第一章③(刺されますわ! 危ない!!)

 一時間目と二時間目の間の休み時間。


 わたくしは雑然とした教室で、クラスメイトと話していた。わたくしの机を囲む形で四人が集まって、流行の映画とか音楽とか、そういうたわいもない話題を交わす。わたくしのクラスは大人しい子が多いからか、なかなか自分から話をしてくれない。だからいつもわたくしが話を振る役になっている。あまりに話が広がらない時には、わたくしがお嬢様らしい自慢話も加え、皆はそれを真面目な顔で聞いてくれる。嬉しい限りです。


 わたくしは友達が多い。友達は、ある程度はわたくしのことをお嬢様と認めてくれているし、もしかすると生徒会長であるわたくしと話せることを光栄に思っているのかもしれない。そう考えると、ちょっと鼻が高くなるような気持ちにもなる。

 しかしクラスの中心人物は、実はわたくしではない。


「へぇ――っ! あっちゃんってジュディマリ好きなんだ!」


「そうよ。ハヘ子も知ってるの?」

「うん! いいよね!」

「ね。『帰れない2人』なんて名曲だと思うわ」

「えっと、あれだよね、あのアルバムの……」

「サードアルバムの一番最後だっけ」

「そうそう! ハヘ――っ!! わたしもそれ好きっ!」


 こういう会話は日常茶飯事で、ハヘ子さんは誰の話に対しても「へえっ!」とか「すご――い!!」と驚いた声を出す。ハヘ子さんの声は大きいのでクラス中によく響き、彼女が教室にいない時には、しーんとしてなんだか不思議な気分にさえなってしまうほどだ。とにかく彼女も友達が多いのはなによりなのだけど、ただ気になるのは、先日の『樹から飛び降りて宙返り』みたいなノリが時折発生することである。


「ハヘ子、昨日見せてくれた手品、やってよ」

「いいよーん」

 ハヘ子さんは相手が引いたカードを当てるというトランプ手品を披露しているようだ。

 まあ、こういうのは平穏でいい。問題はこれがエスカレートした時である。


「じゃあ、次はマッチやって!」


 きた、これだ。


「おっけー、おっけー」

 ハヘ子さんはカンガルーのぬいぐるみをつけたバッグからマッチの箱を取り出し、それをシュッと擦った。たちまちに点る、鬱金うこん色のほむら。

 ハヘ子さんが火のついたマッチを口の中に入れると、周りの子がわあっと騒いだ。

「うわぁっ!」「すごっ!」

 誰もがサーカスのクライマックスの演技を見るような、驚愕の表情をしている。

「んべえっ」

 口からマッチを出すハヘ子さん。火は消えていた。たぶん、口の中で消したのだろう。

「すごいすごい!」

「またハヘ子が伝説をつくっちゃった!」

「伝説! 伝説!」

 周りはいっそう喜色を表す。喝采かっさいを受けて、ハヘ子さんも嬉しそうな顔をする。


 でも、やっぱり……。


 先日ハヘ子さんが飛び降りたのを見ていて思ったのだけど、彼女のやることなすことは全て危なっかしい。ハヘ子さんは人を喜ばせるのが好きなようで、そのためならどんなことでもやるに違いない、でも、果たして本人はこういう立ち位置で辛くないのだろうか?

 ただ、ハヘ子さんは誰かが喜んでくれたら自分も同じように喜んでいるだけなのだし、まあ、本人がそれでいいのならこの問題の解決は先送りにすることにしましょう。


 わたくしが生徒会長としての取り組みに思いを巡らせていると、誰かの「蜂がいる!」という鋭い叫びが鼓膜を叩いた。窓の隙間から、はぐれた蜂が入ってきたみたいだ。


 もちろん教室の中は大騒ぎになった。入口の扉付近は大混雑。滑って転ぶ人もいる。わたくしも例外ではなく、皆と一緒に廊下へと脱出することにした。

 だけど、お嬢様は常に慌ててはならない。無様に見えるからだ。

 ゆっくり、ゆっくりと人の間を縫って、廊下へと出る。ほっとひと息。ところが――、


 なんと、ハヘ子さんがまだ教室の中に残っていた。それどころか全然動こうとしない。


「どうしたの?」

 なんてのん気なことを言いながら、目をぱちくりとさせて。


「あなた! 早くお逃げなさいっ!」

 わたくしは誰よりも先に、叫んだ。

「へ? どうして?」

「蜂よ。蜂がそこにいるでしょ? ほら、あなたの目の前の机に止まっていますわ」

「え? この机?」

 ハヘ子さんが人差し指で机を指し示す。

「そうよ、その机」


 ここでわたくしは気がついた。

 わたくし以外、誰もハヘ子さんに避難をうながしていないことに。もしかするとハヘ子さんが怪我をしてしまうかもしれないのに……どうして?


「なにもいないじゃない」

 ハヘ子さんは無防備に手を机に伸ばした。刺されますわ! 危ない!!

「えっ」

 言った瞬間、ハヘ子さんは手をぴたりと止めた。


「……い、痛い――――っ! 痛い! 痛いよう痛いよう!」


 ハヘ子さんを刺した蜂は力なく窓の外へと飛んでいった。泣きべそをかくハヘ子さんの手の甲は、ブロックチョコレートくらいの大きさに盛り上がっている。


「早く保健室に行きましょう!」

 わたくしはハヘ子さんに、寄った。

「だ、大丈夫だよ。一人で行けるよ」

「馬鹿なのですかあなた!? ほら、わたくしもついていきますから」

「大丈夫だよ、全然大丈夫! へへん、大丈夫V!!」

 ハヘ子さんは無事な方の手でピースをした。そこまで拒否をされると、無理してついていっても意味がないのだからこっちとしてもやりようがない。ハヘ子さんは手を押さえながら、ふらふらと廊下を歩いていった。


 そして印象的だったのは、その時のクラスメイトの表情だった。もしわたくしの思い違いや見間違いだったら失礼申し上げますわね。それでもわたくしには、クラスメイトが皆――笑っているように見えたのです。


 そんなこと、あるわけがないのに。

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