第42話「榴弾かけ流し」
機関銃の掃射を受けて、ドイツ軍を前にバタバタと倒れていく重装騎兵たち。
戦車の前には、おびただしい死体が積み上がっていく。
城の前の広場には、彼らの血がドクドクと流れ、その大地を色濃く染め上げていた。
──だがそれでも騎兵たちは諦めない。
まるで何かに憑かれたかのように、無為無策に突撃するのみ。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
『撃て撃て撃てェェ!! ハーフトラックに近づかせるなッ! 擲弾兵中隊を護れ!』
戦車兵達は戦友を護るために撃ち続ける。
投石器の攻撃で一時的に態勢の崩れた味方を援護しているらしい。
正面に、バンバンバンバンッ!──と銃弾を送り込み、あっという間に30騎余りを撃ち倒したというのにまだまだ士気は崩れない。
いや────崩れるはずもないか!
ああ、目を見ればわかる……。そうとも、こいつらは
本命の…………近衛兵団の歩兵を護るための人身御供!
そして、本命の彼等はと言えば──……。
くそ……!
やっぱり来やがった!
ザッザッザッザッザ!!
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッ!
歩兵。
歩兵、歩兵歩兵!!
ほへい!
インファントリー!
あぁそうとも。戦いの決着をつけるのは
だから、来る。
最期の戦いを挑むため──!
ナセルとの決着のために!
「──上等だ」
ナセルも真っ向から受けて立つ決意。
そして、両者が近づくなか、近衛兵団の陣容が明らかになってきた。
それはそれは豪華な装備に身を包んだ歩兵に、これはこれは雑多な装備の補助兵らしき連中。
補助兵の中には女官すらいるではないか。
おっとり返しで兵力をかき集めて、武器を持たせて突撃させている。──そんなところか……。
そんな連中が、重装騎兵のあとを追うように全力で突っ込んできやがった。
雑多な編成。
臨時の軍隊。
慣れない重装備。
なのに…………。
は、速いッ!?
あの重武装で……あのザマで速い!!
ザッザッザッザ!──とブーツの音も甲高く駆ける近衛兵団!
盾と剣。
盾と槍。
盾と戦槌。
盾と斧!!
そして、
棒切れに燭台。
ナイフに包丁。
ノコギリに金槌。
ホウキに洗濯棒?!
それぞれが愛用する武器を手に凄まじい圧力だ。
「な、何をしている! は、早く、吹っ飛ばせッ!」
ナセルはここで初めて砲手に怒鳴りかける。
『撃ってます! 撃ってますが……
何だと!?
キューポラの視察孔から前方をよくよく注視してみれば、キンカン、カン、カァン! と耳障りな反跳音を立てて機銃弾が弾かれている。
バカな!
何だあの盾は!?
何だあの結界は!
国王直属の精兵ならまだしも、ただの歩兵にあんな真似が────?!
そ、そうか……。
「これが国王のスキルの威力か?!」
能力の底上げ。
国王のスキル──『高貴な血筋』のなせる技か!
「やるじゃないか! 国王陛下どの」
まさか本当に銃弾を弾きやがるとは……。
魔法防御の施されたらしい盾と、それ以上に魔術師どもの防御結界の威力が向上しているようだ。
「ちぃ……機関銃がダメなら、戦車砲だ! ────75mm砲弾をブチかましてやれ!」
そうとも、……これが防げるかぁ?
はは! 75mm砲弾の威力ッッ!
いっぺん試してみろぉぉおッ。
『──ち、近すぎます! 榴弾は撃てませんッ。……徹甲弾を装填しますッ!』
さすがにこの距離で爆発すれば擲弾兵中隊に被害が出る。
「わかった! やれッ。2号車。3号車も歩兵隊列に主砲をブチかませッ」
車載無線機にがなり立てるナセル。
『『
クゥィィィィィン……と、Ⅳ号戦車の主砲である75mm砲がゆっくりとその先端を歩兵の隊列に向ける。
視察孔から覗く連中との距離は指呼の距離。
そういえば生き残りの騎兵はどれだけいた!?
まだ、全滅させていないぞ?!
くッ!
いや、…………今はいい!
まずは、正面の敵歩兵!
「
『『『
ズドドォォォォォン!!
超至近距離で主砲発射!
「「ぎゃぁぁああ!!!」」
75mmの徹甲弾が、まるでガラスのように結界を砕き、その後方に護られていた歩兵たちを正面からぶん殴るッ!
「うぎゃああああああああ!!」
「ひ、ひぃぃ!? 火を、火をふいたぞ!」
「足が、俺の足がぁぁ!!」
隊列に3条の穴が開いて、直撃を食らった兵がバラバラに吹っ飛んでいく。
それは凄惨な有り様で、身体の千切れた者やら、上半身を失った兵がフラフラとさまよい歩き、跳ね橋の上を迷走したあげく堀に落ちる。
だが、徹甲弾ゆえ……直撃した兵以外には効果が薄い。
生き残りはあっと言う間に橋を渡り切ると、ワッ!──と放射状に広がり駆け回った。
「ちぃ! 跳ね橋を渡らせてしまったか!」
幾つかの兵の集団は槍や戦槌を手に、雄叫びを上げて戦車に突っ込んできた。
その様子にナセルをして戦慄する。
(な、なんだコイツら!)
──…ふ、普通じゃないぞコイツらは?!
「再装填! そして、直進! まとめて轢き殺せッ! ──2号車、3号車、続けッ」
おびただしい数の兵が死んだというのに、近衛兵らは悪鬼の様な形相で前へ、前へ、────。
全員目が血走ってやがる……。
「車体ごとブチかましてやれ!」
ブチブチブチ!
「(ぎゃぁぁ!)」
「(踏まれた! 助け──ブシュ)」
装甲越しに聞こえる絶叫……。
何か嫌な音が車体の下から響き渡る。
その際に、ガンガンと何かに殴りつけられる音。
何かと見れば、近衛兵どもが戦車に取りついていやがる。
何人かは轢き殺したようだが、数にものを言わせて戦車によじ登る近衛兵ども。
やつらは視察孔やら、発射発煙弾装置、スコップなどの車外装備品などの剥がせそうな所は引っぺがし、さらには隙間や換気孔などの剣が突っ込めそうなところには、ガシャガシャと突っ込んでいやがる。
くっそ! うっとうしい!
キューポラ越しに外を見れば、2号車や3号車にもワラワラと歩兵が取りついている。
「2号車、3号車。互いを撃てッ! 手が空いたらこっちも頼む!」
戦車の装甲は歩兵くらいではどうやっても貫けないが、こうも取りつかれると鬱陶しくてかなわない。
これでは擲弾兵の支援どころではない。
キューポラから顔を出せないと広域の情報がわからないのだ。
「操縦手、蛇行して振り落とせ! 味方を踏むなよ」
『
Ⅳ号戦車の時速は40km/hにもなる。その巨体が動き回るだけで脅威極まりない。
その重さだけでも、南方の国で使われるという『戦象』よりも遥かに重いのだ。
操縦手が、操作レバーを左右ともに前後
──ギャリリリリリ!
激しくキャタピラが回転し、血飛沫が周囲で巻き上がった。
その場で車体をグルグルとまわす超信地旋回を行い近衛兵団の歩兵を振り落としていく。ともすれば轢断しつつ、しぶとい連中も
一方で、キューポラの視察孔から覗き見ると、2号車と3号車は互いに機銃を撃ち合い跳弾や直撃で歩兵を撃ち抜き、振り落としている。
近衛兵団の歩兵どもが持っていた機銃弾を弾いてみせた盾も、そして結界も正面以外では防御効果が著しく減衰するのだろう。
背中や頭部に命中した機銃弾が近衛兵団の歩兵を殺傷していた。
頭に直撃した弾が兵の頭部を潰れたトマトのように弾け飛ばしていく。
だが、それでも結界は厄介だ。
何人かは魔法防御の施されているらしい盾を背中に
カン、カンッ! とそいつの盾や、Ⅳ号戦車の装甲に当たった弾が激しい火花を立てている。
7.92mmではⅣ号戦車の装甲は抜けないが……、一見すると同士討ちをしているようで、見ていて冷や冷やとする場面だ。
だが、グズグズとしていられない。
「──早く排除しろ!」
こっちにも、支援を!──鬱陶しくへばりつく歩兵がいるんだ……!
ナセルの苛立ちが伝わったのか、2号車も3号車も互いに動きを止めると、主砲をピタリと向け合う──。
お、おい?
何をする気だ?
ヌラリと動くⅣ号戦車が二両の砲塔。
クゥィィィイーーン……。ピタ──。
「おいおい……まさか?」
主砲の向いている先は、味方の……僚車しかないぞ────、
──ズドドォォォォン!!
「な!?」
2号車、3号車ともに主砲を発砲ッ!
外すはずのない距離からの射撃だ。刹那の飛翔後、真っ赤に焼けた砲弾がともに突き刺さり──ドガァァン!!!!!! と両車ともに爆発する。
「ば、バカな!? 自爆────」
いや、爆発はした!
したが────。
『あれは榴弾です。榴弾では装甲は抜けませんので、ご安心を』
なんでも無さそうに砲手が言っているが、あんなもん至近距離で喰らったら、たまったもんじゃないぞ?!
だが、効果は絶大。
お互い濛々と爆炎に包まれているも、決定的な損害もなく、爆炎の縁から元気な顔を見せる。
塗装が盛大に焦げ付き、真っ黒になっていたが……。動く!
「ひぃぃぃ!」と腰を抜かしているのは近衛兵団の歩兵たち。
取り付いていた歩兵は全滅し、残りは戦意を喪失していた。ゼロ距離の榴弾射撃はそれほどに強烈で、圧倒的だった。
あとは仕上げだ。
生き残ったそいつらを狙撃するように、2号車も3号車も機銃をバリバリと撃ちまくり、無防備な頭部や背中を撃ち抜いていく。
幾つかは、ナセルの戦車にも命中しキン、カン! と耳障りな反跳音が響く。
その度に、跳ね返って反跳した機銃弾が予想外の弾道を描き、互いにしがみ付いている歩兵を撃ち殺していった。
あたかも、水をかけあう子供のようにも見えるが…………、実際はそんな生易しいものではない。
2号車も3号車も取りついていた歩兵を撃ちまくったおかげで、凄い見た目だ。
なんというか、その……。真っ赤な血と焦げた臓物に染まり実にグロテスクな外観。
匂いも凄そうだ……。
だが、副次的効果として威圧感が増大。
そのうえ、真っ黒な煤と、半生の臓物がへばりついてドロドロになっているせいか、歩兵がしがみ付けなくなっていた。
今も戦意を失っていない数名が勢いよく飛び乗ろうとしたようだが、腸だか何だかを踏んずけてズルリと滑って地面に落下。
そのまま無残にもキャタピラに轢断されていき、新たな塗料を提供している。
あらかた歩兵の排除が終わったところで、ようやく2号車と3号車が砲を指向してきた。
って、おいぃぃ!?
「──ッ!? そ、総員、衝撃に備えろ!」
2号車と3号車の砲身がピタリとナセルの1号車に向いて────ズドドォォォオン!! と榴弾の一斉射!
ズガァァァァアアン!!!!!
「────────ッッッ」
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