第12話「冒険者ギルド」



 その日の冒険者ギルドはいつも通りの様相だった。

 冒険者の数は多くもなく、少なくもない。


 朝から続く冒険者達による依頼受注の激務の時間も収まり、小康状態。


「ふわぁぁぁ……」


 夜勤明けで帰るつもりだった受付嬢は今朝がた起きたちょっとした騒動・・・・・・・・のせいで帰るタイミングを失ってしまっていた。

 そのため、朝の繁忙時間に捕らわれてしまいヘルプ要員として窓口業務を押し付けられてしまったのだ。


 まだ勤務歴の浅い彼女は、忙しそうに働く先輩らに仕事を押し付けて帰るということができなかったらしい。


「ねむ……」


 ショボショボと目をこすりつつ、今朝の騒動を思い出す。


 ナセル・バージニア。

 退役軍人にして貴重な『ドラゴン召喚士』の凄腕冒険者だ。

 本人はあまり自覚がないようだったが、退役後に実力一本で──実質ギルドの最高ランクであるA級冒険者にまで上り詰めている。それも極めて短期間に、だ。


 人当たりも良く、顔も悪くない。


 誠実で冒険者にしては温和。さらに実力を鼻にかける事もないので人に好かれる性格。そのため、彼を信頼している者は多かった。


 そう、

 ──多かった。


 ナセルが初めて冒険者ギルドに登録した当時から、顔良し、性格よし、甲斐性よしとして──ギルド内部では男性人気ナンバーワンの有望株として女性の中では非常に人気があった。


 全く無自覚のナセルは気付いていなかったようだが、それはもう猛アタックされまくっていたものだ。


 もっとも、それはナセルの持つ実力等を目当てにしたようなミーハーな女ばかりで、大抵は相手にされていなかったのだが……一人猛然とアタックするものがいた。

 

 それがアリシア・バード。


 ……最近まではアリシア・バージニアだったが、故あって元の家名に戻っている。


 若さと美貌。それと体を武器に攻めに攻めるアリシア。

 色々画策して、ついには嫁の座を手にした小娘。それがアリシアの周囲の評価だ。

 あれでいて身持ちは固く、ナセルが初めての男だというが、本当かどうか……。

 

 ともかく、アリシアは有望株のナセルと結婚するにいたり、もうそれはそれは有頂天になっていた。


 いたのだが……、ある日──ナセルを越える逸材が現れた。


 それが『勇者コージ』……。

 異世界から来た最強の戦士だ。


 彼がこのギルドに国王の紹介で顔を出して以来、ギルドは変わった。


 実力者で権力者──そして最強の男。

 この国では神話に近い人物だ。

 

 しかも、若々しく素晴らしい美貌と体躯を誇る、まさに神に愛された男だった。


 冒険者の中でも、とりわけ女性陣は色めきたった。もちろん男も。

 そりゃあ、もう──凄いものだった。


 なんせ、美貌、金、地位、名誉が服を着て歩いているようなもの。誰も彼もが取り入るためにあの手この手を使った。


 それはコイツ……朝からずっとソワソワしているギルドマスターもそうだ。


 ご機嫌取りのため、人当たりが良く実力のあるナセルを世話役に付けたり、彼の家に下宿させたりと何かと世話を焼いていた。


 そして、そこにアリシアが『勇者コージ』に乗り移らんと画策しているのを知ったギルドマスターはソレをいさめることなく、むしろ奨励した。


 なにせアリシアは美人で若い。


 コージもナセルの家に下宿するようになってから、やたらとアリシアを気にしていることは傍から見てよくわかった。


 気付いていないのはナセルただ一人。

 哀れで、かわいそうな優しい男性。


 彼を犠牲にしてでも、人妻を上手く譲り渡すのだ。

 むしろ……人妻という障害がコージとアリシアを燃えさせているのだろう。

 愛と錯覚するほどの障害。

 それが『ドラゴン召喚士』ナセル・バージニアだ。


 それを除去しつつ、アリシアと結ばせることができれば、ギルドマスターの勇者の覚えもめでたくなるというもの。


 それは、アリシアとの利害とも一致している。

 

 ──それら思惑が合致した時、呆気なくナセルの排除は決まった。

 そう、彼の全く知らないところで……。


(最低の話ね……)


 受付嬢はギルドマスターの落ち着かない様子を蔑んだ目で見ている。

 大方おおかた送り出したゴロツキに何か指示を出していたのだろう。

 そのくらい誰でもわかる。鈍ちんのナセル以外は……。


 そう、ナセル以外は大抵知っているのだ。


 ギルドマスターやアリシアの仕出かしたことは公然の秘密。ギルド内でのあのやり取りも、ナセルをはめる算段も知っている者は大抵の人が知るところではあった。

 だが、『勇者と聖女は正義長いものには巻かれろ』のことわざがあるように、もはや誰も口に出さない。


 もちろん思うところはあるのだろうが、それ以上に異端者認定されたナセルを庇ったり証言することは巻き添えになりかねないのだ。


 ──受付嬢とて同じ。

 彼に対する好意はあったものの、表立って助けることもできない。

 せいぜいコッソリ差し入れをあげるくらいなもので、それすらはばかられる雰囲気があった。


(ふぅ……。嫌な話──)


 あの日、勇者とアリシアの不貞宣言を聞いていたし、コージの奴がナセルにわざと殴る様に仕向けたのを知っている。


 そして、ギルドマスターの差し金も含めて、ナセルが無実のまま異端者扱いを受けたことも──皆が知っている。


 ただ、言わないだけだ。


 もはや死んだも同然の男のことを誰一人口にしない。誰もナセル以外は得をしないから……。


 ナセルは凄腕の冒険者だが、いなくなったところで特に誰も困らないということもある。

 むしろ今なら喜ぶ人間の方が多いという。


 退役軍人からなるため、予備兵力の蓄積は減るとはいえ、たったの一人だ。

 しかも、……もう彼はドラゴンを呼び出せない。

 つまり二流以下の冒険者だ。


 だからって……。


「はぁ……辞めよっかな。この仕事──」


 受付嬢がボソリと漏らし、それを目ざとく聞いていたギルドマスターがジロリを受付嬢を睨む。


「余計なことを考えるな! さっさと、しご、と──?」

「やってます! 私は超過勤務ブラックおしごとしてる、んです、よ──?」


 語尾の怪しくなる二人。

 それもそうだろう。


 彼らの視線の先、開きっぱなしのギルドの扉から何かが見えた。


 ──そう、何か。


 フィールドグレーの……大きな馬車の様な?

 そいつは──ギュラギュラ!! と妙な音を立てて爆進してくるらしい。


 街の人々も呆気に取られて見送る者、

 慌てて隠れる者、

 槍をかまえて遠巻きに眺める者──、


 それはもう、人それぞれ様々な反応だった。


 もちろん衛兵もいるにはいるが、対処に困っているらしい。

 敵にしては攻撃もしてこないし、──かといって街中で騒音を立てて走られては困るという事。


 だが、くだんのそれは全く気にした風もない。



 ギュラギュラギュラギュラギュラギュラ──。



 馬車のたてる振動、

 それにともない、パラパラと天井から埃が落ちてくる。

 それはつまり、あの馬車がたてる振動がかなりのものであると理解できるのだが……。


 ただの馬車一台で──?


「な、なんですかあれ?」

「お、俺が知るか!」


 唖然とする受付嬢とギルドマスター。


「な、なな、なんかこっちに来てません?」

「だから、俺が知るか……ってあれは!?」


 受付嬢の問いに対して、興奮しつつも冷ややかに返していたギルドマスターだが、途中でなにかに気付いたのか顔面蒼白になる。


「ど、どうしたんですマスター!? 顔が真っ青────あ、あれ? あの変な馬車の先端に、その……だ、誰か乗ってません?」


 受付嬢がジィ──と目を凝らすと、徐々に近づきつつあるソレに人影がある。


 鉄製らしき馬車の先端には────、


「あ! アイツ、確か……今日の朝送り出した、例のフリークエストを受注したゴロツキじゃ……?」


「…………おいおい、まさか」


 受付嬢の言葉を軽~く無視したように、聞き流しているギルドマスターだが、なぜかダラダラと汗を流している。冷や汗のような、脂汗のような……。


 そして、



 ギュラギュラギュラギュラギュラギュラ──ギキィィィィ……。



 そいつは冒険者ギルドの前で止まった。


 そして、

 ガコンと重々しい金属音がしたかと思うと、


「よぉ────クエスト完了したぜ」


 そう言ってナセルが鉄の馬車から顔を出し、

 ポイっ──と投げ寄越したのは、血の滲んだズダ袋。


 様子を見るために外に出たギルドマスターと受付嬢、そして野次馬の冒険者の面々。


「な、ナセル……か? な、なんだそれは?」

「うるせぇ、とっと換金しな──────ゴブリンの耳と、」


 たまたま、ズタ袋が近くに落ちてきたため、受付嬢が恐る恐る袋を開けると……。


「ひぃぃぃ!」


 叫び声をあげて袋を取り落としてしまった。

 そこから転がり出たのは、ゴブリンの討伐証明の耳と……明らかに人間の────。


「──それと、殺人未遂犯の討伐証明だ。……こいつは証人さ」


 スパンと頭をはたかれているのは、猿轡さるぐつわをかまされ、鋼鉄の馬車の上に括りつけられているゴロツキ。

 反撃がないのをいいことに、ペチペチと繰り返しその頭を叩くナセル。

 ええ? あの人当たりのいいナセルが?


 その様子に受付嬢を含めてナセルを知る人々は目を剥いて驚くが……。ナセルは一向に気にした風もない。

 まるで、チンピラのようにゴロツキを小突いている。


 その様子をみても、誰もゴロツキごときに同情はしないが……、

 なぜか、顔面蒼白のギルドマスター。


 一瞬、皆がギルドマスターの様子に怪訝な顔をするが、いち早く気付いた彼は素早く切り返した。


 ふてぶてしくも、すぐに顔色を戻すと、

「ナセル・バージニア! 貴様ぁぁ……、墜ちるとこまで落ちたな! 人を殺したのか!?」

「あ゛? 正当防衛だっつの……。コイツらはお前の手下だろ?」


 スルリ、猿轡を外されたゴロツキは、


「ふざけるな! そ、そんな奴は知らな──」

「だ、旦那ぁぁ! た、助けてくださいよ! こんな仕事割に合いませんよ!! 一人頭銀貨一枚で命まで取られたんじゃかなわねぇ! 旦那! 旦那ぁぁぁ!」


 否定しようとしたギルドマスターに、必死で命乞いをするゴロツキ。


「う、うるさい! 貴様なんぞ知らん! おい、お前ら──アイツを殺せ! 緊急クエストだ!」


 ギルドマスターは認めるどころか、ナセルの首を獲れと言う。

 ゴロツキの話から、なんとなく事情を察せられていたものの、冒険者は所詮金で動く生き物だ。

 

 滅茶苦茶怪しいとは思いつつも、『ギルドマスター』と『異端者』では喋る言葉の重みも、価値も違う。


 どっちに着いた方がいいのか、考えるまでもなく明白だった。


 それに、なんと言っても男の冒険者のうち結構な数の者が、実力があり女性に人気のあったナセルに嫉妬していた。


 若くて美しいアリシアをめとったという事実もまた彼らには面白くなかったらしく、

 そのナセルが、妻を勇者によって寝取られ、あげく異端者に落とされたのを見ているのは実に気分が良かったと考えるものもいた。


 実際に積極的にギルドマスターに協力し、ナセルに不利な証言をしたこともあるし、異端者となったナセルに市民と一緒になって石や汚物を投げたものだ。


 さらには、直接的に暴力に出たものもいるし、彼の家族に起こったことを楽しそうに話しては酒の肴にするロクデナシどもも多くいた。


 乗り気な様子の冒険者の様子を確認すると、ギルドマスターは口の端を歪めて笑う。


 そして、畳み掛けた、

「緊急クエストを受けたものは特別承認の査定してやる! さらに報酬も奮発しよう。参加するだけで金貨1枚! そして、首を獲った者には金貨10枚くれてやる!!」


 うおおおおおおお!!??


 ザワザワ、ざわざわ!!


「ま、マジか?」

「異端者の首を一個で!?」

「やるぜ!」

「俺も」

「「「俺も俺も俺も!」」」


 単純な冒険者はこの場にいた物のほとんどが抜刀して、ナセルにその切っ先を向けた。


「おーおーおー……やろうってのか? 冒険者って奴はどうしてこう短絡的なのかね──」


 以前のナセルでは考えもつかないような冷たい目線で集まる冒険者どもを睥睨すると、


「マスターよぉ……そう言うのは職権乱用っていうんだぜ? フリークエストとはいえ、ギルドが正当な依頼達成を拒否。そして、刺客を送り込んでの殺人未遂。……あげく殺人の教唆か?」


「うるさいッ! 今さらグダグダぬかすな、異端者がぁぁ! 女を寝取られて、無一文になった貴様に味方なんぞいるか!」


 それだけ言い切るとマスターを仁王立ちでふんぞり返る。

 その顔はナセルの死を信じて疑わない。


 周囲には下卑た顔の冒険者どもがウジャウジャと、──まぁーいるわいるわ。

 不義理を嫌って逃げたものもいるようだが、少なくとも味方は一人もいなかった。


 受付嬢などの事情を知っている者は、周囲の溢れる理不尽な暴力に満ち溢れた空気に怯えて、そそくさとギルドの中に隠れてしまった。


「へへへ! そこから降りて来いよナセル」

「前々から気に食わなかったんだ、オッサンのくせにイイ女に囲まれやがってよ~」

「けけけ。姪っ子だか、義妹だかいたよな? 俺ぁ、前線にでたらあの子を見つけて散々なぶってやるつもりだぜぇ」

「うひゃははは! 金貨10枚の首だ! 悪く思うなよ」


 剣の腹をペシペシと叩きながら冒険者どもが群がり始める。

 その様子を見て顔を青くしているのはただ一人。この場で縛り付けられているゴロツキただ一人。


「お、おい! みんなやめろ! 死ぬぞ! ……ナセルの旦那ぁぁ──後生ですから俺を解放してくだせぇ」


 まるでこれから何が起こるのか知っているかのように、ゴロツキは涙ちょちょ切れ、ぐすんぐすんと命乞いを始める。


「……諦めろ。俺を殺すつもりでゴブリンの森まで連れて行ったんだ。その時点でお前の命は俺のモノだ」


 そう言い放つと、ナセルは1号戦車・・・・砲塔・・に潜り込んでしまった。


 あとにはガコン! と重々しいハッチを閉じる音がするのみ。


 そして、砲塔の2連装のMG13重機関銃の前に縛り付けられているゴロツキは叫ぶしかなかった!!



「ひぃぃぃ!! や、やめてくれぇぇぇぇ!!!」



 それを完全に聞き流したナセルは、砲塔内の銃座に取りつく。

 ナセルはここに来るまでに、召喚した『Ⅰ号戦車』の使い方を、今彼の膝前あたりの位置で操縦桿を握っている戦車兵に聞いて熟知していた。

 

 そう、ナセルはここに来るまでに、

 召喚した彼らに繰り返し話をし、見て、聞いて、『ドイツ軍』の武器の扱いを徐々に熟知していった。


 何より、召喚獣とナセルは魔力で繋がっている。

 ある意味一心同体なのだ。理解は当然ながら早い。


 そして今──。

 召喚した『Ⅰ号戦車』──操縦手付き。

 任意で砲手も召喚できるが、今はナセルがその位置にいた。



 これは、ドイツ軍の戦車。

 2人乗り小型軽戦車『Ⅰ号戦車B型』──。


 装備火器はMG13、7.92mm重機関銃を2丁。


 速度、最大37km/h


 装甲、最大13mm







 ……この場所において最強の兵器だった。






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