第31話「王都戒厳令」

 ※ 王城にて ※



「おおおお! 何だあれは!?」


 執務室から外を見ていた王は驚愕に目を剥く。


 龍使いのバンメルを迎撃に向かわせたので、一見落着かと思えば────崩落した教会本部の方角で突如として、召喚されたドラゴンが次々に撃ち落とされていく様が見て取れた。


「な、何が起きておる!? バンメルは、バンメルは無事か!? ──おいだれか!」


 ガチャ、


「王!? 何事ですか!」


 いつもの連絡官が一礼して入室してくる。

 国王はそいつの胸倉をつかむと、窓まで引き摺って行き──。


「ああああ、あれはなんじゃ! 説明せい!!」

 示す先の空。


 そこでは、空を覆いつくさんばかりにいた多数のドラゴンがバタバタと撃墜され消えていく様。


「あ、あれはバンメル様の戦闘のようですが……──そんなバカな!?」


 連絡官も目を向いて驚く。

 勇者を除けば、バンメルは一騎当千の最強召喚士だ。


 魔王軍の戦いでは、数々の功績と悪名を持っている。


「き、きききき、きっさま~! バンメルを探してこい! ……いや、まて! あれは、多分ナセルとかいう異端者との戦闘だろう。ぐぬぬぬ……奴はきっとここへ来るぞ!」


 冒険者ギルド、教会本部ときて、バンメルの迎撃を叩き潰したナセル・バージニア。

 奴の怒りの経緯を考えれば──その狙いは明らか。

 次の行動を先読みしなくともわかる。


 この撃破された連中の頭からすれば、次はどう考えても国王だろう。


 一時忘れていたとはいえ、あれだけのことをしてボロボロにした人間だ。

 思い出せば、もう忘れない。


 無実の罪、屈辱、嘲笑、絶望、────あれだけの事をされて黙っている人間などそういない。

 だが、大抵の人間は権力に敵わず最終的に諦めるか、時間の経過とともに怒りの感情が薄れていくのだ。

 

 しかし、ナセルには時間もあったし、なにより力があった。一度は失われたはずの力────権力に対抗する『力』をどうにかして手に入れたのだろう。


 国王の軍をして、実際に戦うことになれば大損害を受けると思われる、最強の召喚士で魔法兵団元帥たるバンメルとの戦闘。

 それをナセル・バージニアは制している──……。


 いや、今窓の先の空では最後のドラゴンが撃墜された。


 つまり、バンメルは負けたのだ。


「お、落ち着いてください! バンメル様もまだご無事かもしれませんし、なによりアレは……異端者ナセルの仕業なのでしょうか?」

「馬ッ鹿も~~ん! 目撃証言も行動方針も、そして動機があるのも、あの男くらいだろうがッ!」


 ガキン! と思いっきり連絡官の頭をぶん殴りつつ溜飲を下げる。


 ちったぁ考えろ!! ぼけぇ!

 冒険者ギルドと教会本部は壊滅してるんだぞ!?


 ……そうとも。

 少し考えればわかるだろうが。


 教会や冒険者ギルドを単体で憎むものはいるかもしれない。

 どっちも大きな組織だ。恨みや妬みはどこかで絶対に買っている。

 それは間違いないだろうが、その両方の組織を憎む人間がそれほどいるだろうか?


 いや、そうそういない!


 仮にいたとして、街中での目撃証言に合致しているのは────現状、ナセル・バージニアだけ。

 そして彼なら動機が十分にすぎる。


 問題は手段がわからないだけ。

 冒険者ギルドを壊滅させ、教会本部を崩落させ、ドラゴンの群れを蹴散らして見せるその力──!


「──そ、その。こんなことができるのは、自分は勇者か魔王くらいしか思いつきません」


 む?


「そして、戦線は膠着している以上、魔王が突破してきて暴れているとは考えにくいでしょう。いくらなんでも王都に魔王が潜入するとは考えにくく……。そうなると物理的にバンメル様を圧倒できるのは──」


「──勇者だけか……」


 ボケの連絡官にしては適確だ。


 そうだ、……たしかに勇者は手段はもっている。

 その一騎当千の技と剣があれば、彼ならば確かにバンメルのドラゴンをも相手にできるだろう。


 だが、手段だけ。


 動機も行動方針も勇者のものとは思えない。

 ましては目撃証言とはまったくもって一致しない。


 しかし、


「なるほど……よし。勇者の可能性も考慮して、奴をここに呼べ!」

「は?? ……はッ。すぐに呼んでまいります!」


 これ幸いとばかりに、連絡官は一礼して去っていく。


(ボケが! 使えねぇ連中だ)


 その後ろ姿を見送りながら、

「さすがに勇者の仕業と言うことはないが、理由をかこつけて・・・・・ここにいさせれば護衛くらいにはなる」


 せめて王城の敷地内にいてもらえば、いざという時は勇者が矢面に立つだろう。


 仮にバンメルを圧倒していたのが勇者なら、そのまま拘束してしまえばいい。

 かなりの損害を出すかもしれないが、最初は甘言で騙し、女を宛がって油断を誘えばなんとかなるだろう。


 国王は楽観的に考えつつも、せわしなく執務室をうろついている。

 何かが自分を狙っているというのは実に不安なのだ。


「くそッ……勇者コージを召喚していらいロクなことがない! ……奴は本当に役に立つのか?」


 執務室で確認していた予算の収支表に軍の損害……。

 国王は常に頭を悩ませていた────。


 勇者の装備──。

 それは、他国から有償で借りている伝説の装備の数々。


 そして、普段の派手な生活。

 ……クソビッチとの贅沢三昧の日々とその支払い。

 さらには、悪事の隠蔽工作と口止め料。


 あわせて、勇者の無茶苦茶な振る舞いに軍からも浮上する不満の声。


 勇者一人に賭ける金と労力は王国の限界を超えていた。

 その影響で、国庫が空になりそうな勢いだったので、やむなく公務員たる兵士や文官の給料を下げてみた。

 見たが、途端に吹き出す不平不満。

 ……それでも追いつかないので、リストラにつぐリストラ。

 さらに高まる不平不満。


 前線に送る物資の量も質も落ちていき、逆に後送された兵士や兵器の補充もままならない。

 魔王軍の攻撃を受け止め続けている要塞の補修すら金がなくて滞っている有り様だ。


 今は、現場がなんとか騙し騙しやっているが、いつまで持つものか……。


 幸い、教会本部が壊滅し、神殿騎士団が解散したとなれば兵士の目途はつく。

 さらには、何かと都合をつけて教会の財産を没収すればいいだろう。


 問題は冒険者ギルドが壊滅したという噂。


 支部はまだ残っているようだが、統括するギルドマスターはどうなったのだろうか?

 冒険者ギルドはいざという時の予備兵力だ。

 最悪、王都を空っぽにしても、冒険者ギルドの予備役を動員すれば王都の警備もひいては国内の兵力すら任せることができる。


「ぐぐぐぐぐ……ナセルだか何だか知らんが、余計なことを!」


 オマケに王の命すら狙っているという。

 たかだか、女一人盗られたくらいで面倒な奴だと思った。


 なにか対策を立てなければな……。

 勇者も、どこまであてにしていいやら。


 自らの発意で勇者を召喚した手前──今更役立たずでした~、と言って送り返すわけにもいかない。

 勇者を育成するために使ったリソースは既に取り返しのつかないところまで来ている。


 ここで、損切りをすれば国が傾く……。なんとしてでも勇者には魔王を討ってもらわなければならない!


「くそったれの勇者めぇぇぇ!!」


 バシィン!! 執務机に積まれた書類を手で薙ぎ払う国王。

 その顔はやつれ、不健康そのものだが、目だけはギラギラと────。


 その時だ。荒い息を肩を揺らす国王のもとへ、



 バタァァァン!!



 勢いよく扉を開けるものがいた。


「な!? ぶ、無礼者!!」

 ノックもせずに侵入した者は王の剣幕に驚く。彼は王の良く見知っている護衛の一人、近衛兵団長だ。

 一瞬王の様子に躊躇したようにも見えたが、すぐに職業意識から顔を引き締めると一気に報告した。


「正体不明の敵が集結中!! 教会本部の方向から凄まじい勢いで突っ込んできます!」


 なんだと!?


「正体不明とはなんだ!? バンメルの『ドラゴン』のことではないのだな?」

「は! いえ、違います! 鉄の馬車が何台も! それに黒い服の兵士に────空には怪鳥ガルダが!!」


 はぁ!?


「そ、それは魔王軍ではないのか!?」

「違います! 人間です! 人間が鉄の馬車を操っております────」

「ばかな!!」


 そ、そんなことができるのは────帝国に違いない!

 そうでなければ、魔王軍が人間に扮しているかだ。


「さっさと迎撃しろ!」


 いや、帝国だろうが魔王軍だろうが、今重要なのはそこではない。

 

「既に王都内の警備部隊は反撃しておりますが、先の冒険者ギルド襲撃と教会本部攻撃の際に、分散し──各個の判断で攻撃しております」

「ば、ばかもの!! それでは、各個撃破されるではないか!」


 戦力の逐次投入──軍事に置いてもっとも忌むべき運用だ。


 敵が100人、我が軍が500人いれば、100対500で勝てるだろう。

 だが、敵が100人、我が軍が500人で、それを100分割して、100対5を100回戦えばどうなるか?


 100人の敵に5人で100回挑んでも100回負けるだけだろう。


 今、王都警備隊がやっているのはそれだ。


「も、申し訳ありません。伝令が伝わる前に次々に突破されているのです──やつらの動きはまるで『稲妻』のようです」


 近衛兵団長の言う事は適確だ。言い分も分かる。分かるけども──!


「だったら、貴様らで迎撃しろ! 集結は済んでいるな!?」

「もちろんです──しかし、戦時編成に移行するためには充足率は30%切っております」


 は……?


「さ、3割だと? ふざけているのか! 今まで何をやっていた!!」


 近衛兵も人間だ。

 寝るし、飯も食うし、人間として妻も娶る。


 その生活があるのだから、24時間常に王城にいるわけではない。


 彼らも街で分宿し、出勤時間になれば登城するのだ。

 そして、警備などの兵は前任者と交代する。概ねこんな感じローテーションを回しているわけだが──緊急事態は全員が登城して事態に対処することとなっている。


「これでも十分に通常の反乱程度なら対処は可能です。……ですが、昨今の給料の賃下げとリストラで我が兵団の士気も練度も落ちております」

「ぐぬ……。そ、それは仕方ないと何度も説明しておるじゃろう!」

「私は心得ておりますが、兵の中には内心──不満を持っている者も多くおります」


 ここにきて、手痛いボディブローだ。

 だが、今更どうしようもない。


「わかった! 集まったその兵だけで王城を固めろ! それと、さっさと跳ね橋は上げろ! もう誰もいれるな────ただし、堀の外でも、街中に分散している兵と非番の兵も順次動員するんだ。いいなッ?」

「はッ」


 敬礼し去っていく近衛兵を見て国王は肩をいからせる。






「どいつもこいつも────くそがぁぁぁぁ!!」





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