第一章⑬(おかしいよ! 病院行った方がいいって!)

「て、てめー! 昨日はとんでもないことしやがって!!」


「まあまあ、そうお怒りにならないで。今日はお願いがあって参ったのですから」

「うるせえええええええええ!! よくもノコノコとそのツラを出しやがったな!」


 わたくしは裏山にいた。今日は一人だけで、千乃ちのはいない。わたくしが裏山に着くと、祖父江そぶえはすぐさま背中を向けて怒りを露わにした。しかも頭からピー! と湯気を噴射しているようでもある。


「あなた、諦めるのが早いですわよ」

「なにがだよっ! ハヘ子は白木しらきのことが好きなんだろ。だったら俺の入りこむ余地なんてまったくないじゃねーか!」

「あら、意外と弱気なのですね」

「いいんだよ、ハヘ子が好きな奴と一緒になれば、それで……」

「なるほど。で、その言葉に二言はありませんか?」

「ねえよ」

「ではわたくしからお話があります。わたくしと一緒に、あの子の恋の手助けをして下さいませんか?」

「……はあああああぁぁぁぁっっ!? なんで俺が? 意味わからんぞ!」


 いや、少なくともわたくしには意味がある。ハヘ子さんがくっつく相手は別に祖父江でなくてもいい。ハヘ子さんが誰かとつきあってくれさえすれば、おそらく彼女へのいじめはなくなるのだ。それにこの手助けを通じて、祖父江にはもう少し社交的になってもらいたい。そうすれば風紀改善という当初の目的は達成されるだろう。


「男に二言はないはずと存じますが?」

「そんなムチャクチャな! だいいち、そんなの、俺にメリットはないだろ!」

「それがそうでもないのです」

 祖父江はこっちを向き、わたくしの言葉の続きを待つように黙る。

「わたくしの見立てでは、ことはそうそううまくはいきません。ハヘ子さんのおっしゃるとおり、今の段階では『好き』というより『憧れ』に近いものなのです」

「で?」

「そこで手助けをする人――つまりあなたが誠意ある態度で彼女をサポートすれば、彼女があなたに振り向くというのもありえない話ではありません」

「そ、そうかー? そんなにうまくいくかぁ?」

「大丈夫です。わたくしを信じて下さい。お嬢様たるもの、嘘は申しません。恋の手ほどきをしているうちに恋に落ちるというのは、実は王道パターンなのです」

「ま、まじかよぉっ!?」

 これは間違いありません。ソースは、千乃がくれた少女漫画雑誌です。

「とにかく、昨日みたいに動きましょう。なにもしないよりずっとマシです。恋の成就に近づくためには行動あるのみだと思いますよ」

「わ、わかったよ」

 よかった。これで祖父江が行動を起こしてくれるのなら、ハヘ子さんが祖父江になびくという目もじゅうぶんに出てくる。心情的には、祖父江にウィナーになってほしいし。


「ところで祖父江、一つだけクリアにしておきたいことがあります。すっかり話が流れていましたが、あなたのノートに書かれている暗号、あれはいったいなんなのですか?」

「だから、見たまんまだってば……」

「わたくしには時限爆弾の作成方法に見えましたが?」

「おかしいよ! 病院行った方がいいって!」

「違うのでしたら教えて下さらないかしら」

 祖父江はひと息吸って、吐いて、嫌そうに目をつぶって言った。

「……俳句だよ、俳句。別にいいだろ、俺が好きでやってるんだし……」


 ……あっ、俳句! 俳句か。祖父江がやたらとごついものだから、俳句が趣味だなんて全然想像できなかった。でも……うん、なかなかいい趣味ではありませんか。俳句を通じて四季の移り変わりや言葉の大切さを学ぶ、ということもできるでしょうし。


「理解できました。それでは、ここで一句お願いします」

「えっ? 今!?」

「正岡子規は三十五年の生涯で二十万を超える句を詠んだと言われています。とっさに詠めないようでしたら、『渡辺』とか『仲村』のような立派な俳号をつけることはできませんよ。もっと精進して下さい」

「そんな俳号つけねーって! ていうかそれ、俺の名前で遊んでるだけじゃん!」

「さあさあ、あなたのあふれる才能を見せて下さい。遠慮はいりませんよ」

「さ、才能……? ちっ、仕方ねえなあ」

 祖父江の手が、すらすらすらり、とノートの上で踊る。

「こんなもんでどうだ」



 カレがよく 傘を忘れる 梅雨が好き



 ぷ、ぷは……。


 ……だめ、だめです。笑ってはいけません……。


「どうだカガリコ!?」

「か、カガリコ? なんですのそれは」

「あだ名だっ! 俳句のことを知った奴は友達だ。だからカガリコでいいだろ!」

「も、もう一回言って下さい……」


「かっ、カガリコっ!!」


 ぶっはあぁ――――――――っっ!!


 もうだめだった。吹き出した。お嬢様失格。永久追放。


 なんで女の子目線の俳句なのですか!? それにカガリコってなんなのですか!

 しかも言い直して、どうして照れてんのって話ですわ!


「帰るぞ、もう」

 言って祖父江は、わたくしの手を取った。


 うふふ。あははは。わたくしは歩いている間、ずっと笑っていた。足の力がなくなる。ぐにゃああと視界が歪み、山道に転げてしまいそうになる。うふふふ。あははは。


「お前も変なやっちゃな。誰も、俺みたいなのにはかまわないっていうのによ」

 なにか答えようと思ったが、あまりにおかしすぎて今は絶対に無理だった。


 そっか、祖父江の趣味は俳句なんだ。俳句、ねえ……。

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