第30話「減らず口を叩くなッ」

 …………あれは、メッサーシュミットBf-109Gドイツ製戦闘機──。


 ─────俺のドラゴンだ!!!


 ジャキリ、と金属の武器を構えたナセルはそう言い切った。


「メッサー……?? ……──は、」

「アンタに個人的な怒りはないが──」


「──ははははははははははは! ドラゴン召喚士ではなくなったと聞いていたが、ははははは!」


 大声で笑うバンメルは実に気持ちよさそうだ。


「いやはや……長生きはしてみるもんじゃなー……あれは、あの力は、きっと魔王にも届き得るじゃろう」

「──魔王には興味がない。俺の狙いはクソ王と、クソ勇者────そして、俺の愛しい、愛しいクソ嫁アリシアだッ!」


 その言葉にポカンとするバンメル。


「そ、それだけの力を手にしたというのに────復讐するのが目的なのか?」

「そうだ……そのために『ドラゴン』は去り────────『ドイツ軍』が来た! ……見ろよ。彼らは…………俺の復讐心から生まれた」


 ガバリと胸を開いて見せる。

 『ド&%$』の文字をみたバンメルは顔を歪める。


「?! なるほど、……むごいことをするのー」


 軽く頭を振りつつ、もう戦う意思はないとばかりにバンメルは体を投げ出した。


「ほれ、どうした? ──殺すがええナセル。お前の勝ちじゃよ。……お前さん、国も憎んでるんじゃろうが?」


「ああ……こんな国滅びちまえばいい」


「ならばやれ。その覚悟をみせいッ! 国を滅ぼして……──帝国とも戦い、そして魔王も滅ぼすがいい! ……いや、それとも──」


 ニヤリと笑ったバンメルは、


「魔王に尻尾でも振るか?」

「──うるせぇぇぇぇ!!」


 パパパッパパパパパパパパパッパン!

 

 発砲音とあいまって、チン、チャリン、キィン♪ と、薬莢が転がり澄んだ音をたてる。


「────ひょ~……凄い武器じゃの。……いや、ちびったちびった」


 カッカッカ──と、本当にちびった状態でバンメルはのたまう。


「国は憎い、勇者も憎い。……裏切った嫁が一番憎い──……だが、魔王に与する気も、積極的に悪党になるつもりもない、と?」


「………………そうだ」


 絞り出すようなナセルの声。


「なんとも、中途半端な気もするが────ま、ええわい」


 ほれッ、──そういってバンメルは首から下げていた魔法具らしきものを投げ寄越す。


「……これは?」


「『魔力の泉』という──国宝級の魔道具じゃよ。身に着けるだけで魔力の器が広がり──かつ、常時回復させてくれる優れモノじゃ」


 な!?


「かかか──驚いたじゃろう? そいつのお陰で龍使いドラゴンマスターなんて呼ばれておったのだよ。伝説の大賢者アッカーマンが使っていたと言う、代々伝わる家宝じゃ」


「……どうしてそれを俺に?」


「勝ったものが総取り。この世はそういうルールじゃ。儂を殺して懐から奪うも、ワシから手渡すのも結末は同じじゃろうが。──ならば、儂は格好いいと思った方を選んだまでよ」


 フヘヘと、笑うバンメル。

 なるほど、バンメルを悪役として見た場合なら、確かに格好いいかもしれない。


「……ありがたく貰っとくよ」

「国を憎むも、勇者を憎むも、……嫁を憎むも──気持ちは分かる。じゃが、諸悪の根源はなんだ?」


「魔王だって言いたいのか?」


 ナセルはうんざりとした顔でバンメルに向き合う。


「そうじゃ、それ以外にあるか? 魔王が居らねば勇者なんぞ召喚せんでよかったし、国も教会もここまで弱者に冷たくはせんかったじゃろう?」


 異端者を甚振るのも、魔王軍に帰順させないための恐怖政治だとは理解している。

 それを国全体で行うのも対魔王政策の一環だろう。


 勇者の優遇もそうだ。


 ──なるほど。


「どの道、俺に敵対する気なら、アンタでも魔王でも聖人君子でも、……一切の容赦する気はない。そのときは──全力で叩き潰してやる」


「ほっ。……ならいずれ、魔王と相対するじゃろうて」


「どうかな? 今の俺は別に魔王に悪意はない。──好意もないけどな」


 確かに、魔王が諸悪の根源と言う気持ちはわかる。

 道理もあるのだろう。


 だから、積極的に味方をする気は微塵もない。

 ないが…………。


「ならええわい。儂では魔王に勝てんしのー……。ほれサッサと殺して、次に勇者をぶっ殺してこんかい」

「順番がある。が。いずれそのつもりだ。──……じゃあな、」


 くるりと背を向けたナセルを見て、バンメルはホッと一息をつく。

 上手くいったというほどでもないが、話をすることで殺す気を削ぐことに成功した。


 元々、ナセルと然程面識があるわけでもない。

 確かに左遷されていた頃に同じドラゴン召喚士のよしみで顔くらいは知っていたし、何度か声をかけたことはあったが、まぁそれだけの関係だ。

 

 ゆえに。憎しみあって殺すわけではないのだ。

 ただの仕事。

 バンメルが負ければそれで終わりだ。

 そして、あっさり負けた。


 ──ならば、命令でもなければ殺し合う必要などない。

 な、そうだろ?


 背をむけたナセルを見て、ほくそ笑むバンメル。


 ……だが、それにしてもうまくいった。

 まさか殺そうとした相手を、こうもあっさり見逃すなんて、


 くくくくく。

 とんだ甘ちゃんだ──。



「──っていうと思ったか、このボケェェ!!」



 グルん! と物凄い勢いで振り返ったナセルが、手に持っている金属の塊短機関銃をバンメルに思いっきり振りかぶる──。



 ひょ!?

「ぬおおおおお! やめろぉ! 儂は年寄じゃぞーーーーーーー」


 …………。


「それがどうしたーーーーーーーー!!」


 思いっきり振りかぶられたそれは、

「俺も30越えじゃぁぁぁああ!!」


 金属の塊短機関銃をぉぉおお──!

 バッキィィィィン! と思いっきり鼻っ面に叩きつける!!!


「はびゃあああああ!」

「年なんざ関係あるかぁぁぁあ────!!!」


 敵に容赦なんざしねぇッつの!


 あ、そーれ! もう一発ッ。


「あば、あば、あばぁぁぁああ──やめっ」

 ──知らん!!!!!!!


 そのぉぉおお! 減らず口を二度とぉぉおお!


 ガッキィィィィン!! と地面に接触して火花が立つくらい思いっきり顔面をぶっ叩く。


 ぺきゃぁあッ!

「────ッッ。かーーーーーー!!??」



 グルゥン……と白目をむいてバンメルは意識を失ったようだ。


「老い先短いんだ……コンくらいで勘弁しておいてやる。……これで口が臭くなっても、磨く歯はねぇから安心しな」


 ポイッと歯がへばりついた武器を放り捨てると、ナセルは今度こそ振り返らず歩き去っていった。





 あとにはブクブクと泡を吹いてビクビク痙攣する哀れな翁が残されるのみ……。





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