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22話 封筒と金持ち

「ん~あ~。もっと依頼はないかね……」


 報告書を依頼人に届け終わり、事務所のドアを開けた五郎は呟いていた。

 風邪が完治して2週間。簡単な依頼が2件のみで戦闘になるような事はなく、平和な日々を過ごしていた。

 一応、情報収集を兼ねて殺人事件に首を突っ込んで見てはいたのだが、すぐに解決されたため出番はまるでなかった。


「平和なのは良い事ではありませんか。依頼も今日のように微笑ましいのばかりですと、楽しくで良いのですが」


 永久の言っている事も一理ある。今しがた終わった依頼は、電脳力者である友達の調査をして欲しい。

 というものであり、当初は戦闘を視野に入れつつ慎重に進めていた。のだが、調査を進めていく過程で分かった事は、懲らしめる相手が電脳力者ではない。依頼者にドッキリを入れつつも誕生日パーティーをしようとしていた。というモノであった。


 それから依頼者が増え、誕生日パーティーに加担する事となった。以後は調査対象に肩入れしつつ、本来の依頼者には本当半分嘘半分の報告をし、といった具合で進行していき当日ドッキリを成功させてパーティーも滞りなく済んだ。


 報告書には本当の事を書き、依頼量は2人で1件分の料金を頂く事で終わった。

 楽しくはあったのだが、仕事としては割に合わない。という言葉がどうしても出てくる。笑顔はプライスレス等言われたら、なんとも言えないし良い依頼ではあったのは確かだ。


「つっても、こんなのばっかだと商売上がったりってな」


 ソファーに腰掛けるとスマホをテーブルに置き、リモコンでテレビを付けこう続ける。


「いや楽しくて割りが良くて、微笑ましい依頼が一番か。夢物語だな」


 鼻で笑い、チャンネルを変えていく。


「わかりませんよ。何処か糞みたいな価値観の金持ちから、依頼が転がり込んでくるかも。ほら、こういうのフラグっていうんですよ」


「そういう口調してると、フラグ折れたりしてな」


 あるニュースで彼の手が止まる。


「みゅ、怪盗さん最近活発なのです」


 怪盗からまた予告状が来た。という内容であり、とある大富豪の金持ちからとか。


「ほらほら。ゴロー、こういう腐れ金持ちから依頼が来たら完璧ですよ!」


「そうそう来んだろう。ていうか、微笑ましいのか?」


「び、微妙な線ですが、殺人事件やそびえ立つ糞。間違えた、糞みたいな殺し屋なんぞに襲われるよりかは随分とマシです!」


 咄嗟に間違えたと言ったが、恐らくわざとである。


「まぁ確かに」


 だが、言っている事は賛同出来るので、彼は突っ込む事はせずそのまま流した。

 するとチャイムが鳴り響き、五郎はすぐにテレビを消すと立ち上がり玄関へと駆け足で向かっていく。

 軽く身嗜みを整え、咳払いをしドアを開けた。


「ようこそ。澤田探偵事……務所へ?」


 玄関先には黒ずくめでサングラスを掛けた異様に難いの良い男が立っており、思わず五郎は顔を引きつらせていた。 

 地上げ屋か何かかと考えていると、真っ黒の封筒を渡し黒ずくめの男は速やかに階段を駆け下りていく。

 言葉を一切交わさず、かつ身のこなしは軽やかであり只者ではないと感じる。封筒を神妙な面持ちで目を通していくと、裏に阿賀見という文字と家紋と思しき蝋印で封がされていた。


「ゴロー? どうしたのですかー?」


 奥から永久の声が聞こえ、ドアを閉めると中へと戻っていく。


「手紙を渡されてとさくさと帰ってた。見た目と身のこなしからして、まず郵便配達員って線はゼロ」


「んー、ミラーは早く中身を見る事を提案するのです。なのです!」


「私も鏡さんに賛成ですね。何をどうするにしても、速い方が得策かと」


 お茶を持ってた永久にも言われ、五郎は面倒臭そうな顔で封筒を開ける。これまた真っ黒で三つ折りになって入っていた手紙を取り出す。

 開くと白い文字で書かれていた事を、声を出して読み進めていく。すると、次第に永久の目が輝いていっていた。そんな気がしていた。


 翌日。

 五郎達は事務所から数時間かけ、山奥のとある屋敷の前へと来ていたのだった。


「んじゃ、あんちゃん。これ領収書」


 タクシー運転手から領収書を受け取り、彼は振り返ると屋敷を見上げる。


「でっかい、なぁ……」


 永久の言っていたフラグとやらは無事回収され、あの黒い封筒は怪盗を捕まえるための依頼状。改め招待状であり、前金として20万の小切手が同封されていた。

 受ける受けないに関わらず、能力を買った。ということでこの前金は好きに使って良いそうだ。手紙には彼ら以外にも複数の探偵に送った旨も書かれており、五郎達が特別に選ばれた。という話ではないようであった。


 元にパトカーも2台ほど止まっており、警察も幾名か確認できる。

 尤も玄関先に待機している所を見るに、中に入れさせては貰えていない様子であったが。


「そうでしょう。そうでしょうとも! コレは日頃の私の素行が良いお陰ですね!」


「口は悪いがな。ついでに天気も悪い」


 補足するようにして、真実を口にした途端笑顔で足を思いっきり踏まれ五郎の叫び声が響き渡る。

 空模様は曇り。夜からは雷雨になると言っていた。よくあるお決まりのパターンだ。殺人事件も起きれば完璧。


「くすくす。あ、申し訳ありません。いらっしゃいませ。お客様。招待状を拝見させて貰っても宜しいでしょうか」


 古き良き中世時代のようなメイド服に身を包んだメイドさんが、微笑んで手を差し出す。


「……あら? あんた、どっかで会ったことない、ですか?」


 化粧のせいで確信は持てなかったが、この顔立ちに見覚えがあった。


「着いて早々メイドをナンパとは。私は五郎をそんな女ったらしに育てた覚えはないのですがね」


「違うし、お前は俺の母さんか」


「うわっ、そうゆう嗜好に目覚めてしまったのですか!? 最低最悪のロリコン探偵に成り下がったものですね……!」


「言い出したのお前だろぉ!?」


 などと、言い合っているとメイドさんはまたクスクスと笑っていた。


「あっ、重ね重ね申し訳ありません。仲が宜しいんですね」


 苦笑いで返し、黒い手紙を彼女に渡した。


「ふむふむ。確かに。それでは澤田様、怪盗の身柄争奪戦の舞台となる阿賀見邸にようこそ」


 荷物をメイドさんに預け中に通される直前、見知った顔を見つけ彼女に声をかける。


「すいません、他にも"連れ"が居るんですがいいですか?」


 刑事を2名を加え、屋敷の中へと足を踏み入れた。


「探偵、助かった。中に入れなくて四苦八苦していた所でな」


 五郎が引き入れたのは、菊地と彼の部下である加藤の2名。五郎の仲間で警察に潜り込んでもらっている。というその場しのぎでバレバレの言い訳を口にしていた。が、彼女は異論はないようで、二つ返事で了承してくれた。


「あ、永久ちゃんクッキー食べるっすか?」


「結構です。糞から生まれた駄犬からの施しを受けるほど落ちぶれてはいないので」


「あはは、きっついっすねー。けどそれがいい」


「ドMは近寄らないで下さい」


 突っ込みを入れるのも面倒臭い2人のやり取りを聞き流し、メイドの後をついていきながら屋敷の中に目を通していく。

 大きく分けて北と南に分かれ中は広く4階建て。廊下には調度品の数々に小さいシャンデリアが幾つか吊り下がっている。更には管理の行き届いた中庭。

 部屋の数もそれ相応に多く、全てを見て回るのはこの人数では骨が折れそうであった。


「では、此方にどうぞ」


 通された部屋は北館3階の3部屋。五郎と永久は同室で、他2人はそれぞれ一室ずつ借りる事となった。


「おぉ、ゴローふかふかですよ。すごくふかふか」


 彼女は手でベットを押していた。


「良かったのか? 同室で」


「……まさか、襲う気ですか? 犯罪ですよ」


「襲わねぇーよ!」


「知ってます。ですので問題ありません。それにゴローも守りやすいですし、情報共有もしやすいです」


 ベッドに腰掛け、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「永久ちゃん、なんだかんだ言ってボス第一で考えているのです。なのです!」


 スタンドにスマホを立てた途端、画面が付きミラーが映し出された瞬間そう言い放った。


「鏡さんスクラップになりたいようですね」


 そう言って永久が睨みつけると、逃げるようにして画面が突然ブラックアウトし電源が落ちる。


「だんだんこの流れにも慣れてきた。んで、この後の話終わったらどうする? 分かれるか?」


 メイドさんから参加者が一定数集まったら、当主からお話があるので食堂に一度集まって下さい。と言い渡されいたのだ。


「今回は人数が多いので、私達は一緒に行動してもいいかと。それに他から急に襲われない。とも限りませんし」


 競争相手をへらすために襲う。そういう可能性を永久は示唆していた。


「一理あるな。永久的には何処が一番気になる?」


「そりゃ、狙われているモノですね。それから別の参加者とゴローがナンパしたメイド」


 気になっている事は彼と大体一緒であった。


「ナンパはしてないっての」


「永久ちゃん、嫉妬なのですか?」


「黙って下さい。雌豚風情が」


 着いた画面はすぐにまたブラックアウトし、1つのため息が思わず出ていた。


「ミラー、茶々入れるな」


「ごめんなさいなのです。なのです♪ それと、ミラーもあのメイドさんは気にはなるのです」


 五郎の付けている通信機に、更に改造して超小型のカメラがつけていた。これもスマホと繋がっており、ミラーの擬似的な目となっている。


「となると、何処かで会っている可能性が高そうですね。鏡さん、写真とか撮ってないですか?」


「撮っているモノを移動中に確認したのですが、該当物はなかったのです。なのです」


「んじゃ、最優先で話聞きに行くか。ついでにお茶にでも誘って」


「やっぱりナンパする気じゃないですか」


「チャラ男なボス、きゃー! 若作りー!」


「……冗談だよ」


 冗談に聞こえない。と散々弄られたのち、部屋を後にして食堂へと向かう。

 菊地達は早速内部を見て回るそうで、食堂へは行かない。と言っていた。


「えーっと、此処だな」


 重々しそうで彫刻が掘られているドアを五郎は見る。


「柄にもなく緊張でも?」


「いや、高そうだなっと」


 ドアを開き、中に入ると既に他の参加者は集まっているようでお年を召した男性が立ち上がり、口を開く。


「揃ったの。では、今回のルール説明をしよう」


 まるでゲームを開催している。そのような口ぶりで説明を開始した。

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