第一章⑤(連れてけ、連れてけ♪)

 わたくしと千乃ちのは帰宅し、一階の扉を開けた。


「ただいまですわ」

「ただいま――」

「あらあらお嬢様、千乃ちのさん、おかえりなさい」

 一階出入口担当の夢野ゆめのさんが、わたくしと千乃の靴をテキパキと揃える。

「ではこちら、磨かせていただきますね」

「いつもありがとうございます」

 わたくしが深々と頭を下げると、夢野さんの目はまんまるになった。

「まあっ! お嬢様がそのようにぺこぺこと頭を下げてはいけませんよ」


 夢野さんはたしか三十歳くらいの女の人だ。いつも笑顔なので、見ているとこっちもつられて笑顔になってしまう。彼女は笑顔の達人ともいえる。だからこそわかることもあるようで、つくり笑顔をして辛い気持ちを隠している時など、夢野さんには一番に見破られてしまう。


「お嬢様、千乃さん」

「はい」

「なんですか?」

「今日のお夕食前のバスタイムはゆっくりとリラックスして入って下さいね。そうすればきっと、お夕食もおいしく召し上がれると思いますよ」

 やっぱり、ばれてた。千乃も苦笑している。


 ま、夢野さんの言うとおりで、辛いことは自分自身の力で打破していかなければならない。だからわたくしは、千乃の背中をぐいぐいと押した。

「そーれ千乃、エレベーターまで連れていきますよ――っ!」

「ありゃりゃ、連れてかれちゃいますか!」

 そこで、にっこり。ようやく千乃が笑ってくれた!


「連れてけ、連れてけ♪」

「エレベーター、エレベーター♪」


 二人してわけのわからない歌をうたいながらエレベーターの降下ボタンを押した。エレベーターが到着すると同時に、千乃をそれそれと中に押しこむわたくし。夢野さんは「うふふ」と口元を手で隠し、わたくしたちの方を弓形の目で見ていた。


 千乃の部屋は地下二十六階、わたくしの部屋は地下七階にある。

「それではお嬢様、なにかあればまた内線を下さい」

「ええ。それではよい夜を」


 千乃とは地下七階で、しばしのお別れをした。

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