第一章⑰(彼氏とかいるの?)

 わたくしたちは縦列をなし、屋上への階段を駆け上る。


 間に合って。どうか間に合いますように――。


 わたくしとハヘ子さんと祖父江そぶえの目に、屋上の光景が映った。白木しらきはもうすでに到着していて、千乃ちのとなにかを話している。なるほど、千乃が白木を止めてくれているようだ。


 さあ、ハヘ子さん、出番ですわよ。


 屋上に出よう。……としたが、千乃の表情がおかしい。彼女には珍しく辺りをきょろきょろと見回したりしている。あれは、集中できていない時の千乃の目だ。どこに、と特定できるわけではないが、それでもやはりどこかに違和感が揺蕩っている。

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 わたくしは手でハヘ子さんと祖父江を制し、三人で耳を澄ました。


「この手紙をくれたのは、きみ?」

 白木は千乃に、少しつくりもののような、しかしやはり爽やかな声で訊いた。

「い、いや、私ではない」

 千乃の瞳は依然として落ち着きを失ったままだ。

「そっか、残念だな。こんなにかわいい子にもらえたんだったら、ラッキーだったのに」

「え、わ、私なんてどこが……」

「ん? だって、きみの目ってすごく澄んでるしさ、そのぴょんぴょんとはねてるショートカットもすごくいい。きみみたいにかわいい子、そうそうお目にかかれないよ。彼氏とかいるの? ……そりゃ、いるよなぁ」

「い、いや、いない。いるわけがない。私などそういう対象ではないのだ」

「へえ、奥ゆかしいところもいいね。それにしっかりしてそうだし」

 千乃のどきまぎしている様子がこっちまで伝わってくる。あまりにタイミングが悪すぎて、今、二人の前には出ていけそうもない。


「ま、とにかくいたずらだったみたいだし、僕は帰るよ」

「そうか」

 千乃が安堵の息をつくと、白木は大きな目の奥に怜悧れいりを隠しながら、ふふっと笑った。


「きみの名前は?」

「私の名前? わ、私は小幡おばた千乃ちのという」

「小幡千乃? もしかして生徒会の会計をしている子かな?」

「む、そうだが」

「そっか。僕の名前は白木しらき太湖たいこ。せっかくお話できたんだし、これからもよろしくね」

「ああ――」


 どうも会話は終了したようで、白木が階段の方に歩いてくる。ま、まずいですわ!


 振り向けば、ハヘ子さんと祖父江はすでに階段をそろそろと下り始めていた。


 う、裏切者――――ッ!! 心中で叫びながら、わたくしも二人に続く。


 二階でしばらく待機。三人で顔を見合わせた。誰もが混乱していて、どういう顔をしたらよいのかわからないらしい。

 だけど千乃をこのまま放っておくわけにもいかないし、三分くらいを置いて恐る恐る屋上に戻ると、千乃が一人でたたずんでいた。さやさやと吹く春風をその前髪に受けて。


「千乃っ!」

 しーん。千乃は返事をすることもなく、ただ、呆けた顔で三編みあみ市の風景を眺めている。

「千乃ったら!」

 ぼけーっとしているその様は、口元からよだれでも垂れてきそうな勢いである。


 あちゃーっ。これは、やってしまいましたわ……。


 白木を呼び出して。ハヘ子さんが逃げて。戻ってみたら千乃が人違いをされていて。

 さらにさらに。千乃はどういうわけかぼんやりとしている。


 告白作戦は大失敗だった。もちろんこのまま諦めるつもりは毛頭ありませんが、少なくとも今日の続行は不可能でしょう。これで白木をもう一度呼び出せば完全にいたずらと思われてしまいます。頭を切り替えた上で、なにか別の方法を考えないといけません。


「今日は解散ですわね……はあ……」

 わたくしがそう言うと、ハヘ子さんと祖父江は安心したように深い息を吐いた。


 それでも、千乃にはなにも聞こえてはいないようだった。

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