第一章⑪(告白しないといけませんわね)

「で、先ほどはなにをされていたのでしょうか」

 わたくしは祖父江そぶえの頭の上から、訊いた。


 祖父江は地面にあぐらを組んだ状態で鎖骨をさすっていて、それを二人の女子が仁王立ちでとり囲んでいる。どっちが不良なのか、まったくもってわからない。


「い、いやいやいや! そもそもなんなんだよお前らは!?」

「生徒会長、加賀谷かがや璃子りこ

「生徒会会計、小幡おばた千乃ちの

「せ、生徒会? 生徒会が俺になんの用なんだよ! しかもいきなり暴力を振るってきやがるしよ。テロなのか? それとも刺客か鉄砲玉の類か?」

「わたくしたちのどこにテロリズムを感じますか? 穏やかにお話しましょう」

「どこが穏やかなんだよ! じゅうぶんテロだよ!」

「ほう、お嬢様を愚弄ぐろうするのか」

 千乃がモップをふおおお、と高らかに上げた。明らかに祖父江の脳天を狙って。

「ちょ、ちょっとタンマ! わかった! 話をしよう。話せばわかる」

「いい心がけです。しかしあなた、ウワサとは違ってずいぶん大人しい方なのですね」


 言ってみて気づいたが、祖父江はウワサとはまったく異なる雰囲気を有していた。たしかに祖父江の肩はごつい。ゴリラみたいな感じではなく、しこたま筋トレに励んだ結果というような隆々ぶりだ。それに目も鋭くて攻撃的な色を秘めている。肩まで伸びた髪にはちょっとパーマが入っているし、頬には縦に傷があるし、眉は太いし、いつ暴れだしても不思議ではない。

 なのに言っていることがどうも女性的、というか弱気なのだ。


「当たり前だ。俺が女に手を上げるワケねーだろ!」

 あらっ、紳士的でもあるのね。

 わたくしはちょっと申し訳ない気持ちになった。あくまで、ちょっとなのだけど。


「それでは、あなたが今胸ポケットに仕舞ったものを出していただけますか?」

「え、なんだよ、なんの話だよ……」

「あら? さっきは『話せばわかる』とおっしゃっていませんでした?」

「ま、まあな……わかったよ。でも、笑うなよ?」

「承知しましたわ。さ、出して下さい」

 祖父江はポケットからノートを出して……またすぐに胸ポケットへとおさめた!

「やっぱだめだよ! これ! 恥ずいって!」

「今さらなんですか! 男が前言を覆すなど見苦しいですわよ」

「それにモップも血を吸いたがってるぞ」

「……ち。じゃあちょっと待て。渡すから。まずは心を落ち着けさせてくれ」

 もぞもぞ。祖父江は自らのスラックスから『ラーク』と印字された箱を取り出した。白い棒を一本抜くなり口に咥え、百円ライターでカチッと火をつける。ぷはあ~~っ。


 ……ていうか! それ! 喫煙ッッ!!


「ついに尻尾を出しましたわね!」

「さぁ、いよいよ阿鼻叫喚あびきょうかんのショータイムの始まりだ!!」

「ひいーっ! しゃあない! ノートを見せてやるから! なっ?」


 ……喫煙は断じて許せません。

 許せませんが、それよりもノートの中身の方が気になります。あのノートにはきっと殺人計画や諸葛孔明顔負けの策略が書かれているに違いありません。もしくは気に入らない人の名前を書くと、その人が死ぬのです。これはまずいです。


「その取引に乗りましょう」

「ほんとか? これ見せたら、もう暴力を振るわないか?」

「お嬢様に二言はありません」

「なら、ほらよ……」

 ぱぱっとノートを奪いとる。――ぺらぺらぺら。めくる。めくりまくる。千乃と二人して、まるで週刊少年ジャンプをシェアするようにノートをのぞきこんだ。

 ノートのとある一ページには、こんな文字列が記載されていた。



 青葉刈る エイトビートの はさみかな


 梅錦うめにしき 注ぐグラスに 虹かかる



「ふふっ」

 わたくしが軽く笑うと、千乃もうんうんとうなずいた。

「はははっ。敵もなかなかしたたかですね」

「な、な、なんだよ! お前ら、笑わないって約束したじゃねーか!」

 祖父江の顔がみるみるうちに真っ赤になった。ちょっとかわいい。でも。

「さあ、解読して下さい」

「はあっ!?」

「この文字列の意味をです。襲撃する場所? それとも武器を示しているのですか?」

「いやいやいやいや! 見たまんまだから!」

「見たままって、意味がわかりませんわ。梅錦? これは、お相撲さんかなにか?」

「ああ、それかあ! 梅錦ってのは、これだ!」

 祖父江は草むらから飴色のビンを取り出し、ドンと地面に置いた。2リットルのペットボトルくらいの大きさで、硝子は見るからに厚そうだ。

「愛媛県の銘酒だよ。飲みやすくて、ウマいぜ」


 ああっ! あなたそれ、どこからどう見ても飲酒じゃありませんか!!


「アウトですね。さて、先生方にはどのようにお伝えしましょうか?」

「げげっ、しまった……。な、なんとか勘弁してくれねえかなァ?」

「うーん……」

「後生だ。頼むよ」

 祖父江は手を合わせて、わたくしを拝むようにする。

「とはいっても、あなたが悪いのではありませんか。生徒会長として進言させていただきますが、こういう不良行為はやめて真面目に授業に出られたらどうでしょう?」


「……×××だよ」


「……はい? 今、なんとおっしゃいました?」

「俺、クラスでみんなと一緒にいるってのが耐えられないんだよ。もっとはっきり言や、すっげー嫌なんだ。裏山はいいぞ。とても落ち着く。成績がどうとか、不良がどうとか言う奴なんて、ここには一人もいねーからな」

「否定するつもりはありませんが、それだと勉強についていけなくなりますよ?」

「ちゃんとここで勉強してるから、大丈夫だよ」

 祖父江は草むらから英単語ターゲット1900とチャート式数学問題集を出して、わたくしの前に並べた。なんなの、この草むらは? ドラえもんの四次元ポケットみたいですわ。

「では、訊こう。『temporary』の意味は?」

 唐突に、千乃が祖父江に問題を出した。

「天ぱらりと『一時的な』雨」

「ふん。ならば『deceive』はどうだ?」

「弟子ぶって『だます』」

「へえ。語呂合わせだけど、ちゃんと覚えているようだな」

「な? な? 俺は大丈夫なんだって! だから頼むよ、神様・仏様・加賀谷璃子様!」


 うーん、ここまで懇願されると困ってしまいます。敵に塩を送るというか、迷える子羊に愛の手を差し伸べるというか……いずれにせよこれ以上彼を責めることはできません。お嬢様とは、常に慈悲と慈愛の心を備えているものなのですから。


「わかりました、今回は見逃しましょう。ただしあなた自身もきちんと今後の身の振り方を考えて下さいね。いつまでもこのままではいけないのですから」

「ああ。わかったよ」


 これで祖父江も少しは大人しくしてくれるでしょう。風紀改善の仕事はいったん終わりということにして、別の校内問題の解決策でも練るとしましょうか。


 さて、生徒会室に戻ろうかな。


 そう考えて心の中で伸びをした時、足下にある、見慣れぬものに気がついた。

「なんですか、これ?」

 拾ってみると……、

「あ、そ、それは、だめだっ!」

 祖父江が慌てて手を伸ばしてきた。すかっ。かわす。どうもこれは双眼鏡のようだ。


 双眼鏡でなにを見ていたのだろうか。ここはライブが開かれるようなコンサートホールではないし、はたまた、ここからの景色は絶景どころか校舎と校庭くらいのものだ。いくら思考を巡らせても、双眼鏡なんかを使う用途が考えつかない。

 なのでわたくしはとりあえずのぞいてみることにした。百聞は一見に如かず、ですわ。


「わーっ! やめろやめろやめろやめろやめろやめろおおおおおおおおおおおっっ!!」


 なに、この反応!? 隠された印鑑を発見した時のマルサの気分です! なにかある!


「千乃、祖父江を押さえなさい!」

「はっ!」

 千乃が祖父江を素早く羽交い絞めにすると、たちまちに肩の関節が見事に極まった。


 ぎゃあー! じたばたじたばた。


「おかしいですね、校舎しか見えませんわ。女子更衣室もこの角度からは見えませんし」


 放せ――――っっ! ばたばたじたばた。


「おい! 神妙にしろ!」


 ぐきっ。うおおおおぉぉぉおおおぉおおおおぉぉお――――っ!!


「ん……? 校庭に誰かいますわ」

「お嬢様、誰がいるんですか?」


 校庭の端、体育倉庫の近くで一人の女子がなにかを食べている。わたくしは双眼鏡の焦点を調節し、視神経に全力を注ぐ。どうも女子は緑色をした塊を食べているようだけど……あれは、草だ。雑草を丸めたものを食べているんだ。しかもニコニコと笑いながら。近くに三人の女子が立っているが、そのうちの一人はアンリに違いない。ということは、


 ――草を食べているのは、ハヘ子さんだ。


 だったら謎は解けた。祖父江はいつも、この双眼鏡でハヘ子さんを見ていたのだろう。


「千乃、ハヘ子さんがいましたわ。今日もいじめられているようです……」

 わたくしが力なく言うと、千乃は黙ったまま祖父江の羽交い絞めをするりと外した。

 ごほっ! ごほっ! と祖父江は鋭い咳をするが、今は彼にかまっていられない。

「雑草を食べさせるなんて……」

 わたくしはそれ以上の言葉に、詰まった。

「ああ、あいつ、ちょっと変なところがあるからな」

 いつの間にか息を整えた祖父江がわたくしの横顔に言う。わたくしは眉を跳ね上げながら、祖父江の方を向いた。

「祖父江はハヘ子さんをご存知なんですか? では、どうして止めないのです?」

「あいつ、今、どんな顔してた?」

「え……」

「笑ってなかったか?」

「え、ええ……笑って、らした、ような」

「だろ? だからわかんねーんだよ。あいつが笑ってるのって、無理やりなのか、それとも、たとえいじめだとしても、ああやってかまわれているのを楽しんでいるのか」

 言われてわたくしは記憶を手繰った。そうだ、この前に水をかけられていた時も、ハヘ子さんは笑っていた。

「あいつ、成績も悪いし、授業中も寝てばっかりだし、おまけにドジっていうのかな……よく人にぶつかったり転んだりして馬鹿にされてる。だからもしかしたら、ああやってかまわれるのってあいつの唯一の楽しみなのかもしれない。そういうふうに思ったら、俺、止められなくってよ……」

「そうですわね。あなたのおっしゃるとおり、それはわたくしたちが判断できることではないのかもしれません。……でも、そうだとするとおかしなことが一つありますわ」

「はあん? なんだよ」

「あなた、どうしてそんなにハヘ子さんのことを知っているのですか? それにこの双眼鏡でずっと彼女を見ていたのでしょう。もしかして、あなたも彼女をいじめ……」


「違う!!」


 軽い地震が起こったのかと思ったくらいの激声だった。わたくしの声も大きいが、祖父江の声にはなにか情熱のようなものが混じっている。全身全霊の、否定の声だった。


「俺がなんでハヘ子をいじめないといけねーんだ! だって……」

 そこで、祖父江は両手で口を塞いだ。


 だって……?


「こらっ! 続きを言え!」

 千乃が祖父江の喉元にモップを突きつける。

「タバコやお酒の一件もあるんですからね」

 わたくしは涼しい目をしながら、静かに笑った。

「お、お、お前らああああっ! お前らの方がいじめじゃねーか! わかった、言うよ! 俺はな、ハヘ子のことが好きなんだよおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 ……え?

 …………うそ?


「ハヘ――――ッ!」(※注1 わたくし)

「ハヘヘ――――ッッ!!」(※注2 こちらは千乃)


 祖父江の告白を聞く直前までハヘ子さんの話をしていたので、ついついハヘ子さんふうに驚いてしまった。

 でもですよでもですよ! この野太くてごっつくてサボリで不良でノートに謎の暗号を書いていてバスケ部員に暴力を振るった祖父江が、あのハヘ子さんを好きですって!?


「ど、どうしてあの子が好きなのですか? あっ、もしかするとハヘ子さんがかわいいからですね? たしかにハヘ子さんはとてもかわいい女の子です」

「いや、それもあるけどさ……」

 祖父江は視線を外して頭を掻いた。

「あいつ、優しいんだよ。みんな知らねーかもだけど、ハヘ子って学校に迷いこんできた犬とか小さな子供とよく遊んでやってるんだぞ? 最初は怖くてべそかいてた子供も、最後の最後にゃ『帰りたくないよー!』とか言って違う意味で泣いてんだもんな」

 祖父江はわがことのように、胸を張ってハヘ子さんの自慢をする。

 ……へえ、ハヘ子さんにはそんなところがあるんだ。


 けれどよくよく考えてみると、ハヘ子さんからなんらかの悪意を感じたことなんてこれまでに一度もない。彼女はいつもクラスメイトを楽しませようと精いっぱい明るく振る舞っているし、そんなハヘ子さんが動物や子どもと仲良く遊んでいる様子は想像するに難くない。

 ハヘ子さんを選ぶだなんて、祖父江は見る目がある。他の男子とは、ちょっと違う。

 じゃあ、それだったら……、


「告白しないといけませんわね」

「どうしてそうなるんだよ!」


「簡単ですわ」

 わたくしはくすりと笑って祖父江に顔を近づけた。

「あなた方がつきあえばハヘ子さんへのいじめはなくなりますし、あなたの風紀もより改善されるというものです」


 そうだ。わたくしと祖父江の利害は一致しているのだ。わたくしの頭を悩ませている、ハヘ子さんとその周囲の女子の問題。それに、先生すらも見放した不良の一匹狼、祖父江そぶえとおるの問題。これらの二大懸案けんあん事項が一気に解決するではないですか! 祖父江の件はある程度のカタ(=脅迫)がついているとはいえ、ハヘ子さんの問題を解決する糸口を見つけられたのはわたくしにとって僥倖ぎょうこう以外の何物でもありません。

 わたくしがハヘ子さんと祖父江徹を繋げれば、誰もがわたくしを完全無欠の生徒会長と認めざるをえなくなるでしょう。わたくしを『ニセモノのお嬢様』だとか陰口を叩く方々も、きっとこれからはなりを潜めるはずです!!


 なのでわたくしは、祖父江の袖をぐいぐいと引っ張った。

「もし今すぐに告白できないのでしたら、せめて好きな人がいるかどうかだけでも訊きにいきましょうよ。幸い、わたくしたちもハヘ子さんを存じ上げておりますし」


 祖父江は腕組みをした。もりもりとした腕の筋肉が重なる。目を閉じて、ちゃんと真剣に考えてはいるようだ。

 暫時ざんじの後、祖父江はうっすらと目を開けて、仕方がないように呟いた。

「まあ、それくらい、だったら……」


 わたくしは深い屈伸の体勢で、唇を薄く曲げた。気がつけば、西日がじりじりと強くなってきている。ぼーっとしていたらハヘ子さんは帰ってしまうかもしれない。


 急ごう、ハヘ子さんの元へ。


 よいがやってくる前に――。

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