から複数人の不良が彼女達を取り囲むように現れる。

 現れた連中は各々、鉄パイプやバットで武装をしていた。


「んで、島田とかいう奴の居場所素直に教えてくれるんかね」


「教えないでしょうね。頭悪そうですし」


「だよなー。ついでに危機管理能力もないんだろうなー」


「同感ですね。で、お仲間さんは全員馬面のアホ面」


「不機嫌そうだったけど、今日は意見がバッチリ合うな!」


「たまには考えぐらい一致しますよ」


 2人の会話に耐えきれなかった1人が声を荒げてバッドを振り上げ襲いかかる。

 だが、瞬時に永久が反応し、振り下ろされたそれを蹴り飛ばした。


「……は?」


 彼が間抜けな声を出した時には、彼女は懐へと飛び込み繰り出された拳が腹部へとめり込んでその場に倒れ込んでいた。

 瞬殺された光景を目の当たりにし、周囲の不良達は唖然として一歩後ずさりしてしまう。


「それに多少暴れても良さげですし? うっぷんを晴らすには丁度いいですから」


「ひゅー、こっわ~」


「ひ、人質を取れば!」


 今度は2人を標的とし、連中の1人が背後から愛に鉄パイプを振りかぶった。


「あ、愛ちゃん! 危な━━━━」


「なぁ、永久」


 しかし、横薙ぎに振られたそれは彼女の右手で掴まれびくともしない。それどころか不良から鉄パイプを分捕り、ジャンプしながら放たれた回し蹴りが彼の頭に直撃し昏倒する。


「私何人貰っても良いん?」


 着地すると、分捕ったソレを二つ折りにしポイッと投げ捨てる。


「大人しく奈央さんを守ってて下さい。私が狩りますので」


「えー、永久のけちぃ」



 旧校舎に向かう一組の男女がいた。

 女性の方は、いじめっ子の城島ゆき。男性の方は海堂と呼ばれる不良グループのボスであった。


「あんだけの人数だ。流石にゆきの言う連中も観念してるだろうぜ」


「きゃー、海堂くん格好いい~」


 そうだろう、そうだろう。と天狗になっていると、1人の男子生徒が血相を変えて走って逃げてくるではないか。

 しかもそれは有ろう事か、彼が差し向けた不良のであったのだ。


「か、海堂さん!!」


「あぁ? どうしたんってんだ? あぁ?」


「あ、あいつら何なんッスか! 歯が立たないとかじゃないっすよ! バケモンっすとあんなの!」


 その言葉を聞いた途端。彼の目つきが代わり口元が笑う。


「ほぉ、それは悪かった。俺様としちまった事が見立てが甘かったようだな。うん」


 海堂は仲間の不良を払い飛ばし、首を鳴らす。


「だ、大丈夫なの?」


「平気平気、知ってるだろ? 俺様の能力をよ」

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