第75話「無粋な客ども」

「いでよ────ドイツ軍……」


 アリシアの要望・・・・・・・を叶える、おあつらえ向きのドイツ軍を召喚しようとしたとき、上空を遮る一騎の飛竜がいた。


(───むっ?!)


 例の勇者親衛隊ブレイズの残党だろうか?


「奥方様ぁぁぁぁあああ!!」


 キィィィィインと、急降下しドイツ軍の包囲に飛び込んできた飛竜。

 そこに跨乗する兵はボロボロの姿ながらも、一目散にアリシア目掛けて飛び込んできた。


空襲ぅぅぅルフトアングリィィフ!! 撃て撃てぇぇぇえフォイアフラァァイ!!』



 ダンッ……!

 ダンダンダンダンダンダンダンッッッ!!



 大量の小銃が上空に向けられ飛竜を指向する。


 しかし、Lv2の召喚獣ゆえ、大半が7.92mmのモーゼルK98ボルトアクション小銃を装備しており、Lv6の擲弾兵のような圧倒的火力というには少々劣る。


 しかし、数は正義!

 小銃の数だけなら山ほどあり、次々に放たれる対空射撃が飛竜に命中していく。



 ギィィィイイイ!



 飛竜が悲鳴を上げて身を捩る。

 小銃弾がめり込み、それから逃れようというのだろう。


 だが、騎手はそれを許さず突撃を敢行!


「あぁ! 来た……コージが、コージがきた!」


 来てねぇよ、クソアマ。


 何か勘違いしているらしいアリシアは目を輝かせているが、ナセルは完全に無視し、


「───叩き落とせッ!!」


 対空射撃を下命する。


 もちろん、ナセルに言われるまでもなく、ドイツ軍は反撃中だ。

 周囲では物凄い射撃音が連続し、空飛ぶ飛竜を撃ち抜いていく。


 バンバンバンバンバンバンッッ!!

 ズダダダダダダダダダダダダダ!!


 小銃射撃に混じり、分隊支援火器のMG34が火を吹いた。

 機関銃手は、戦友の肩を借りて二脚を展開し、銃を空へと指向する。


 だが、しぶとい……!


 それでも限界はくる。

 鱗に阻まれて中々致命打を与えられないも、空を飛ぶための皮膜は次々と傷付き穴だらけになっていき────失速した。


「うおぉぉお! た、退避ぃ!!」


 ───な、なんてこった!!


 ナセル目掛けて墜落する飛竜!

 奴は、浮力を失った飛竜が石のように降ってくる。


 その落下点にいたアリシアの首根っこを引っ掴むと、ナセルは素早く飛び退いた。



 ───ズドォォオオン!!



 一瞬前までナセル達がいた場所。

 そこに降ってきたのは、巨大な飛竜と騎手だった。


 飛竜は落下の衝撃で内臓破裂を起こし即死しているも───。


 だが、騎手はなんとか生きているらしい。


 飛竜がクッション代わりになったため、落下の衝撃が減じたようだ。

 もっとも、生きているとは言っても……辛うじてではあるが───。


「こ、コージじゃない……?」


 その様子を絶望的な眼差しで見ているアリシア。

 ナセルはポイっとクソアマアリシアを投げ捨てると、騎手に拳銃ルガーP08を突きつける。


「……一騎で突っ込んでくるとは、大した度胸だな」


 ごふッ……。


 血を吐きながらも騎手はナセルを見上げると、ニヤリと笑う。


 まだ、少年の様にあどけなさを残した騎手は、

「───勇者親衛隊ブレイズを舐めるなよ。……飛竜と怪鳥と乗り継いで、北の前線部隊まで伝令に行ってきたぜ」


 な、なに?


「……前線だと? それは野戦師団本部のことか?───おいおい……ここからいくら離れていると思っている」

「そうとも……。だがやって見せた。飛竜と怪鳥と我らだけが成せる技……!」


 こいつら、勇者戦の最中にドイツ軍との戦いで逃げたかと思いきや、野戦師団まで伝令に行っていたというのか?


 だが、たしかに不可能ではないだろう……。

 山も川も雪原もこいつらには関係がない。

 

 飛竜も怪鳥も、本来そうした用途で使われるべきなのだ。


「勇者さまの御命に従い、こういった事態に備えて、我らも勇者さまも野戦師団の指揮権の一部が国王より与えられているのだ!」


 ……あのアホ国王。


 クソ勇者に、軍の指揮権も与えていたのか……!?


「そして、我らは貴様のような異端者に最後の絶望を与えるべく、こうしてわざわざ宣言に来てやったのよ! うくくくく!」


 わっーーはっはっはっは……──ぐふッ。


 そう言って、血を吐いて絶命する騎手。

 わざわざ、敵に手の内を晒して死ぬとかアホとしか言えん……。


「そ、そんな! コージ、コージは!? ちょ……起きなさいよぉぉぉお!!」


 ゲシゲシと、騎手と飛竜に容赦ない蹴りをブチかましているウチのクソ嫁。


「───よかったな~アリシア。一応、助けが来るみたいだぞ?」


 何日かかるか知らないがね。


 魔王軍との前線は、遥か彼方。

 帝国寄りの街道を使った正規のルートでは一週間はかかる道のりだ。

 

 早馬であっても丸一日は要する。

 そして、軍隊は早馬のように行動できない。


 大量の人員を動かすには大量の物資が必要であり、物資の移動は荷車の速度しか出せない。

 つまり軍隊の速度は荷車の速度。


 歩兵だけ分離して、携行食糧のみで強行軍をするという方法もあるが……。

 到着した先には疲れ切った兵が残るだけ、それでは戦争はできない。


 ただ、魔王軍と戦う前線にはもう一つルートがある。


 いわゆる山脈越えルートというのだが、帝国との関係がこじれた場合に備えて、近年整備されつつあるルートだ。


 元々は、冒険者たちが開拓したルートだったが、王国側が本格的に開発。

 現在は小・中規模の行商程度なら使用可能である。


 もっとも、道の維持管理が大変であるため大軍の使用実績は未だない。

 だが、リズが連れ去られた可能性があるのはこのルートだろう。


 魔物がうろつく山脈をぶち抜いたルートで、ここを使えば早馬なら半日。

 中隊規模の軍隊なら丸一日で踏破できるという。


「そ、そうよ! 異端者を打ち滅ぼしに、野戦師団が来るわよ! あ、アンタなんかー」

指揮官殿コマンデン……』


 口汚く罵るアリシアを完全に無視して、黒衣の兵がススーとナセルに近づくと、背負っている無線機を手渡す。


 賑やかしに呼んでおいた戦車や工兵、そして航空機。


 そのうちの一機が、勇者親衛隊ブレイズが飛んできた方向を警戒するためにかなり前方まで推進していったらしい。


 その偵察結果の報告だというが……。


「───なんだ?」

『ザ……こちら前方偵察機。山脈を進軍中の敵騎兵隊を確認。規模は一個騎兵連隊──』


 なに?!


『速度は10Km/hで山岳地帯を走破中。……かなりの手練れです』


 聞けば、ここから数十km程度のところに野戦師団から派出して来たと思われる騎兵連隊が急行中だという。

 

「おいおい……無茶しやがる。山岳地帯を騎兵で駆けてくるとはな───」

 いや、道路さえ整備されていれば不可能ではないが……。


 後々の道の維持補修を考えない急行軍だ。

 当然、道はボロボロになるし、急行中の部隊とて途中で落伍するものも多いだろう。


 だが、なるほど……。

 連中の考えもわからなくもないか───。


「王都陥落の報を受け、急遽、機動力のある部隊を差し向けたわけだな」


 勇者親衛隊の連中がどういう報告をしたかは知らないが、野戦師団本部が損害覚悟で機動戦力を送り込んできた。


 しかも、山岳地帯のか細い道路を使って──だ。


 まぁ、王都が正体不明の軍隊によって蹂躙され、国王も勇者も行方不明ともなれば魔王軍との戦争どころではないわな。

 損害が出ようと、道が壊れようと最短ルートで来ることに躊躇いはないってことか。


「距離は?」


『ザ────……約50km。なお、山岳地帯を抜けつつあり』


 ほぉ?


 相当な手練れ────……野戦師団の主力、騎兵第一連隊か。


 連中なら山岳地帯を走破してもおかしくはないな。

 あとの道路は重装騎兵の通過でボロボロになっているだろうけど……。


「おあつらえ向きの距離だな」


 ニヤリと口を歪めるナセル。

 そのままクル~リとアリシアに向き直ると、


「アリシアは、デッカいの好きなんだって?」


「ぐ……! そ、そうよ!! コージのはすっごいんだから!! アンタのものとは全然違うわよッ!」


 こぉの、クソアマ……。

 そんなにデカイのがいいならお望みの物をくれてやる。


「言うねぇ?……尊敬するぜッ。こんな状況でもまだそんな口がきけるなんてなぁ!」

「うるっさい!! この素〇〇野郎がぁぁぁあ!!」


 はっはーーー!!


 ───だったら、よぉぉお!

 お望みの、デッカい・・・・のをくれてやらぁぁぁあ!!




「出でよドイツ軍──────!!」




 カッッ─────────!!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る