第一章⑭(さすがリコピン! 恋の百戦錬磨!)

 にゃははは、うふふふふ……ハッ。


 わたくしは瞬時に、足を止めた。


「なんだ?」

 祖父江そぶえがめんどくさそうに見てくる。

 わたくしの網膜には、校庭に立つハヘ子さんが映っている。帰ろうとしていたところで出会うなんて、これはまさに素晴らしい運命の巡り合わせというものではありませんか。ちょうどいい、彼女に『恋のサポート』について伝えてあげないといけませんわ。


 しかし、やっぱりというか、ハヘ子さんはアンリたちに囲まれていた。毎日毎日あんなことをして、あの方々は暇なのでしょうか? 家に帰って本でも読めばいいのに。


 ただ、アンリたちは、今日はちょっと違う囲み方をしていた。いつもだったら至近距離で囲んでいるのに、今はハヘ子さんから10メートルくらいの距離をとっている。


「よーし、どんとこぉ――――い!!」

 両の拳を腰の辺りで強く握り、息を吸って腹部を突き出すハヘ子さん。

「じゃあ新たな伝説、いくわよっ!」

 アンリが呼び、

「ふんぬううううっっっ!!」

 ハヘ子さんが歴戦のつわもののような口調で答える。


 やれやれ、なにをしようとしているのかはわかりませんが、おそらくロクなことではないでしょう。ハヘ子さんと話をするために、まずはこのアンリを止めないといけません。

 わたくしは、アンリの背後から声をかけた。

「ちょっとあなた、なにをしようとしているのですか?」


「えっ」

 アンリは振り返り、片方の目尻をぴくぴくと動かせる。

「ち、加賀谷かがやか……」

「あ、リコピン! おーい、おーい!」

 ハヘ子さんはやたらと陽気に手を振っている。

「ハヘ子さんも『ふんぬうううう』ではありませんよ。いったいあなた方は……」

 訊こうと思ったが、すぐにアンリがそっぽを眺めた。

「ちぇっ、行こ」

 アンリは取り巻きの二人を引き連れて去っていった。

 ところが道中間もないくらいでなにかをぽいっと投げ捨てたのですが、いったいアンリはなにを捨てたのかしら?


 見れば、それは石だった。


 わたくしは直ちに石を拾い上げた。レモンくらいの大きさの石だ。わたくしの身体中を寒いものが抜けた。もしかしてハヘ子さんたちは……。


「アンリちゃん、またね! ……リコピン、なにか用? またアンケートするの?」

「ハヘ子さん」

「うん! 第一問だね! なんでも答えちゃうよ」

「違いますわ。あなたさっき、この石でなにをするつもりでしたの?」

「えっとね、アンリちゃんが石を投げるでしょ。それをわたしがお腹で弾き返すの」

「ば、ばかやろう……!」

 絞り出すように言ったのは、祖父江だった。

「あ、とおるくん! リコピンと今日も一緒だし、仲いいんだね」

「そんなのどうでもいい!」

「ハヘっ?」

「石なんかぶつけたら怪我するだろ? それにもし手元が狂って顔とか頭に当たったらどうするつもりなんだ? 死ぬかもしれないんだぞ!!」

「は、ハヘヘ……大丈夫、だよ……」

 ハヘ子さんは決まりが悪いように下を向いた。

 祖父江はそれ以上なにも言わず、ただ、唇を強く噛む。

「しかし、アンリさんは恐ろしいことを考えつきますわね。あんなに長くてきれいな髪をおもちなのに。人って、見かけによらないのですね」

「え、アンリちゃんの髪って長くてきれいなんだ」

 ハヘ子さんは初めて海を見る子供のような目をして、言った。

「えっ? ……ハヘ子さん、あなたはきちんと相手をご覧になった方がいいですわよ」

「そうだね! ありがとうリコピン、徹くん。これからは気をつけるようにするよ」

 ハヘ子さんがそう言うのなら仕方がない。アンリたちも去ってしまったし、この場ではこれ以上なにも追及できない。なので、本題に入ることにした。

「ハヘ子さん、昨日の話の続きなのですが」


「好きな人の話?」

「そうです。この度、生徒会を代表して、わたくしとこの祖父江徹があなたの恋のサポートをすることになりました」

「ええっ、ほ、ほんと!? 生徒会ってそんなこともしてくれるんだ。すごいね!」

 ハヘ子さんは大げさに、両手をほっぺに添える。

「嘘偽りはいっさいございません。ね、祖父江?」

 横目でちらりと祖父江を見るも、祖父江の首はガクーンと直角に折れている。

「ああ、そう、だよ……」

「というわけです。そこで、ハヘ子さんにはさっそく白木しらきに告白していただきます」

「えええええっっ!? こ、告白?」


「ちょ! ちょっと待てえええええ――――――いっ!!」


 祖父江が乱暴にわたくしの二の腕を引っ張り、わたくしをハヘ子さんから引き離す。祖父江はわたくしになにか言いたいことがあるのでしょうか。いいでしょう、聞こうではありませんか。


 ハヘ子さんは「こ、告白……」とか言いながら、ちょっとした錯乱状態に陥っている。混沌とした空気の中、祖父江はわたくしにだけ聞こえる声でヒソヒソ話を始めた。


「どういうことだよ、いきなり告白って。手助けなんかまったくしてないじゃねえかよ」

「ああ、ですから、その告白をサポートするのですよ」

「な、い、いきなり告白なんて勧める奴があるか!」

「しっ。声を控えめにして下さい。いいですか? ハヘ子さんが白木に話そうとすればするほど事態はおかしな方向にいってしまいます。つまり粗が出てしまうんですよ」

「まあ、ハヘ子だったらそうかもしれんけどよ……」

「白木が引いてしまったら、恋の手ほどきどころではなくなってしまいませんか?」

「……ぐ、悔しいが、正論だ」

「それにさっさと決着をつけてしまった方が、あなたとしても都合がよろしいのではないかと思うのですが、いかがでしょう?」

「……そうだな」

 はい、これで話は終わりです。わたくしは再びハヘ子さんの元へと近づいた。


「ハヘ子さん、流れはなんとなくでも理解できましたか?」

「う、うん。なんとか。でも、わたしから告白するの? そんなの……難しいよう」

「ふふ、心配なさらないで。そのためのサポートなのですから」

「そっか! さすがリコピン! 恋の百戦錬磨!」

 百戦錬磨どころか、わたくしは告白はおろか学校の男子を好きになったことすらない。

 でも、それは特段の問題とはならない。なぜならわたくしには、千乃がくれた『少女漫画』という最強のバイブルがあるのだから。

「告白する場所は、そうですね……学校の屋上にしましょうか」

「屋上?」

 頭の上にクエスチョンマークを点らせる、ハヘ子さん。

「ええ。屋上で告白なんて、ものすごくロマンチックではありませんか!」

「そうかなあ……」

「そうですわ。ええ、まるで物語に出てくるヒロインみたいですよ」

「えっ、ヒロイン!? うん、いいよ! わたし屋上で告白しちゃう!」

 ヒロインと聞いてなにか思うところがあったのか、ハヘ子さんはすんなりと承諾してくれた。なんとなく、ちょっと単純な気もしますけど……それに、これでいいのかという思いもあるのですが、まあ話はまとまったということにしておきましょう。


 祖父江もようやく覚悟を決めたようで鼻息を荒くしている。

 うん、これなら大丈夫! 作戦開始ですわ!

 ……と意気込んだわたくしの横から、


「お嬢様?」

 よく知った声が聞こえた。


 びくっと身を震わせて、恐る恐る首を回す。

「早々に帰られたと思っていましたが、まだ学校にいらっしゃったんですね。それに戸田さんと祖父江も一緒ですし、なにかあったのですか?」

 よかった、やっぱり千乃ちのだった。見知らぬ誰かに作戦を聞かれたわけではなかった。


 ……ん。そうだ、千乃を計画に混ぜておくのも一手かも。そうすれば千乃は知恵を貸してくれるかもしれないし、不慮の事態にも備えられる。それに千乃がわたくしの計画に反対するとはまず思えません。これまでに千乃が口答えをしたことは一度もありませんでしたし。


「千乃、わたくしの立てた計画を聞いて下さいますか?」

「計画、ですか? お嬢様が? はい、ならばぜひお聞かせ下さい」

 それからわたくしは千乃に、一連の流れについて話した。ハヘ子さんや祖父江にとってもよい復習の機会になったようで、三人とも黙ってわたくしの話を聞いてくれた。


「……ははあ、恋の手ほどきですか。それは素敵ですね」

「でしょう?」

「ただ、お嬢様お一人では心配です。決行の際には私も同行させていただきますよ」

 ほら、やっぱり千乃はわたくしの味方だ。やりたいことの力になってくれる、誰よりも頼もしい存在なのだ。

「千乃っ」

 わたくしは、千乃の腕にしがみついた。

「なんですか、お嬢様」

 千乃は微笑んでくれたし、ハヘ子さんと祖父江はそんなわたくしたちを温かい目で見守ってくれている。さ、やると決めたのなら、すぐに動きましょう。


 というわけで、ハヘ子さんのラブラブ(はぁと)作戦の決行は明日になった。

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