第一章⑩(粛清、粛清!)

 わたくしたちは校舎の一階まで下りて、体育館に続く連絡通路を進んだ。だけど体育館に入るわけではない。体育館を横目に通り過ぎると、その奥になだらかな山道が見えた。山道といっても草ぼうぼうの獣道などではなく、二人くらいの人間が横に並んでも楽に歩けるような広い道だ。舗装はされていないものの、砂地なので柔らかくて歩きやすい。


 ずんずんと山道を上っていく。左右にそびえるイチョウの樹。樹の幅は狭く、まるで縦縞みたい。黒褐色のコムクドリが葉の間を素早く抜けていく。途中で緩やかなカーブを左へと曲がり、さらに三分くらい歩くと、山と積まれた漫画雑誌が視界に入ってきた。


 ……いますわ。祖父江そぶえだ。寝転んだまま胸ポケットをがさごそと探っているのは、間違いなく祖父江そぶえとおる


「お嬢様、行きますか?」

「待って。あの方、タバコを取り出そうとしていますわ。現行犯で押さえましょう」

「御意、です――」


 ところが祖父江のポケットから出てきたのは、小さなノートだった。女子が使う手帳くらいの大きさで、山吹色の表紙もちょっとかわいい。これは拍子抜け。


「お嬢様、どうもタバコではないようですね……」

「まだです。きっとそのうちボロを出しますわ。もう少し待ちましょう」


 木陰からのぞくことしばし。またしても祖父江は胸ポケットに手を入れてなにかを取り出そうとしている。ははあ、今度こそタバコね。


「さあ、いよいよ検挙ですわ」

「モップがうなりますよ」


 決定的瞬間の到来を心待ちに、おしりともぞもぞとさせるわたくしたち。だけどその視線の先、現れたのはなんの変哲もない一本のボールペンだった。祖父江はノートを開け、そこにボールペンでなにかをしたためている。


 ……なにそれ? もう、限界です!


「ええい! こうなったら強行突破ですわよぉぉぉぉぉぉ!!」


 叫ぶなり、わたくしは樹の陰から祖父江に向かって猛ダッシュをかけた。今だけは『お嬢様』を封印ですっ! 撃滅げきめつ! 駆逐くちく! 草木一本たりとも残してはなりません!! わたくしは全身全霊の力をもって、ザ・不良、祖父江徹の素行を正してみせるのですっ!!


「やりましょう! 皇国の興廃、この一戦にありいいィィィィ――――ッッ!!」


 千乃の足音がわたくしの背中を追ってくる。祖父江はこっちに気がついたようで、目を大きく見開いてはガバッと飛び起きた。しかもさっき取り出したノートとペンをさささと胸ポケットに戻している。怪しい! これは怪しい! いよいよもって怪しすぎるッ!!


「な、なんだなんだ、お前ら!?」

「改善、改善♪」

「モップ、モップ♪」


 これは怖いはずだ。知らない女子が二人、猛ダッシュで迫ってきているのだから。

 さらに手にはモップ。もし捕まれば、なにをされるのかわかったものではない。


「検挙、検挙!」

「粛清、粛清!」

「お前ら、アブネえええええぇぇぇぇぇぇぇ――――っ!!」


 ひえーっ。祖父江はたまらず逃げ出した。敵に、もとい、わたくしたちに背を向けて。


 どおりゃあああああああッッッ! 祖父江の背後から千乃ちののタックルが見事に決まり、祖父江はべちゃんと地面にダイブした。顔面強打、アーンド、鎖骨付近打撲。


 ふにゃああっ! わたくしが千乃の上に飛び乗り、千乃はサンドイッチ状態へと化す。


「う、うふふふふふふふふふ」

 千乃は満面の笑みを爆発させている。ど、どうしたの?

「お嬢様、今日も幸せを感じさせて下さり、誠にありがとうございます。うふふふふ」

 どうもわたくしの身体の感触を背中全体で感じているらしい。


「うげえええええ……」

 千乃の身体の下から、断末魔の悲鳴が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます