17話 刑事と相棒

『だ、大丈夫なのですか? あれ』


 交番内を支配していた静寂を破ったのはミラーであった。

 彼女の声で、固まってしまっていた五郎も我に戻る。


「て、手製のスタングレネードだし、十数分は悶絶するかもしれんが、大丈夫だ。多分」


 流石に一気に状況が動きすぎていたため、処理しきれなかったのだ。

 一旦整理しようと頭を働かせようとした瞬間、外から唸り声が聞こえ急いで窓から様子を伺う。

 すると、明らかにキレている様子の菊地の周囲には、先程五郎を追っていた連中が横たわっていた。うち1人の胸ぐらを彼は掴み上げていた。


「なるほど。空間つなげる電脳力から出てきて事故ったのは菊地で、外の連中の処理は流れ作業のように終わったと」


 よく考えると、彼は4日間で2回も事故を起こしていた。しかも周囲のせいで。

 キレるのも致し方ないのかもしれない。


「って、そうじゃないな」


 五郎は警察署から出ると、彼に呼びかける。すると、掴んでいた男をまるでゴミのように投げ捨てた。


「探偵。説明を仰いでも良いか」

 

 それから男達を縛り上げ、交番の奥の部屋に縛られていた警官を開放した後、起きた事を順に沿って彼に伝えていく。


「つまり、お前も俺も巻き込まれた口で、何も分からんままあのような混沌な状態になったと」


「そうなる。まぁ、助かったよ」


「此方はいい迷惑だがな。何が悲しくて、新車を卸したその日にスクラップにされなきゃならんのか」


 苦笑いを浮かべ、開放された警官が淹れたお茶を受け取りすすった。

 事故現場は駆けつけた警官が隔離し、体裁のための調査を始めていた。


「また始末書書かされる羽目になる前に、頼まれていた事と別件の話をしておく」


 まずミラーの方の殺人事件の件だが、動機は未だ喋っていないそうだ。だが、共犯者は口を割っており手口は大体五郎の言った通りだという。

 次に、俺達を先日襲った奴は恐らく殺し屋だという。本来は海外で活動している人物で、今来日しているが目的は一切不明。それだけではなくそいつの電脳力の性質上から、本名や人種も一切不明で何も分かっていない。やり口が対象の親友や恋人によく成り代わり殺す事から、[百面相]と呼称され呼ばれている。


「百面相ねぇ」


「噂では相方が居るらしいがそちらも不明。一応、相方だと言われている奴は居る。が、監視カメラ等に影が対象を殺す様子しか映らず、此方は影人間なんて呼ばれてる奴でな。当然ながら本名人種は一切不明」


 どちらも自分の素性を明かさず対象を処理出来る能力。故の殺し屋で暗殺に応用だが、恐らく電脳力が灯台する以前から裏の仕事を請け負ってたのだろう。と彼は考えていた。


「まんまだな。にしても、相棒ぽい方も厄介そうな電脳力だこと。で、別件ってのは?」


「別件は先日コンビナートで掴まえた3人組が殺された。獄中内でだ」


「そりゃぁ、また……もしかして、その殺し屋が関与してる。って言わないよな?」


「勘がいいじゃないか。他の囚人や巡回の証言から、殺したのが先程話した影人間。それで、同時期にお前の所に百面相。どちらも本来は国外で暗躍している殺し屋。関係者でないなら出来過ぎだと思わんか」


 彼の言う通り、国内でしかも同じ市に同時期に現れたのだ。関係者であると考えるのが自然だろう。


「話は終いだ。"俺は今日、もう会いに行く用事はない"が、精々気をつけろよ。探偵」


「ご忠告感謝する。当分の間相棒と一緒に行動するように心がけるよ」


「そうだ。1つ貴様に聞きたい」


 何かを思い出したかのように、そういうと一服起きこう問いかけてきた。


「助手の電脳力。普通では"ありえん"はずだが、あの娘にお前は何をした」


 五郎は一瞬驚いた表情を浮かべるも、神妙な顔になっていた。

 そして、ボカしたような返答をしていた。


「俺は何もしてない。組んだ時からあぁだったんだ」


 だが、嘘は言っていない。

 彼はソレを聞くと食い下がることはなく、短く詫びを入れ警察が群がっている方へと歩いていく。

 それから永久に連絡を取り、合流する足運びとなった。


 事情聴取は菊地が説明するということで免除となっていた。身柄確保をされると安全ではあるのだが、永久が嫌がるため少々助かった。

 合流場所はとあるアパート前。先に到着した永久の手には買い物袋を手に持ち、1株のカボチャを抱えるようにして持って待っていた。


「……持ってやるよ」


 買い物袋を受け取りある部屋へと目線を向ける。


「で、先程の話は本当ですか?」


「本当だ。コレ見てみろ」


 そう言ってスマホを取り出し、掲示板を彼女にも見せた。


「知らない、ですか。実際うちに依頼に来たのは本人、とは言えないのですね」


 あの掲示板の様子では、依頼をした事も探偵を雇った事も知らない様子であった。更に依頼が終わった夜、わざとバレるように嗅ぎ回っていたにも関わらず、一切触れていなかった。まるで知らないかのように。

 これらを踏まえるとあの依頼は、美樹さんの姿で依頼に来ていた百面相だったと考えられる。


「そうだ。菊地から聞いた[百面相]。アイツが関与してるなら、この状況も一応辻褄が合う」


「結局、裏でどう動かれていたのかですね。鏡さん、ダメ男の事を頼みます」


 そう言ってカボチャも彼に手渡す。


「おっとと」


「了解なのですよー」


「ゴローは、少し離れて待っていて下さい」


 永久は一人で、アパートの階段を駆け登っていく。


『1人で平気か?』


「ダメそうで安全そうならば呼びますよ。そちらこそ、おつまみ感覚で襲われて肉塊にならないで下さいね」


 子供が1人の方が何かと気が緩み、隙が生じ動きやすい。そう考えての行動であった。

 何より、五郎が行ったのでは門前払いを食らい通報。なんて展開もありえる。


『分かってる。ちゃんと隠れてるから安心しろって』


 目的の部屋の前に到着すると、呼び鈴を鳴らし少し待ってドアノブを回すが鍵が掛かっていた。

 居ない。人の気配もない事から居留守の線も低そうであった。


「居ませんね」


『ピッキングとか必要か?』


「空き巣に入るんじゃないんですから。まさか、下着を……」


『取らないからね!? 俺下着ドロじゃないからね?』


『心拍数上昇、嘘なのです! なのです♪』


『ダウトォ!!! ミラー何平然と嘘ぶっこいてんだよ!』


「変態嘘つき探偵さん♪」


 数歩後ろに下がり周囲を見渡す。

 小窓も格子が着いており、鍵が空いていたとしても中に事は出来ない。

 朝刊が数日分貯まっている。何か怪しい。そう感じた時であった。


「あら、お嬢ちゃんどうかしたの?」


 急に話しかけられびっくりするも、声の主は優しそうなおばちゃんであった。平常心を装いつつ言葉を選んで返事をする。


「美樹お姉ちゃんの知り合いでして、忘れ物があって来たのですが留守みたいで」


「あらぁ、それって急ぎなのかい?」


「はい。すぐに必要で、美樹お姉ちゃんとも連絡が取れないし……私どうしたら」


 永久は目に涙を貯め、それを見たおばちゃんは困った表情をし頭を掻くとポケットに手を突っ込む。


「仕方ないねぇ。私、大家だから開けてあげるよ」


 鍵を取り出し、歩を進ませ始める。

 遠回しに大家を呼んでもらおうかと企てていた彼女は、手間が省けラッキーと思い怪しまれないよう、いいのですか? と問いかけていた。


「いいんだよ。ほら、話は私からしておくから、さっさと取っといで」


 大家さんは扉の前まで来ると鍵を差し込み開ける。すると、一歩後ろに下がり笑顔で永久の方を見た。


「どうぞ、開けたよ」


「ありがとうございます」


 ドアノブを捻り、ギィっという音を鳴らしつつゆっくりと開けていく。

 中は薄暗く散らかっていた。


「ッ!?」


 それだけならば問題はなかった。だがペンキをぶち撒けたように、いたる所に乾燥した血痕が付着している光景が、瞳に広がっていたのだ。

 永久は咄嗟にドアノブから手を離し前方へと倒れ込む。

 ヒュンッ。という風を切るような音がし、少量の切断された髪の毛が宙を舞う。

 倒れる最中、横目で後方を確信すると大家さんの狂気に満ちた目と、振り切ったナイフが映った。


「おや?」


 ナイフを逆手に持ち替え、振り下ろそうとする。

 彼女は手を付き前方倒立回転跳びをし、振り上げた足でナイフを蹴り飛ばした。

 が、予測していたかのように腕を背中へと回す。


「くそったれ」


 体を捻り、着地の体勢を変え片手を床から離す。更にポケットから零れ落ちたケースを手に取り、薬を1つはじき出した。

 ソレを口でキャッチし噛み砕き、花びらの1つが光る。と、同時に背中から引き抜かれ投擲されたナイフが永久へと迫っていた。


 血痕だらけの床に足を着けた時には、生成されたバリアがナイフを防いでいた。

 ソレは回転しながら宙を舞い、一旦の攻防を終え彼女は深く息を吐いた。


「そのバリア、面倒臭いなぁ」


「どうも。それはとても良かったです」


「褒めてない」


 奴は1つのガラパゴス携帯を取り出し、発信キーを押して何処かに電話をかける。直後、投げ捨てその場から逃げるように飛び降りた。室内から着信音が聞こえ、永久の頬を冷や汗が伝う。


「ちょっ、ばく━━」


 彼女の言葉をかき消すようにして、1つの爆発が部屋から発生し、ドアや窓を吹き飛ばし煙が立ち上り始める。


「ゲホッ、ゲホ……全くもって糞みたいな手癖の悪さで、イラッとしますね。ホント」


 永久は爆発もなんとかバリアで防ぎ、前回の戦闘時覚えた違和感の正体も理解できた。

 此処に来た目的である美樹さんと言葉を交わし、説明と情報提供を乞う。という事は恐らく"永遠"に達成不可能だろう事も察し、此処に居る理由がなくなり撤退しようとしていた。


『永久!? 永久!!! 返事をしろ永久!!』


 すると、通信機から焦った五郎の声が聞こえて来た。

 

「聞こえてますよ。煩いので落ちついて下さい」


『良かった。俺の隠れた位置からよく見えないし、爆発音聞こえるしでびっくりしてよ』


「例の百……百足むかでが現れました。そちらも注意して下さい。糞に成り果てますよ」


『百面相な!? 警戒しとく。美樹さんはどうだった?』

 

 他の住民の声が聞こえ、舌打ちをすると花びらが1つ光る。すると彼女の姿が消え、音を聞きつけ様子を見に集まってきていた人々を掻い潜って移動して行く。

 アパートから出ると姿を現し、爆発現場を見上げつつ口を開く。


「私が着いた時、部屋が血だらけでした。アレが美樹さんのモノだとしたら、恐らく既に糞の世界に行っているでしょう」


「サラッと嫌な世界に飛ばすな。だとしたら完全にとばっちりで殺された形か」


 五郎は近くにある空き家の敷地内に身を隠していた。


『悪い事しましたかね。私がもし、落としてなかったら……』


 声のトーンは低く、何処か悲しげであった。


「結果論だ。あの時、こうなるなんざ予測のしようがない。一旦事務所に帰ろう」


『そう、ですね……』


 空き家を後にする前に菊地にこの現場を知らせるため、1本の電話をかけたのだった。

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