21話 助手ちゃんと探偵

「ありがとうございましたー!!!」


 翌日、早朝に依頼主が現れ財布の返却がされた。

 中身の確認もクリアされ、報告書も昨夜に用意していたため一緒に渡し、成功報酬を受け取って完了となった。


 依頼人を玄関まで見送り、ドアが閉まると背伸びをし万札2枚を広げる。


「ふふんっ。ボロかったのです」


 上機嫌で居間まで戻るとスマホが着いており、ミラーからお疲れ様。と労いの言葉が飛んできた。


「この程度、疲れもしませんよ」


「ヤクザ事務所でお茶して帰ってきた。って普通の人は出来ないと思うのですよ? そういえば、一人で依頼って受けるのです? なのです?」


「今回のように、お使い程度の案件が来た時だけですね。他はゴローがいないと立ち行かないでしょうし、何より怒られます」


 万札を財布に仕舞うと台所へと向かい、スマホを立てかけ鍋を火に掛け始める。


「やっぱり怒られるのは嫌いなのですか?」


「昨日から質問ばかりですね。怒られるのが嫌いというより、あまり怒っているゴローを……何を言わせるんですか。この雌豚、豚汁にしますよ」


「きゃー! 照れるのですー! ……何事も知らないと仲良くは慣れませんし、何よりちょっと本心が分かった気がしたのです。なのです♪」


 永久の顔がほんのりと赤くなり、舌打ちをする。


「あっ、照れてるのです~。なのです~。可愛いのです~♪」


「照れてません。そろそろ、黙らないとスマホ叩き割りますよ」


 そう言って睨むと、何時ものダンボールが出て来てその中に隠れてしまった。

 鍋の蓋を開け雑炊をかき混ぜて具合の確認をする。


「全く、隠れるくらいなら、初めから……初め、から」


 永久の手と口が止まり、まるで時間が止まっているかのように動かなくなる。


「ん? 永久、ちゃん?」


「え? あっ、もう、変な事言うから……持っていってきます」


 火を止め、丼を取り出すとよそってオボンに乗せ部屋へと向かった。

 ドアを開け、部屋に入ると大分と顔色が良くなり体を起こして新聞を読んでいる五郎の姿があった。


「大分と良くなりましたね。何か重大なニュースはありましたか?」


「官僚暗殺、犯人は影か? だとよ」


 ドアを閉め、オボンをテーブルに置くと新聞紙に目をやる。

 書かれている内容では、百面相の相方の可能性がある殺し屋の仕業だろう事は優に想像出来た。


「官僚って、護衛とかは居なかったんですかね」


 永久は丼を手に持ち、レンゲで雑炊を掬う。


「流石に四六時中はいないだろ。居たとしても、平然と獄中で殺しをやるような奴だ。防ぐは相当骨が折れるだろうな」


 そして、五郎の口元まで運んでいた。


「刑務所に居た国家の犬共が、ただのカカシだった。という線は?」


「だったら、脱獄者が大量に出てるだろうよ。無所内って結構電脳力者多いからな。……で、それは?」


 五郎がレンゲを指差すと、永久は不思議そうに首をかしげた。

 普段ならば取らない行動。素直に優しさと受け取っていいものか、はたまた何か裏があるのか。と、思わず考えてしまっていた。

 これも常日頃の行動や言動故なのか。


「食べないのですか? 冷めてしまいますよ?」


「いや、そうじゃなくてな?」


「あ、大丈夫ですよ。間接キスにはなりませんので」


「そうじゃなくてな!? いや、お前そういうのしないだろ? 何か違和感がな」


 五郎がそういうと、嘲笑ように口元が笑った。


「そんなの、看病にかこつけて恥ずかしがってるロリコン探偵を見て内心、気持ち悪い。って思うために決まってるではありませんか」


 永久の言葉を信じるのであれば、裏があったようだ。

 ふざけて言っているだけの可能性もあるが、だとしても何時もよりトゲがある事を感じてた。


「と言いますか、いい加減食べてくれませんか。腕が疲れてきたので」


 引きつった顔で自分で食べる。と彼は言うものの、ほら早く。と、催促されるだけであり拒否する事を受け付けない様子であった。

 観念し、ゆっくりと口を開けた瞬間レンゲを押し込まれていた。


「んぐ!? ……もぐもぐ」


 びっくりするものの、そのまま雑炊を食べ飲み込む。


「なんか、お前。嫌なことでもあったか?」


「藪から棒に何ですか」


 レンゲで雑炊を掬い次の催促をしてくる。


「待て待て。なんていうか、言動はあれでも行動が雑というか、粗暴というかだな。イライラしてる風に見えるんだよ」


「はぁ。そう細かいから、こんな歳になっても奥さんが貰えないんですよ」


「ッ! ……それを、言われちゃ何も言い返せないな」


 彼は作り笑いを返し、誤魔化すようにレンゲの雑炊を食べた。


「図星ですか」


「んぐ、さてね。案外図星なのは永久の方だったりな」


「だまらっしゃい」


 雑炊を掬い開くのを待たずに五郎の口へとレンゲを運んだ。


「んがっ!?」


 直前で咄嗟に開きソレは綺麗に口の中に収まった。が、図星です。と言っているのも同然の行動であった。


「んまぁ、言いたくないなら別にいい」


 とは言え本人が嫌がっている現状、これ以上問い詰めた所で言わないどころか、更にご機嫌が斜めになってしまう可能性が高い。


「分かればいいです。はい」


 次が差し出されていた。

 それから雑炊を完食して薬を飲み、今日まではベッドで寝ろ。とのお達しが下っていたので、五郎は横になり考え事をしていた。


 この家業を始めて5年。今の"状態"に落ち着いたのは3年前。2人の目的の情報は多少は入ってきているが、尻尾を掴めていない。

 あの警官の"二重脳力者"を掴まえられれば、多少は前進するのだろうがアレ以降見かけてすらいない。そもそも此方に関しては情報が一切ない。

 近道をしようとして遠回りをしている。そんな気がするが、現状他に道がないのもまた事実。


 次第にまぶたが重くなっていき、意識が遠く思考が鈍くなっていく。

 気がついた時には、窓から差し掛かる夕日に照らされ部屋が茜色に染まっていた。


「夕方、か」


 体を起こそうとすると違和感があり、目線を落とす。

 すると、永久がベッドにもたれかかる形で上半身を預け、寝息を立てていた。テーブルには昼食だと思われる冷えた雑炊に蝿帳はいちょうが被せてあった。


 推測するに、昼食を持ってきたはいいが寝ていて起こす事をためらい、結果として一緒に寝てしまった。という所か。

 体温計で熱を測ると、37度2分。微熱と言った所で、よくもまぁ一晩そこらで此処まで熱が引いたもんだ。と彼は考えていた。

 彼女の頭を撫で、ベッドから立ち上がると部屋に置かれているゲームに目線を向ける。


 置かれているのはファミコンやスーパーファミコンを初め、相当前のゲームばかりであった。

 彼が彼女から電池交換を頼まれるのも、この年代のものばかり。質より量を取ったのかもしれないが、もう少し新しいゲームにも手を出せばいいのに。と思いつつ部屋を後にした。


「ボス、起きても平気なんですか?」


 キッチンへと行くと、置かれたスマホの電源が付きミラーが映し出される。


「もう微熱。心配かけたな」


 ポッドに水を入れ火かけ始める。


「いえ心配はしてませんので!」


 元気に言い切られ、五郎は思わず吹き出すように笑ってしまっていた。


「酷いな。昨日のお使いの依頼、どうだった?」


「はい、滞りなく遂行してましたなのです。なのです」


 実は予めミラーには説明をしていた。

 そのうえで知らない風に演じてもらい、永久について行って何かあったら連絡を寄越すように頼んでいたのだ。

 仲良くなるチャンスだと、彼女は二つ返事で了承していたのだが。


「ですけど、ちょっと暴力団の事務所は怖かったのです」


 そう言ってミラーは苦笑いを浮かべていた。


「だろうな。俺も二つ返事で了承されるなんざびっくりしたし。……さて、こういった連中とも付き合っている事務所だが、出てくなら今のうちだぞ」


「それとこれとは別なのです。最初は勢いで言っただけでしたけど、居心地がいいのでこのまま居候されてもらいます。なのです」


「そうか。なら、改めて宜しくな」


「はい、よろしくお願いします。なのです」

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