第三章Final(一人ツンデレをやった)

 七月に入った。


 わたくしは期末試験の勉強に忙しくなり、生徒会の活動も、祖父江そぶえと過ごす時間も、しばらくはお休みすることにした。少し寂しい……けれど、寂しいなどと考えている暇などはない。お嬢様たる者、やるべきことはきっちりこなさないといけません。


 校舎の玄関へと歩き、下駄箱を開けると白い封筒が入っていた。横に二重に引かれた青いラインが涼しさを感じさせる、センスのよい封筒だ。


「なんですか、これ?」


 などとひとりごちながら、わたくしの胸は高鳴っていた。これは、こういうのは、少女漫画で一万回くらいは見た。いずれはわたくしもこういう手紙を受け取るのだろう、と期待していたのに、そんな経験はこれまでに一度もない。だから心臓がばくばくいって、膝の辺りに痺れがきた。


 差出人の名前が書かれていないのは、開けて読めということか。


 いいでしょう。その誘い、乗って差し上げましょう。


 筆箱から定規を取り出し、それをペーパーナイフ代わりにして封筒を開けると、中にはこんな手紙が入っていた。



加賀谷かがやさんへ


 こんにちは、白木しらき太湖たいこです。

 もうすぐ期末試験だけど、勉強頑張っていますか?

 僕は世界史が苦手なので色々と大変な感じになっています。

 語呂合わせでなんとかしのぐつもりです。

 波に(732)乗る、トゥール・ポワティエ間の戦い、とか(笑)

 ではでは、ここからが本題です。

 ほんとは手紙なんかで伝えるべきじゃないのかもしれないけど、どうしても勇気が出なかったので手紙を書きました。へたれでごめんなさい。

 僕は、加賀谷さんのことが好きです。

 ずっとずっと、きれいな人だと思っていました。お嬢様なところも素敵だし。

 なのにこの前、裏山でひどいところを見せてしまったこと、心から謝りたいです。

 加賀谷さんが好きで、ちょっかいをかけたくて。

 それで、生徒会の活動のお手伝いをしたくて。

 でも加賀谷さんが怖がっていたのを見て、後で、あれはまずかったなと思ったのです。

 もし許してくれるなら。これからも仲良くしてくれるのなら。

 加賀谷さんの前できちんと僕の気持ちを伝えたいと思います。

 まずは僕の家のランチに招待させていただきたいです。

 お返事、くれますか。手紙でもかまいませんし、話しかけてくれてもOKです。

 語呂合わせを考えながら、加賀谷さんのことをもっと考えながら、お待ちしています。


                               白木太湖』



 ……読み終えた。


 膝の痺れは解けたが、代わりに口の中がもぞもぞとして変な感じだ。


「なんなの、これ? 白木? わたくしを、馬鹿にしていらっしゃるの」


 とは言ってみたものの、びりびりに破り捨てようとはしなかった。


 こんな手紙は物語の中だけの様式美だと思っていたのに、いざ実物を読んでみればこんなにも顔が熱くなるものだったのか。しかも、差出人はあの白木なのに。


 わたくしのことを『きれいな人』と書いてあった。

 なにより、『素敵なお嬢様だ』とも。


 それは、わたくしにとってこれ以上ない誉め言葉だった。


 よくよく考えると、白木は本当に生徒会の手伝いのつもりで秘密基地を破壊しただけなのかもしれない。やったことは許せないが、罪を憎んで人を憎まずという言葉もある。大切なのは、なにをやったかではなく、どういう気持ちでやったかということだ。だとすると、白木を許せないでもない。


 それに不思議ではあるが、ちょっとした優越感みたいなものがあった。


 白木が裏山で暴れたあの日、わたくしは白木のことを恐ろしく、そして自分の身体をめちゃくちゃにしてしまう野獣であると感じた。(男子って怖い)と思ったら、足がまったく動かなくなった。

 なのにその白木がわたくしのことを好きだという。しかも謝りたいとまで言っている。これはある意味、白木がわたくしの軍門に下ったといってもいい。白木が改心してくれたのなら、祖父江ともいつかは仲良くなれるかもしれない。

 後から考えたら、その時のわたしくはのんびりとした気持ちに完全に酔いしれていた。


「へ、へーえ。へーえ、へーえ。白木が。白木がですか。わたくしを……」

 手紙をバックの中に仕舞う。それも、大切に。

「まあ、あの男の顔を想像すると許しがたくはありますが……うん、悪くはない、悪くはありませんね! お嬢様たるもの、過去の遺恨をいつまでも引きずっていてはならないものですわ。ええ、そうです。わたくしはお嬢様なのですものね」


 誰もいないのに、一人ツンデレをやった。

 誰もいないのに、最初から最後までひとりごとを言った。


 なにかが始まりそうな匂いが校庭の砂から反射してきた。わたくしの目の水晶体は太陽から伸びる光線の一本一本をつかまえられる。雲たちはこんなにも早足だったかな。えいほっえいほっとマラソンをしている陸上部のかけ声が聞こえてくる。期末試験前でも彼らは一生懸命だ。その汗の意味は違うけれども、わたくしは彼らと同じ汗を共有している。


 わたくしは仲夏の季節へと行く。


 目の前に立ち並ぶハードルを、やすやすと跳び越えてしまうように。

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