第56話「消毒開始(前編)」

 ナセルは完全武装のドイツ軍工兵分隊を背後に引き連れ、案内の兵と共に王城へ踏み込んでいく。


 負傷兵らのうめきや、射殺された召使い。

 彼、彼女らは抵抗したのか僅かばかりの短剣を握りしめていた。

 だが、そんなチンケな武器で完全武装したドイツ軍に敵うはずもない。


 サク、サク──パリン!


 血の匂いと家財が焼ける匂いでむせ返りそうになりながらも、黙々と王城内を進んでいく。

 周囲は破壊の痕跡でかつて誇ったであろう栄華は微塵も感じられない。


「酷い匂いだな……」

 血と火と何かの臭い。


 これが王城──────。


 身分的には一生踏み入ることもない空間だが、そこには何の感慨もなかった。


『──あの先です』


 兵が指し示す先では、ドイツ軍がタンスやベッドなどを盾にして即席の陣地を作っていた。


 最上階の入り口を覆っているらしいが、ぽっかりと開いた螺旋階段の入り口を前にして半円状にバリケードで囲っているらしい。


 そして、さかんに螺旋階段の上階に向かって銃撃を繰り返していた。


『あれを見てください』


 ナセルの接近に気付いた『中隊長』が螺旋階段の先を示す。


 注視された先に目を向けると、階段手前に兵らが折り重なるようにして倒れていた。

 みな一様に息絶えており、反撃に転じたものの返り討ちにされたものと推測した。その雑多な装備から、彼らがかき集めた兵力だと一目でわかる。


「上にいるな……」


『恐らくは……。そして、かなりの兵が潜んでいそうです。散発的に接触をしてきましたが、全て排除。残った敵は上階でしょう。──爆薬でも投げ込めばもっと早いでしょうが……』


 中隊長は少し迷った顔で、

「最上階────塔が崩れるかもしれないと?」

『そうです。螺旋階段はやっかいですが、地道に掃討していくのが得策と思われます』


 それでも中隊長は、まったく危機感を感じていない様子で兵を指揮していた。

 そして、堅実に攻めようと提案する。


「いや、いい。……ここでケリをつけよう」

『はッ』


 中隊長の敬礼を見送り、ナセルは軽く瞑目した。

 ここまで追い詰めればあとは俺の手でやる。


「────火炎放射器を」


 追従してきた工兵から、大型の火炎放射器を借りる。

 MG42機関銃と合わせてかなりの重量だが、これで奴らを燃やせるなら御の字だ。


「さぁ……」

 ────消毒しよう!!



 この国の汚れを──。

 膿を────!


 そして、国王を!!



「燃えろぉぉおおお!!」



 キュバァァァアアア!!


 ノズルから長大な炎が生まれて螺旋階段を舐めていく。

 採光用の小さな窓がある以外逃げ場のない階段のこと。炎は上へ上へと昇っていく。


「ぎゃああああ!!」「あーあーあー!!」


 物凄い絶叫が響き渡り、螺旋階段の上から火だるまになった城兵が転がり落ちていく。


 それも複数、いや……かなりの数だ。


 螺旋階段の途中に潜みドイツ軍を待ち構えていたのだろう。

 右巻きの階段は利き手が使えないうえ銃の射程も制限されてしまう。


 だが、火炎放射器には関係ない。


 国王まで燃やしてしまわないか、それだけが心配だが──おそらく一番奥の自室でガタガタ震えているだけだろう。


「燃えろ、燃えろぉぉおお!!」


 ナセル・バージニア……前進開始。


援護ヒィフンッ』


 キュバァァァア!!


 キュバァアァァアアア!!


 何度も何度も炎をふき出す火炎放射器装備のナセル。

 凶悪な炎が螺旋階段を上っていく。


「うぎゃぁぁあ!!」

「ひぃぃいい!!」


 城兵らはその光景に恐怖し、待ち構えていたであろう連中が、「た、助けてくれッ!」と、ばかりに我先にと上へ上へと逃げていく気配が伝わってきた。


「ははは! 逃げろ逃げろ!!」


 キュバアアァァァァ!


 キュバァァァアアアアアアア!!


 炎に巻き込まれた哀れな城兵は絶叫を上げるも、すぐに喉が焼けて子猫の様な悲鳴を上げるだけになる。


「ぎゃぁああ────ぁぁぁ……」


 それでも剣を手放さないのは立派だが、もはや死兵だ。


 パン、パン! と後方から追従してくるドイツ軍がとどめを刺していく。

 だが、ナセルはそんなことに露とも構わず生焼けの城兵らを乗り越えて前進あるのみ。


 攻城戦の終局だ!

 最後の最後まで文字通り手を焼かせやがって。


「もう少しだぞ! 王国はあと何メートル・・・・・・・残っているかなぁあ!!」


 燃料切れになった火炎放射器を投げ捨てると、MG42機関銃を構えて前進開始。

 

「掛かってこい!!」


 ────おあらぁぁああ!!


 ヴァババババッババン!!

 ヴァババババババババ!!


 炎が切れたことで、攻撃が止んだと勘違いしたのだろう。こっそり様子を見に来た城兵を銃撃でぶっ飛ばしつつ前進、前進!!


 ヴァバババババババババババババン!!


 そして、ついに螺旋階段を上り切る。

 あとは王のおわす部屋があるのみ!


 最上階は階段を繋ぐ通路と、不寝番が待機する部屋と国王の部屋があるのみ。


 その辺の小さな部屋は女でも囲うところだろう。


 そんなもん、どーでもいい。


「き、来たぞ!!」

「逃げるな! 最後まで戦えッ」


 視線の先には家財を積み上げて最後の抵抗線バリケードを築いている城兵が数名いるのみ。

 弓矢の類はないらしく、ナセルを口汚く罵る者や命乞いを始めるものが籠っているらしい。


 アホくせぇ。その背後の部屋にいるクソ野郎に護る価値なんぞないというのに。


 死ねよ。テメェらもまとめてなぁぁあ!!


「ぶっとべやぁぁああ!!!」



 ヴォババババババババババババババババババババババババ!!!


「ひぃぃ!」「神さまぁあ!」


 連続射撃で暴れ回る銃身を腕力で抑え込み、ナセルの怒りの連射がバリケードに叩き込まれる。


「ぐぁああ!」


 何名かをそれで打ち倒したが、臆病な連中は地に伏せて射撃をやり過した。

 そこで弾切れ。


 ち!




「──あれ・・をくれッ」

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