第33話 窮鼠猫を噛む

「やあ、そこのウザい三人以外……ああ、カンザブロー教授も居たんだ。まあ、それ以外の人は初めまして。何度かすれ違ったんだけどね」


 ドラクルはヘリポートに降り立った。ジュピトルが3Jに問うような視線を向ける。それを受けて3Jは言った。抑揚のない感情のこもらぬ声で。


「人の姿をした化け物だ」


「君にだけは言われたくないな」


 ドラクルは苦笑する。3Jはこう返す。


「俺は人は食わない」


「ボクだって肉は食わないさ」


 そう言ってドラクルはケレケレを見つめた。


「探せって言われて困ってたんだけどね。簡単に見つかって良かった」


「ほう、我がおまえの尋ね人か」


「だと思うよ。君みたいなのが何人も居るんなら別だけど」


「確かに、この惑星の表面には、我以外に居ないだろう。しかし何故ここに居ると思った」


「ウロウロするより網を張った方が早いんじゃないかと思ったんでね。だったら確率は二分の一、ここかデルファイだ。状況をひっくり返すのに、行くべき場所は他にない。でもデルファイはイロイロと面倒臭いから。まあ、こっちを選んで正解だったよ」


「なるほど、利口なものだ」


 それは素直に感心しているように見えた。ドラクルは問いかけた。


「質問してもいいんだっけ」


「うむ、構わんぞ」


 ケレケレは笑顔で言った。ドラクルは一呼吸置いてたずねる。


「君は不死についてどう思う」


 それはいったい『誰の不死』についての質問だったのだろう。ケレケレは表情を変える事なく答えた。


「ケルケルルガの前に不死など存在しない。イ=ルグ=ルしかり、おまえしかりだ」


「君は死なないの」


「我とて、もちろん死ぬ。永遠不滅など、この世にはない」


「そう、それは良かった」


 ドラクルは笑顔で左手を振るった。


「ストップ」


 ケレケレの首から上が凍り付く。ジンライとズマが飛び出した。だがドラクルの右手が速い。


「ゴー!」


 ケレケレの胸の位置から氷の針が飛び出した。そこから胴が分断される。


 襲い来るジンライの超振動カッター。ドラクルの胸から黄金の光が漏れると、シールドが発生、それを食い止めた。そのシールドの上からズマが殴りつける。ドラクルは吹き飛びながら上空高くにテレポートした。


 しかし上空に現れたドラクルを待っていたのは、口。巨大な口が開けられていた。とっさにシールドを張る。


 ばくっ。


 音を上げて閉じられる口。えぐられるシールド。消え失せるドラクルの左腕。


「くっ!」


 ドラクルは姿を消した。ケレケレは、いや正確にはケレケレの胸から上の半身は、それ以上追わなかった。


 音もなく降下する半身は、やがてヘリポートにポツンと立つ、胸から下の部分に重なる。破断した箇所が接合した。ケレケレは唖然としているジュピトルたちを面白そうに振り返るとこう言う。


「アレはイ=ルグ=ルの一部を持っているな」


 3Jが答えた。


「イ=ルグ=ルの思念結晶を身につけている」


「道理でイヤな味がする訳だ」


 ケレケレはニッと笑った。



 芋とニンジンの皮むきには単純労働の苦痛を教わったものの、まだマシな方だった。肉の塊を切り分けるのは、もはや格闘。それもヤギ肉はともかく、デザートワームの肉は簡単には切れない。ましてや、これまで包丁など握った経験のないプロミスとハーキイである。シチューの下準備をするだけで、全身あぶらまみれになっていた。


 シャワーで脂を洗い流したら、ドラム缶のような鍋をコンロにかけながら、店内の掃除。業者の納品をチェックし、備品の量を確認する。その他細々こまごまとした仕事を繰り返し繰り返し。銃や爆弾ばかり扱う事に慣れていた脳みそは、もうオーバーヒート寸前であった。


「あらまあ、従業員が居るとこんなに仕事がはかどるのねえ。嬉しいわ。でも予定より十五分遅れてるから、もうちょっと急いでね」


 マダムの声に尻を叩かれ、プロミスとハーキイは働いた。働きまくった。反抗心が湧き上がらないではないのだが、何故かこのマダムにだけは逆らえないのだ。人並み以上に世間のイロイロな部分を見てきたつもりの二人だったのに、ここではヒヨッコ扱いであった。


 そんな二人が開店準備を続けていると、不意に店のドアが開いた。


「あ、すいません、まだ開店前なんで……」


 プロミスが声をかけたが、その人影は構わず中に入って来た。大きい。この店に来る客はみな、岩のような体をしたサイボーグや強化人間ばかりだったが、彼らと比べても二回り大きい。恐ろしく立派な肉体をした、オオカミの顔をした獣人だった。


「いいのよ、こっちに案内して」


 そのとき奥からマダムの声が聞こえた。笑うようなからかうような口調で。


「やっと決心がついたのね。ギアンちゃん」



「『口を忌め、恐れよ。彼方より此方まで』。そういう言葉が世界のあちこちに残っているんだ」


 カンザブロー・ヒトコトはそう話した。


「どうして教えてくれなかったんですか」


 ジュピトルの言葉に、カンザブローは焦って言い訳をした。


「無茶を言わんでくれ。私だってケルケルルガの名前を聞くまで忘れていたんだよ」


「それで」


 広いテーブルを挟んだ反対側から声が響く。


「そのケル何とかいうのが、その子供だというのか」


 ネプトニスのその言葉に、ジュピトルの隣に座ったおかっぱ頭の子供は首をかしげた。


「我はケレケレ、ケルケルルガの化身の一つで本体ではない。さっき説明したはずだが、おまえには理解出来ないのか」


 ネプトニスは声を荒げる。


「何の嫌がらせだ、ジュピトル。何が気に入らない」


「いえ、違うんです兄さん。いまイ=ルグ=ルの覚醒が迫っていて、僕らもそれを考えないと」


「ふざけるな!」


 テーブルを叩く音に、ネプトニスの怒鳴り声が重なる。


「イ=ルグ=ルだと? そんな化け物は神魔大戦で死んだ! 百年も前にだ! 子供でも知っている! そんな戯言たわごとで私を、この私を愚弄するのか!」


「そ、そうじゃないんです、聞いてください」


 動揺するジュピトルを、抑揚のない、感情のこもらぬ声が制した。


「やめておけ」


 ジュピトルが振り返る。部屋の隅、ターバンとマントで身を覆う一本足の影。


「低次の存在に高次の論理は愚弄にしか聞こえない」


 ネプトニスは3Jを指さした。


「ジュピトル! 何だコイツは!」


「いや、彼はその」


 しかし3Jは淡々と言葉を吐く。


「いま必要とされているのは、ウラノスの決断のみ。おまえの意見も判断も求められていないのだ、ネプトニス」


 そのときテーブルの隅から、含み笑いの気配が。プルートスが肩を震わせている。ネプトニスの目に、屈辱と怒りの炎が宿った。後ろに立つトライデントに排除を命じる。


「トライデン……」


 しかし最後まで口にする事が出来なかった。その首筋に、正面から超振動カッターが当てられていたからだ。テーブルの上に立つ、銀色のサイボーグ。少し遅れて風を感じた。


「吠えるだけなら構わんが」


 ジンライはつぶやく。


「余計な事をするようなら、首を落とすぞ」


 ネプトニスは声も出せない。トライデントも動けなかった。


「それくらいで勘弁せよ、3J」


 ネプトニスの隣に座る巨躯が、ため息交じりに請う。応じる3Jの声。


「ジンライ」


 ジンライはふわりとテーブルの上を飛び、後退して3Jの隣に立った。


 ウラノスはジュピトルを見つめ、3Jを見つめる。


「もはや、目をそらす事すらかなわぬか」


「俺たちは追い詰められたネズミだ。戦って噛み付く以外の道は残されていない」


 3Jの言葉に、ウラノスはまた大きなため息をついた。


「では何から始めれば良い」


 3Jは言う


「世界政府のデータベースを解放させろ。無制限の解放は難しくとも、ジュピトルにすべての閲覧権限を与えるくらい、おまえが交渉すれば可能なはずだ」


 ウラノスは答える。


「名目はどうする」


「そのままだ。イ=ルグ=ルの覚醒阻止と殲滅のため。それを名目として世界政府に働きかけろ」


「だがそれでは不信感を買うだけではないか」


「不信、疑心、恐慌、それはすべて必要な段階だ。人類を一方向に向けるためにはな」


「恐怖を拡散させるというのか」


「恐怖がなければ人間は闇を見つめない。だが闇から目をそらせば闇に食われる」


「しかし闇を見つめ過ぎても闇に食われるぞ」


「だからジュピトル・ジュピトリスが必要なのだ。闇を照らす光が」


 やはり見えているのか。3Jの一つしかない目には、人類の未来が見えている。何たる恐るべき男。結果論とは言え、まさかこんな強大な存在を生み出してしまうとは。ウラノスは自らの選択に戦慄しつつ、同時に感動に打ち震えた。それは独善である、そう理解しながら。

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