第三章④(よかったら今度、デートにいかない?)

 僕――白木しらき太湖たいこは笑っていた。バスケ部の部室で大爆笑していた。あんなにうまくいくとは思わなかった。僕から生徒会長の座を奪った加賀谷かがや璃子りこは震えていたし、あの凶暴な祖父江そぶえとおるもなにもできなかった。奴らの居場所をめちゃくちゃにしてやった。すかっと爽快だった。


「テーブルってけっこう硬いんスね!」

 部員の一人が言うので、僕はやれやれ顔で答えてやる。

「だろ? やっぱりハンマーをもっていって正解だったね」

「だけど祖父江の腕を外す時は、正直ひやひやしましたよ」

「まあ、こっちは十人いるんだ。奴も手出しできなかったんだろうよ」

「それに白木さんも強いっスからね!」

「ふ。そう持ち上げるなよ。僕は高所恐怖症なんだからさ」

「あひゃひゃひゃ! でもこれでお腹いっぱいっすね。いやー、ほんと今日はごちそうさまでした。祖父江の野郎……ひゃひゃひゃ……」


 ……こいつはなぜ笑っているんだ? お腹いっぱいだと? そりゃ、こいつらは祖父江くんに対する恨みしかもっていないのかもしれないが、僕は加賀谷さんに生徒会長選での借りを返してやりたいのだ。しかし残念ながら今日の襲撃では、加賀谷さんを痛めつけることは叶わなかった。さすがの祖父江くんも、仲良しこよしの加賀谷さんの誇りが目の前で蹂躙されるとなれば暴力を厭わないだろう。実際のところ彼など僕の手にかかれば容易く片付けられるのだが、巻き添えを食ったのろまな部員が怪我を負って問題が広まっては困る。彼女を『ヤる』のは、単独で狩場に追いこんでからだ。

 なので僕は、部員の的外れな発言を一笑に付した。

「ばかだな、まだ続きがあるじゃないか」


「えっ、まだやるんですか」

 部員たちの笑いが一斉に、止む。

「加賀谷さんには、もう少しひどい目に遭ってもらわないとね」

「でも、俺たちは別に……なあ?」

「別に……なんなんだい?」

「い、いや、なんでもありません」


 部員たちは賛成も反対もできやしない。こいつらはいつもそんな感じだ。自分の意見がない、もしくは意見を通せない。だからこいつらは僕とは違う人種なのだ。一生、先生や先輩や親や兄貴や姉貴や上司や年上の意見に逆らえないまま生きていけばいい。その方が僕にとってもやりやすい世の中になる。

 僕が顎に手を当てて今後の計画を黙考していると、部員の一人がやにわに叫んだ。


「おい、あそこ、誰かいるぞ!!」


 その声に、部員全員が部室の小窓の向こうを凝視した。

 一人の女子が窓からこっちをのぞきこんでいる。まずいぞ、さっきの声が届いていたのかもしれない。僕たちが注目したからか、女子は目線を泳がせて首を引っこめた。


「つ、連れてこい!」

 僕がすかさず指示を送ると、二人の部員が部室を飛び出し、女子を連れて戻ってきた。馬鹿二人は女子の両側から肩を掴み上げるようにしているが、そういうのはやめろ。たかが一人の女子に暴力を振るうことで僕の計画が実行前に潰れたら……お前ら全員殺すぞ。


「おい、肩を離せよ。女の子に失礼だろ?」

「は、はいっ!」

 部員たちはささっと肩を離した。つくづく命令には従順な奴らだ。


「あれ、もしかしてきみは……小幡おばたさん?」

「あはは」

 妙だ。彼女はつくったような笑い方をする。もしやすでに、さっきの計画を聞かれてしまったのだろうか。だとしたら、小幡さんも今ここで始末をする必要が出てくる。


「どうして笑ってるの?」

「いや、あの、へへ、なんでも……」

「うちの部に、なにか用事?」

「あのさ、あれだ、あれ。あの、わ、私の名前は小幡おばた千乃ちの! 生徒会会計の小幡千乃だ」

「いや、知ってるよ! 校舎の屋上にいた子だろ?」

「好きなものはサックスとクリームパンとカツカレーとりんごと小豆とグミと……ああ、コーラ味のグミな……あと、ナポリタンとメロンソースのかき氷と鮎とタコスとわさびと魚肉ソーセージとカツカレーとブルーベリータルトと……」

「サックス以外は食べ物ばっかりじゃん! しかもカツカレー二回言ったし!」

「はは、よく聞いているな。さすがは白木だ。うむうむ、サックスはいいぞ。吹いているだけでなにかを主張しているような気分になれるからな」


 ふふ、なかなか愉快な子じゃないか。僕はこういう子、嫌いじゃないぞ。


 ただ、「なにかを主張」という言葉は看過かんかできない。つまりこの子もバスケ部の奴らと同様、なにかに対して、または誰かに対して主張できないような人種なんだとわかる。そして今現在、小幡さんの主張を妨げている何者かが存在している、ということも。


「オッケー、きみのことがよくわかって嬉しいよ。だけどどうしてさっきから部室をのぞいてたの? 誰かに用があって来たとか?」

「いや、あの、ほら、あれだ、生徒会として、どんな部活をしているのか調査しなくてはならなくてな、もごもご……」

「いや、僕たちはバスケをしてるだけだけど……」

「そ、そうだな! いやぁ皆真剣に部活に取り組んでいるようで実に素晴らしいと思ったぞ。ここ一ヶ月、地道に調査をした甲斐があったというものだ」

「は? 一ヶ月?」

「はっ……いや、いやいやいや、なんでもない」

 小幡さんは屋上で初めて会った時と同じく、その頬を夕焼けのように染めていた。


 なるほど。そこでピーンときた。この子は、


 ――この子は、僕に気がある。


 女の子の気持ちを推測するなんて朝飯前だ。この子は僕に気があり、僕を見るために部室に通い続けた。たぶん、屋上に来てくれとラブレターを書いたのも本当はこの子だったのだろう。で、恥ずかしいから「自分が出したものじゃない」と嘘をついたわけだな。


 加賀谷璃子の片腕、小幡千乃か。見た目も悪くないし、性格だって裏表がなさそうだ。

 なのでちょっとは躊躇してしまうところだが、こいつは……『使える』。


「なんだぁ、お前?」

 と凄む部員の腹を、僕は肘でどんと突く。

「小幡さんが見学に来てくれて嬉しいよ。ほら、うちってマネージャーがいなくて男ばっかりだからさ、小幡さんみたいなかわいい子を見慣れてないんだよ。な、みんな?」

「は、はい」

「そうっス」

「自分、実は前から憧れてました!」

 一人言いすぎな奴が含まれていたが、それは無視。でも嘘を言っているわけではないのだから別にいいだろう。そこそこかわいいのは事実なのだし。


「ば、ばかなこと言うな……私なんかが……もごもご……」

「小幡さんってかわいいし、サックスも上手いし、きちんと会計やってるし、まさに完璧だよ。今は一年生だからあまり知られてないかもしれないけど、そのうち人気ナンバーワンになっちゃうんじゃないかな。人気が出る前の小幡さんと話せた僕らはラッキーだ」

「そんな、あの、えと……ふにゃふにゃ」

 小幡さんは両手の指同士を擦り合わせてもじもじとしている。ふむふむ、わかりやすい子だ。この子の急所は誉められ慣れていないところにある。


 簡単だ。女の子の心を読むことも。そしてその心を操ることだって。


 すると小幡さんは、目を細めて言った。

「でも、嬉しい。私はそんなふうに女として見られたことがないから。ありがとう」

 不覚にも、ちょっとどきっとした。そのうちほんとに男子からの人気はうなぎのぼりになるのではないか。なのに小幡さんはいつも加賀谷さんのそばにいて、加賀谷さんの引き立て役に徹している。「腰ぎんちゃく」と馬鹿にする声も聞いたことがある。考えれば、この子は自分自身を殺されている、かわいそうな子なのかもしれない。


 ……いや、今はそれは置いておこう。僕はわずかに感じた同情の気持ちを押しこんで、

「ねえ、よかったら今度、デートにいかない?」

 思いきって誘ってみた。


「で、デートだと! バスケ部とデートとはどういう意味だ」

「あはっ、違うよ。僕と小幡さんと、二人でいくんだ」

「二人で!」

「そう、二人で」

「二人でいって、なにをすればいい?」

「うーん、映画館に入ったり、おいしいものを食べにいったりする?」

「映画は好きだぞ! それにおいしいものというのがすごくいい! 私は店にも詳しいぞ。……といっても、雑誌で読んだだけで実際に入ったことはないのだがな」

「へえっ。じゃあちょうどいいじゃん、二人でいい店に入ってみようよ」

「そうか、すごく嬉しい。ずっと行ってみたかったんだ。ありがとう、白木」

 小幡さんは、川の水面に反射する光のように顔を輝かせる。


 一方、目の前で堂々とデートに誘っているというのに、部員たちからはなんのコメントも発せられなかった。おそらく、僕のやることに助言も苦言も述べてはならないと考えているのだろう。僕は肩を震わせて、込み上げてくる笑いを必死にこらえた。

 そうさ、お前らのとった態度は小者としてじゅうぶんすぎるほどの正解だ。僕は自分の思うことをやるし、同時にできなければならない。だから僕はこれまでに財力や腕力を要所要所でちらりと見せて、誰もが僕に逆らえないような人間関係をつくり上げてきた。


 小幡さんだって例外ではないのだ。


 僕の駒になって輝いてくれれば、それでいい。

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