第34話 さて、情報が出揃ってきたところで

              ◇


 さて、情報が出揃ってきたところでもう一度結論――というか結末めいたことを言わせて貰うならば僕の敗因は僕がこれっぽっちもC.H.K.に歩み寄るつもりがなかったことでした。


 C.H.K.はただの未来の殺人鬼です――ましてや、あの三人は自ら進んで殺人鬼になろうとしていたんですから。


 そんなものに誰よりも人の命の重さに喘ぎ、人の命に触れてきた僕が感情移入出来るわけありません。


 その思いは今も変わっていませんが――しかし、彼に彼らの立場に立って物事を見ていれば事態はとうの昔に解決していたということは間違いないでしょう。


 C.H.K.をただの人殺しとして一線を引かず、一人の苦悩する人間として扱えば。


 四則演算的にただ表やグラフの数字とにらめっこするように向き合うのではやく、バスの乗客だけではなく運転手にも思いを馳せればあるいは――


 ――と、まあ、今思い返してみたところでやっぱり僕とC.H.K.彼らは相入れませんし、そうすべきだったのではないかという後悔はありますが、しかしそれが可能だったとは到底思えませんね。


 僕は一つ大きな勘違いをしていたんですよ、勘違いというか思い違い――否、取り違えと言った方がいいですか。


 負け惜しみを一つ言わせて貰えば、僕が斯様なまでに殺人事件を渡り歩くような奴じゃないまま、今と同程度の利発性を持っていればそんな履き違いをすることも無かったでしょう。


 正しそうな人が何事も経験するのがいいなんて言ったのと同じ口で、偏見は持つなだなんて真面目な顔で言ってしまうのは僕はおかしなことだと思うんですよね。


 偏見なんてものは経験からしか生まれないんですから、偏見だって「何事も」の範疇でしょうに。


 同様に、惜しむらくは経験という名の凝り固まった価値観です。


 場数を踏んで、機会を経たと言うだけで何もならないことくらいはその時既に分かっていた筈だと言うのに。


 ですから手順が逆になってしまったんですよね。


 さて、


「ある――よなぁ、そりゃあそうか。


 やれやれ、とんだダークホースの登場だよ」


 甘太あまた君と別れた僕はその足でまず――と言うほど何かを探し回ったわけではないのですが、一度探索し終わった不知川しらずがわモール内をもう一度散策していました。


 その時のお目当ては日取ひとり其月きつきの死体でしたが、しかしそこに行くまでの道中、甘太あまた君の言葉をふと思い出しシャッターの開閉スイッチでもないかと思えば――あるわあるわ。


 人間意識してないと案外知らないもんですよね。


 まあフロアを細かく分断するシャッター一枚ごとにボタンが一つあるはずなんですから、その数は当然だったんでしょうけど。


 少なくとも、貴方がもしショッピングモールで迷ったとしても左手法はやめておいた方がいいですよ、ってオススメするくらいにはありました――絶対どこかでシャッターの閉鎖ボタン押しますからやめといた方がいいですよ。


 そうしてその時僕はそんな風にボタンを探しながら、


「『こちらを押してください』タイプの自動ドアが『自動』ドアなのに、ボタンを押す降下装置が『手動』だと言うのもなんだか変な気がするけどなぁ――しかし『三階のシャッターは事件当時降りていなかった』『三階にいた犯人は被害者を殺害した後三階に戻り密室を装ったのだ』、ね。


 ははっ、現時点では『密室の中に犯人が居た』が確率的に言えば一番高いわけだ。


 とんだダークホース――ってより予定調和なのかな、僕が疑われるのだなんて。


 様式美みたいなもんだしなあ。


 よく偏見を持つことを色眼鏡を掛けるだとか言うけれど、人間は色眼鏡なんてかける生き物じゃないしな。


 水晶体に最初から色がついてる生き物ってだけだろあれ」


 などと意味不明なことを呟きながらモール内を闊歩していました。


 まあ喋る相手も居なければ、他人と違うというだけで奇異の視線を向ける衆愚も居ませんでしたから結構大声出してたと思います。

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