第二章⑨(ほんとの友達の証し)

 わたくしは秘密基地に置いてある椅子にもたれていた。


 隣には祖父江そぶえがいて、二人で校庭の様子眺めていた。校庭ではハヘ子さんがクラスメイトに囲まれている。だけどアンリやその取り巻きの姿はなく、特にいじめられているようにも見えない。エアギターをかき鳴らしたり、エアドラムを連打したりしているだけだ。


 わたくしがアンリを突き飛ばした日から、ハヘ子さんへのいじめのようなものはなくなった。もちろんハヘ子さんが目立った存在であることに変わりはないし、ちょっとからかわれているような雰囲気も残っている。ただそれは、傍から見ていて不快になるほどのものではなかった。


「なんだかんだいって、ハヘ子さんって友達が多いですわね」

 わたくしは深い息をついた。

「そうか?」

 祖父江は不思議そうに言う。

「けど、ほんとの友達っているのかな」

 ほんとの友達……か。よくドラマや漫画で『ほんとの友達』なんていう言葉を聞くけれど、それってどういう意味なんだろう。


「いるんじゃないかしら? あれだけ皆様にかまわれているようですし」

「でもあいつが誘われてるとこ、見たことないんだよな」

「誘われる?」

「ああ。仲間の集まりってあるだろ? カラオケとか、飯を食いにいったりとか」


 カラオケ? 食事? ……それが仲間の集まりで、ほんとの友達の証しなのですか?


 考えてみた。自分自身にはそういうことがあったのかどうか。


 でも、なかった。わたくしはカラオケや食事に一度も誘われたことがない。プールや映画館には貸切にして家族で出かけるし、もちろん友達同士の旅行なんてものも知らない。


 わたくしは思っていた。クラスの中で、自分は好かれているのだと。


 わたくしがお嬢様っぽい話をする。それを、近くにいるクラスメイトは喜んで聞いてくれる。嫌味を言われたことなどないし、きっと皆はわたくしの話を楽しんでくれているのだろう。そもそもわたくしが生徒会長に当選したのは、皆の信頼があったからではないのか。だからこそわたくしは立派な生徒会長を務め上げようと真摯に頑張ってきたんだ。


 でも、やっぱりなかった。


 一度もなかった。

 わたくしは誰にも遊びに誘われたことがない。


 ハヘ子さんと街に出かけたこと。雑貨屋に入ったこと。

 思い返せばあれらはどれも、わたくしの初めての経験だった。


「どうしたカガリコ?」

 祖父江が訊いてくるが、わたくしはなにも答えないでやった。


 ……いや、答えられなかった。


 頭の中に、千乃ちのの顔が浮かんだ。千乃とは昔からずっと一緒の時間を過ごしてきた。千乃はホウキを握り、モップを持って、わたくしの敵を次々と追い払ってくれた。

 でもそれはわたくしたちが同じ屋敷に住んでいるからなんだ。それにたぶんだけど、千乃のお父様が「お嬢様をお護りしなさい」とでも言いつけているのだろう。千乃のお父様はわたくしのお父様の仕事のパートナーでもあるが、部下でもある。つまり給料をもらっている立場だ。そのくらいの事情、わたくしにだってわかる。

 それでも、千乃のことを想った。


 だけど千乃はいない。彼女はここ数日、生徒会室にすら姿を見せなくなった。

 わたくしはテーブルの上に置かれたバッグを見た。それには、カンガルーのストラップがついている。

 すると次に、急にハヘ子さんのことが恋しくなった。すごく、すっごく恋しくなった。


 わたくしはバッグを手に取り、椅子を立った。

「カガリコ? 帰るのか?」

「違いますわ」

 もし目の前に鏡があったなら、そこには最高の笑顔に映っているはずだと思う。

「ハヘ子さんに……ハヘ子さんに会いにいくのです」


「そっか」

 祖父江の笑顔は、丘に差しこむ太陽の光に似ていた。

「うん。わたくし! 行きます! ハヘ子さんのところへ――」

「そっか」


 もう一度、言ってくれた。

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