4. 理由

 ファリア奪還作戦を発令して2週間程度経ったある日。

 エイジス諸島連合からユエルビア共和国へ、直接通信でとある交渉が持ちかけられた。

 それは大陸を一部奪還したのでその領土をユエルビアに返還するというものだ。


「……にわかには信じがたい。こう言ってはなんだが、我が国は先日そちらに攻撃した。そして、私はそれを命じた張本人だ。それを前にして、なぜ領土を返還する、という交渉を持ち込む」


 ガイナスがユエルビア官邸の執務室より警戒しつつ、モニター越しのイツキに向かって話す。


『弁明の機会なく攻撃したことに対して、報復を行いました。ですが、警戒して攻撃された理由もわかるつもりです』

「ほう?」

『ヤナギから聞いています。フェアリスから直に情報が得られていた首相はケートスの危険性について知っていた。だから、強引な理由を持ち出してでも制圧しておきたかった、でしょう?』


 ケートスの武装については曖昧にしか聞いておらず、利用することしか考えていなかったが、そこは無言でとどめる。先制攻撃した理由を勝手に推測してくれるなら特に口をはさむことはない。


『理念については先日の第一次オービス会議で述べたとおりです。積極的に攻撃しない限り、こちらから応戦することはありません。目的達成のためにも他国との戦闘は避けたいのが本音です』

「なるほど。だから、停戦交渉の材料に領土を取引に持ち出した、と」

『その通りです。国の戦力を大きく削った手前、ユエルビアから見たエイジスへの印象は最悪でしょう。もし、ユエルビアから融和を成功できれば、他国から交渉の余地があると印象づけられる。そんな狙いがあります』



 ガイナスは顔の前に手を組んで思案する。やや本音を打ち明け過ぎている気もするが、狙いについては納得できる。

 だが、そのまま領土を受け取れるか、というとそういうわけにはいかない。

 正直、ガイナスとしては領土を譲渡してくれるというなら、敵対している国とはいえ、一もニもなくとびつきたい。他の国よりも領土が少ないことがユエルビアは大きく響いており、他国よりも遅れをとっている。領土があれば、プロームの工場や製鉄所など様々な軍事設備を増やすことができる。他の国よりも優位に立ち、いずれエイジスに一矢報いることもできるだろう。

 ただ、狙いは聞いているにしても、こうも簡単に渡すことは考えにくい。こちらの取り分があまりにも大きすぎるのだ。

 ゆえに、ガイナスは申し出を受けることに躊躇していた。




 一方でケートスに設けた専用の会議室よりガイナスと音声通信をしているイツキも、なかなか返答のない様子から、ガイナスから警戒されているのは理解していた。先日軍を壊滅させた後の、この行動である。

 いくら信頼回復のためとはいえ、エイジス側のメリットが無さすぎる。警戒するのも最もだ。


(出すなら、ここですかね)


 イツキは一つうなずくと、今回の交渉の第一目的を切り出すことにした。


「確かに無償返還はそちらとしても心苦しいでしょう。でしたら、ヒューマン、人材と引き換え、はどうでしょう?」

『ふむ』

「なにぶん新興国ゆえに人手が不足していまして。資料で提示している施設で働いている者達が、生産力が高いと聞いています。こちらは引き続きファリア大陸のケイオスの駆逐を行うので、箇所を広げ次第、またいくつかの施設と取引させていただく。いかがでしょうか?」


 今回の交渉のメインの目的は人の救出だ。ミナトから情報をもらい、黎明の旅団が襲撃する予定だった施設を合法的に取引で奪取する。正確には子どもを含めた人員を、だ。

 リストに上げた施設は強制収容所のような施設である。環境も劣悪、ゆえに生産性がよいように思えるが、実際にはそれだけ燃費の効率も悪い。ガイナスから見れば、手放しても痛くもかゆくもない人材のはずだ。


『構わない。妥当な取引だ』


 読み通り、鷹揚にガイナスが提案に対して乗ってきた。

 敵対視されている相手と取引できたことは、成果として上々である。

 その後、どのように報道で今回の件を伝えるのか打ち合わせを進めていく。

 話題が進んだ後で、手ごたえを確信したイツキはガイナスにもう一つ交渉を持ち込んだ。


「それと、今回の作戦で得られたケイオスの死骸を全て頂きたいのですが、よろしいでしょうか? 流石に地面に流れた体液だけはプロームの燃料になるので回収しないでいきますが」

『なんだ、そんなものか構わない。戦利品として持っていくといい』

「ありがとうございます」


 領土を渡す以上、得られるケイオスの素材もユエルビアのものだと主張される可能性を考えていた。だが、明け渡してくれると聞き、イツキは感謝を伝えつつ表面上は穏やかに微笑んだ。

 


 ◇



 ユエルビアの首相と通信を用いて交渉すること、その内容を旅団のメンバーから聞いたミナトは会議室から出てきたイツキを見つけて声をかけた。


「イツキさん、お疲れ様です」

「ミナトさん? どうしたんですか?」

「いや、緊急のことではないんですけど」


 呼びかけたものの、どのように声をかけるか今更ミナトが悩み、言いよどむ。しかし、ここは下手に話を濁してもわからないだろうと思い直し、正直に問いかけることにした。


「黎明の旅団の人たちから聞いたのですが、今回エイジスが表立ってユエルビアとの交渉に立ったと聞きました」

「ああ、そのことですか。ミナトさんの耳にも入ったのですね」

「今回の作戦で取り戻した領土を引き換えに人を交渉している、と聞きましたが、本当にいいのですか? 国としての取り分がないのでは?」

「団長からもその点については、聞かれましたね。正直、こちらはあまり領土拡大に興味は無いんですよ。あっても管理するだけの人手もありませんから」

「はあ……」


 他の国々が躍起になっている領土についてあっさりと興味ない、と言われてミナトが面食らう。


「ただ、よくユエルビアの首相も交渉に応じましたね。ユエルビア側に黎明の旅団とエイジスがつながっている可能性も疑われたのでは?」

「話題には出ませんでしたが、考えてはいるでしょうね。そもそも第一次オービス会議の時に、キナイ島で共闘している場面を見られましたから。ですが、それ以上にユエルビアは領土が他国と比べて少ない。ファリア大陸はかなり魅力的に映ったはずです」


 確かに、条件としては破格すぎるだろう。それだけ領土に固執しないエイジスのスタンスが奇異とも言えるのだが。


「それで助けた人は、エイジスの住民になるわけではないのに?」


 黎明の旅団から聞いてミナトが驚いた点だ。

 今回の交渉で得た人材は、表向きとしてはエイジス預かりになるが、黎明の旅団を通じてサテライトないしは、各国の比較的安全な地へ送られることになる。

 つまり、今回の交渉はエイジスにとってまったくメリットがないのだ。


「メリットはありますよ。それで、人がロストを繰り返す事態が減り、引いてはそのさきの精神が壊れてしまう事態を防げますから」


 語るイツキの目は、穏やかでどこか遠いもの見ているように思えた。


「なぜ、そこまで人助けをするのですか?」

「え?」

「自己犠牲じゃないですか。子どもとか助けることにもほとんど意味はない。にも関わらず、なぜ?」

「人を助ける、理由ですか?」

「はい」


 どう思っているのか、その目で何を見つめて考えているのか、純粋に思ったがゆえの疑問だ。

 本当に善意からなのか、それとも他の為政者と同じ虚栄心なのか。

 見極めたいと思い、ミナトは答えを待つ。


「えーと……」


 しかし、問われたイツキは先ほどまでの、すらすらと答えていた様子とは異なり、困っている様子であった。

 訝しく思い、問いかける。


「あの?」

「あ、ああ、いや、その待ってください。まさか、そこまで理由を問われるとは思ってなかったので。少し時間をください」


 狼狽えるようにイツキが懇願すると頭を抱えて思案をはじめた。真剣にぶつぶつ呟きながら考え込んでいる様子は、本当に今理由を考えている様子だ。

 一連の行動に、ミナトが呆気に取られる。


(つまり、この人は本当に打算もなく助ける選択をした、ということなのか……?)


 打算しているのであれば取り繕う理由を用意しておくだろうし、国の利益を追及する傀儡であれば、尚のこと、こんな反応は返ってこない。


(ということは、先日のサテライトでの行動も全て?)


 利益も見返りも求めてない行動だったということだ。


「ふっ、はは……」


 理解したと同時にミナトは思わず笑ってしまった。

 こんな人物がこの世界にいたのか、と思う。

 弱者がどうしようもなく使い潰されて壊されていく世界で、理由もなく救うことを選ぶことができる人物が。


「どうしたんですか?」

「いえ、何でもないんです。たまらなく今うれしくなってしまったんです」


 面白いものが見れると言っていたケイトの言葉がよぎる。確かに、話してみて良かったと心の底からミナトは思った。


「すいませんでした、変なことを聞いてしまって、もう大丈夫です」

「え、ですが問いかけに答えられていないのですが?」

「いいんです。今の反応が答えのようなものなので。ありがとうございます、失礼しました」


 はあ、と要領を得ないといった様子でイツキが首を傾げる。さらに可笑しく思いつつ、笑顔で一礼すると、廊下を歩いていった。



 ◇



 数日後、ケートスからタイタスに到着したミナトは新設したばかりの活動拠点へと移動し、備え付けの通信機器からある場所へと連絡を取った。

 一応秘匿回線を使用した通信ではあるものの、やり取りをエイジス側に傍受されるかもしれない。しかし、聞かれてもかまわないと、ミナトは開き直っていた。


『ミナト君か、どうした?』

「少し報告がありまして、アナンさん」


 ミナトの通信相手は、サザン貴族院主席のアナンであった。


『いきなりだな、時差を考えてほしいものだが』


 時計から推測するに、サザンの貴族院官邸では夜22時頃のはずだ。


「この時間に官邸にいる、ということは。どうせ仕事していたんでしょう? それより、エイジスの内情について報告します」

『ほう?』

「アナンさんはワタセ家が精神束縛を受けている、とおっしゃっていましたが、僕にはそう思えませんでした。少なくとも、イツキ皇とケイト皇妃に関しては白だ、と判断します」

『ふむ、根拠は?』

「それはあえて言いません。もう一度会っていただければわかると思うので」

『そう来るか。しかし、それでは私は動かないぞ?』


 アナンが軽口を叩くように返す。その口調の裏側で慎重にこちらを探っている気配を感じた。

 おそらく、ミナトにフェアリスからの精神干渉があるのではないか、と疑っているのだろう。

 だが、ミナトとしてもここで引くわけにはいかない。


「そうですか、なら僕はこのままエイジス専属の医師として働こうと思います。そちらの方の立場を辞職させていただいて」


 がたっという、何かが崩れる音が通信機の向こう側で聞こえた。


『なんなんだ、一体? 何の宣言だ?』

「それだけ本気ってことですよ。はっきり言うなら、エイジスの皇と王妃、2人の人柄に惚れたってところです」


 む、とアナンがうめいた後、沈黙する。

 ミナトとしては、最大限持てるカードを切って交渉しているつもりだ。ここでアナンを動かせるかどうかで情勢は大きく変わる。もし、会談が実現すれば、サザン、エイジス双方の利益になるだけでなく、黎明の旅団、その他戦争否定派にとっても救いになるはずだ。

 そう信じて、ミナトはアナンからの返答を待つ。

 緊張の空気が流れた後で、ため息が聞こえた。


『まったく、わかったわかった、私の負けだ。会ってみよう。セッティングはそちらで頼む』


 降参といった様子でアナンが言った。


「主席、感謝します」


 動かすことができたことに安堵しながら、ミナトはにこにこと微笑んだ。


「じゃあ、僕はこれからエイジスで仕事があるので、これで。また追って連絡します」

『おい待て、さっきの仕事辞める云々はブラフじゃなかったのか?』

「本気に決まってるじゃないですか。これから、子どもとか、労働奴隷を受け入れるそうなんです。忙しくなりそうなので、医療環境とか福祉環境を整えないと。イツキさんからそのように指示をもらってます、具体的に」


 今まで大っぴらにできなかった活動ができるのである。おまけにタイタスの設備、資材はかなり豊富だ。

 これから開いていく可能性、できることを考えてわくわくしながらミナトが話す。


『なんだそれは? 建設的な話なら詳しく聞きたいんだが』

「興味をお持ちでしたら、今度会った時にイツキ陛下に直に聞いてください。たぶん実りの多い会談になると思いますよ。では」


 ミナトは上機嫌のまま一方的に通信を切った。今まで振り回されることが多かった上司なので、痛快な気分である。

 その時、ふっと気配を感じたので視線を傍らへと移す。目線の高さの位置に、亀のぬいぐるみが浮かんでいた。

 タイタスの機能を司っているフェアリス、ロータスだ。


「いいのか?」

「国を捨てたことですか? 構いませんよ。それよりも、スパイということで僕を捕えます?」


 ミナトの開き直りに対して、ロータスは首を振った。


「いい。イツキ殿とケイト殿から人手不足なわけだから、情報屋とか裏事情があっても福祉事業にやる気のある人は受け入れろ、と指示された」

「見抜かれてましたか……。まあ、当然ですかね」


 そう言うと、ミナトは苦笑した。スパイの可能性を知っててもなお、受け入れる。ますますその気概を嬉しく思った。


「そういうわけだから、協力する。ほしい設備があったら言ってくれ」


 ロータスが提案すると、ミナトは目を輝かせた。


「本当ですか? でしたら、医療設備とか増強したいと思ってたんですよね。じゃあ、こっちの方に……」


 ロータスとともにミナトは話し込みながら歩いていく。その背中からは、嬉しさが滲み出ていた。

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