第二章③(美少女になることかな!)

 秘密基地の製作を始めて一週間が経った。


 秘密基地といっても、そこでレーダー観測とか盗撮盗聴の類を行うわけではない。要は過ごしやすければそれでいいのだ。ハヘ子さんはどこで拾ったのかテーブルと椅子のセットをもってきた。小柄なハヘ子さんのことだ、きっと何往復もしたのだろう。椅子は三脚でちょうど人数分ある。……いや、ちょっと待てよ、千乃ちののぶんがない。であれば、いずれは用意をしてあげないといけませんわね。でも千乃は最近とんと顔を見せてくれない。サックスの音も止んだままだし、千乃はいったいどこに行ってしまったのでしょうか?


 そしてハヘ子さんの頑張りで火がついたのか、祖父江そぶえは大量の白帯を担いできた。


「あなた、どこかで空手部狩りでもしてきたのですか? もしや道場破りとか……」

「ちげーよ」

 柔道部でいらなくなった帯をもらってきたとのことだった。誰かに頼みごとをするなんて、祖父江にしては珍しい。


 祖父江は帯を手芸用ハサミで縦に二つに割き、丁寧かつ力強い手つきで縦横十字に編みこんだ。これほどの太さのものを編むには相当な力がいるが、祖父江の強靭きょうじんな筋肉はそれを可能にする。編みこんだ帯の左右を樫の樹にくくりつければ、ハンモックの完成だ。


 宙に舞う。祖父江のがっしりした体躯たいくが、宙に舞う。


 樫の木はギシギシと幾分かきしんだものの、祖父江の体重を見事に支え上げた。祖父江はハンモックに横たわり、得意顔で口笛なんかを吹き始める。


「うわうわうわうわ! すっごーい!」

 ハヘ子さんはその目を、きらきらの星でいっぱいにする。

「よーし、順番順番」

 祖父江はハンモックから一度下り、ハヘ子さんにその場所を譲った。

「ハヘ子の次はカガリコな」

「いえ、遠慮しておきますわ」


 元は柔道部の帯でしょ? 汗とか涙とか、とにかく色んな体液が染みついているわけなのでしょう? そ、それはさすがに勘弁していただきたいですわ……。


「リコピン、ごめんごめん、代わろっか」

「おー、ハヘ子は優しいな」

「えへへへへ」


「!?」


 神輿のように担がれる、わたくしの身体。

 ぎゃあ――!! やめ、やめ、やめてぇぇぇぇぇぇッッ!


「おいおいカガリコ、暴れるなよ」

「徹くん、いちにのさんでいくよ!」

「おう!」


 いちにの、さんっ!! よいせっ。ぎょえええええ……。


 ハンモックという名の青春体液吸収布(コットン100%)に身体をあずけ、わたくしはどこか諦めた目で空冥を見ていた。わたくしはこの秘密基地にクッションを寄付したり手づくりのマーブルクッキーをお茶菓子として提供したというのに、どうしてこのように残酷な結末を迎えなければならないの……。


 はう。はうわわわ……。空は青い。抜けるように青い。


「ハヘ子、お前の夢はなんなんだ?」

 不意に祖父江が訊いた。

「そうだねえ、美少女になることかな!」

 意味不明。今でもじゅうぶんに美少女じゃないか。そこらの女子が聞いたら集団暴行は確実、場合によっては暴動とか内戦が勃発するかもしれない。


 そう、どかんと一発、大砲でもぶちこんでみたくなるような遠い空が裏山からは一直線に突き抜けて見える。快晴に白南風しらはえ。ここはまさに秘密基地、なのかもしれない。

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