第一章⑦(お兄様が、優しくしてやるからな)

 わたくしはバスタブに浸かっていた。


 天然ハーブのバスオイルが肌にとても心地よい。すっかり成長した胸がぽよぽよと湯に浮いている。もみもみ、と揉んでみる。もうこれ以上は必要ありませんから、どうか成長をお止めになって下さい。ダイエットと同じで、揉めば小さくなるはず。でも千乃ちのは「揉めば大きくなりますよ。本に書いてありました」と言っていたわ。どっちなのでしょう? わたくしはぬるめのお湯に浸かりながら、流行りの推理小説を半分くらい読んだ。


 バスタイムの後、髪を乾かして地下八階まで降りる。今からは家族との夕食の時間だ。


 加賀谷かがや家では味の強いものはあまり食卓にのぼらない。今夜のメインである、紅茶で蒸したポークがベルナルドの食器に盛りつけられている。

 お母様は現在、ボランティアで講演をしているためギリシャにいる。なので夕食の席に着くのはお父様とお兄様とわたくしの三人だけ。お兄様――加賀谷かがや栖汀すていは「うまい!」と舌鼓を打った。いつもおいしそうに食べるのがお兄様のいいところだ。


 食事中は、基本的にお兄様が色んな話をしてくれる。友達の話とか、昔の話とか。それをお父様とわたくしがふんふんと聞くのが、加賀谷家の食事模様なのである。


 食事が終われば、リビングに留まるもよし、それぞれの部屋に戻るもよし。それは自由だ。ただ、わたくしとお兄様には毎日の決まりごとがある。


 わたくしは毎夜二十一時が訪れる度に、お兄様の部屋に行くのだ。

 今夜もエレベーターの扉が開いたところに、お兄様が立っていた。


璃子りこ、どうして薄着じゃないんだ? もう四月だぞ、暑いぞ」

「四月ですからまだ暑くはありません。それに、暑ければ冷房をつければよいのです」

「じゃあ、夏になったら薄着になるのかな?」

「暑くなったら、仕方ありませんね。夏にコートを着るというのも変な話ですし」

「だよねっ! はーやく、なっつが、こないかな――――っと♪」


 はあ。また今日もおかしなノリで始まった。


 お兄様は美男子で背も高いのだけど彼女はいない。昔からいつも「璃子! 璃子! 璃子ちゃあ~~ん、おにいちゃんと遊ぼうよう~~」とわたくしにつきまとってきた。わたくしは小学校六年生の時に、勇気を出して「さすがに恥ずかしいですわ」と言った。

 そしたらお兄様は……。

「そうかお前もついに大人になったか。非常に! 非常に惜しいがこれをやろう!」

 と、○○○とか×××とか(ピ――)みたいなものをくれた。

 わたくしが、お兄様を初めて殴った夜だった。


 とにかく今日の決まりごとを始めなければならない。わたくしはゴホン、と咳払いをして真面目モードを演出する。

「では、今夜も始めましょうか」

「うむ。お兄様が、優しくしてやるからな」

「はい?」

「痛くない、という意味だ。破瓜の瞬間は激痛らしいからなぁ」

「……そろそろお話を始めてよろしいですか?」

「よしっ! まずはブラウスのボタンを外すとこからいくぞ! このブラウスのボタンというのが馬鹿にできなくてな。この関門を突破できれば後はなし崩しでオッケーだ! いかにしてボタンを外すかどうか! 研究の成果を発揮する時、来たれりいぃぃっ! 北斗神拳二千年終焉の日ぬはははははははははははは! うごおおおおおおおおおっっ!?」

 一発、右前頭骨にぶちこんだ。なんの研究だっていうのよ!?

「虎穴に入らずんば虎子を得ず!」

 がつ――っ! 二発目、頬骨にいい角度で入る。

「毒を食らわば皿までもぉぉぉぉォォ!!」

 ぼこ――っ! 空を切った突きをブーメランのように戻し、延髄に一撃。

 俗にいうラビットパンチである。


 後頭部を殴ったため、お兄様はぐらりと前傾し、わたくしの胸の中にぽよよんとノックダウンされてしまった。しかも気絶している。


 いやあ、なんといいますか……今夜も遅くなりそうですわ……。

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