第一章⑨(モップから出ているとは思えないほどの音だ)

 体育祭が終わり、ゴールデンウィークが明けた。月が変わったので生徒会の月間活動の内容も新しくなる。五月の活動目標は『学校内の風紀改善』になった。


 生徒会長、生徒副会長、書記、会計の四人で久しぶりに集まる。生徒会はこの四名で構成されているのだが、大抵の仕事は生徒会長のわたくしと会計の千乃ちので片付けているというのが現状だ。副会長は会議くらいにしか顔を出さないし、書記はその会議の議事録をとっているだけ。まあその方がわたくしにとっても都合がいい。生徒会長という地位をさらに強固にできるのだから。


 わたくしたちは、生徒会と先生で合作した風紀リストに目を通した。

 一見平和に見える三編みあみ高校にも、色々と問題はあるようだ。校舎の裏でタバコを吸う。部室の中で酒を飲む。隠れていじめや嫌がらせを行う。繁華街に繰り出す。競馬やパチンコに興じる。こういったやや重いものもあれば、軽い乱れについての記載もある。シャツをスラックスから出している。第一ボタンばかりか第二ボタンまでも開けている。アクセサリーをつけている。通学路を守らない(これは買い食いのためでしょうね)。そして、遅刻、無断早退、備品破壊……などなど。

 千乃が生徒会室の扉を壊して自らリスト入りしないよう、切に願っていますわ。


 それより、リストを最後まで読んでみて気がついたことがある。


「このリストに漏れはありませんか?」

 誰からも返答はない。千乃も軽く首を振っているし、皆気づいていなかったのかしら?

「ほら、あの男性が載っていませんわ」

「お嬢様、『あの男性』って誰ですか?」

「えっと、この部屋の窓から学校の裏山が見えますよね。そこでいつも咥えタバコをされている方がいらっしゃいませんか?」

「ああ、あいつは……」

 副会長が眼鏡を曇らせて、言った。副会長は草食系男子というよりはもやし系男子といった感じだ。こけし系女子の書記の表情もすぐれない。

「あの方をご存知なのですか?」

「あいつは、放っておいた方がいいですよ」

 副会長は神妙に言う。

「どうして?」

「あいつは二年生の祖父江そぶえとおるという奴なんですが、とんでもない不良なんです。去年の秋頃、バスケ部の部員を四人ばかりボコボコにしたとか。それでも全然反省の色を見せないものですから先生にも見放されて、授業中に抜け出そうが裏山で好き勝手しようが、注意すらされなくなったんですよ」

 ほう、あの男子が暴力事件まで起こしていたとは知らなかった。漫画やタバコにいかがわしい本くらいまでならまだかわいいものだけど、暴力まで振るうとなれば黙ってはいられない。生徒会長の威信にかけて彼を矯正する必要がある。


 ……といっても、果たしてわたくし一人で大丈夫でしょうか? 正直、不安はある。

「だから、やめた方がいいですよ」

 副会長は副会長なりに心配してくれているのだろう。

「いくら加賀谷かがやさんでも無理ですよ」

 書記も血色のいい唇を開いて、続く。

 しかし、これで余計に、わたくしの心に火がついた。


「お嬢様たるもの、不可能はありません! お二人が無理ならわたくしが参ります!」

「いいですね、お嬢様。であれば、私も加勢しますよ」

 千乃が掃除用のモップを握り、上段から中段にかけて素振りをすると、びゅおう、と風を斬る音がした。よもやモップから出ているとは思えないほどの音だ。

 さすがは千乃。こういう時には誰よりも頼りになる存在ですわね。

 わたくしは拳を固く握り、裏山の様子を確認する。


 ……いた。今日も祖父江はのんびり地面に寝転んでいる。すかさずわたくしは会議の終わりを告げ、千乃に向かって一つうなずいた。千乃もうなずき返す。わたくしと千乃は、生徒会室から威風堂々と出陣した。

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