10. 決意の先に (2)
ケートスの表層、地上では。
上空で敵艦隊の攻撃を受けて散っていくフェアリスたちが戻ってこれるよう、ナノは感応能力を使って呼びかけ続けていた。
「ナノ、危ないのです! 戻るのです!」
「けど、みんなが帰ってこれなくなっちゃう!」
しかし、ノウェムの制止にナノは涙を浮かべて拒む。
敵の飛空艇からプロームが降下していることを察知していた。もたもたしていたら、プロームの襲撃を受けてしまう。
先ほど、会議場の様子で宣言されたことがノウェムにはヤナギを通して聞こえていた。
やりたくなかったがしょうがない。
「ワタセ・ナノ皇女殿下」
ノウェムがそう呼びかけると、トリガーであったかのようにナノの身体が硬直し、表情が人形のように固まる。
(え?)
「ここは危険です。ともにケートス内部に避難しましょう」
意志に反してこくり、とナうなずくとノウェムの後についてナノは歩きだす。
話すこともできず、心の中でナノはノウェムに話しかける。
<ノウェム!? これ、何!?>
<すいません、ナノ。あなたの精神を束縛させてもらいました。イツキ、ケイト、ハルカも同じようにさせてもらってます。あなた方を守るにはこうするしかなかったのです>
申し訳なさそうにノウェムが話す。
家族も同じことになっている? そして守るためにそうするしかない? 体が動かないことによる戸惑いもあり、ノウェムの話していることが理解できない。
二人の背後から、巨大な影が降りる。
上空の戦火を逃れ、ケートスに上陸したユエルビア共和国のプロームが斧状の武装を構えていた。
「皇女殿下!」
脇からフェアリスが操るプロームが間に入り、長剣を掲げて振り下ろしを防ぐ。
「ノウェム、頼む! 殿下を中へ!」
鍔迫り合いで、敵機の攻撃抑え込む。
しかし、無情にもプロームの背部へ次々と降り立ったユエルビアのプロームが串刺しにしていく。
鈍い音ともに、周囲に流体エネルギーが飛散する。
ナノの表情は変わらない、叫び声もあげられない。けど、心の中では絶叫をあげていた。
<いやああああああっ!!>
「殿下!急ぐのです!」
ノウェムが急いでナノを逃がそうと声をかけ誘導する。乱れた感情が束縛を阻害し、立ち止まってしまう。
「捕えろ!」
隊長機の指示を受け、トドメを刺したうちの一機、プロームの無骨な機械の手が少女へと迫る。
その寸前。
水色の槍がナノへと伸ばそうとしていた腕部を止めるように突き出された。
「恩人を殺されたら困る。そして、この子は子どもたちの大切な遊び相手なんだ。傷ついたら悲しむ」
槍を持った水色のプローム、清澄の乗り手である少年、リュウが淡々と話す。
絡めとるように腕を弾くと、素早く槍の先端が動く。
正確無比な槍の突きが、まるで散弾のように腕部、脚部、頭部、そしてコクピットのある胸部を突き抜けた。
「かはっ……」
血でむせたような相手の吐息が聞こえると、敵プロームが空を仰ぐように倒れた。再び動く気配はない。
「あ、あなたは」
ノウェムが驚く。それは、1ヵ月半前に墜落してきた飛空艇の集団のプローム乗りだった。
「いよいしょおー!!」
威勢のいい声が響くと、周囲を包囲しようとしていたユエルビア軍のプロームが爆発した。
爆風に煽られる前に清澄がシールドを張ったため、余波がナノまで及ぶことはない。
離れた箇所を見れば、杖のような、バズーカ砲のような武装を突き出すように構えた真紅のプローム、ディザスター・ケインが佇んでいた。
「ルイ、派手にかますのはいいけど、周りの迷惑考えてよ」
「リュウが守ってくれればいい話でしょ。まったく、無抵抗の幼い女の子に、プロームで襲うなんて何考えてんのよ!」
リュウがたしなめるものの、怒る少女、ルイが止まる様子はない。
「しかも、ちょこまかと降りてくるんじゃない!」
怒りの声とともに、今度は武装の先端を上空へと向けレーザーを放つ。
赤い光の線が空中で分散すると、降下途中のプロームが上陸する前に撃ち落としていく。
「ましてや、その子、皇女様なんでしょ、簡単に手ぇ出してんじゃないわよ!」
ルイの言う言葉にナノの心がびくりと震える。さっきもノウェムが言っていたが、何なのだ、それは。
<ヤナギが、いえ、イツキがここを一つの国として名乗りをあげたのです。もはやここはエイジス諸島連合皇国。勢力の一つであり、あなたは皇女となったのです>
説明されるも即座に理解できない、飲み込めない。
戸惑うナノをよそに、躊躇なく敵のプロームの群れが迫る。
水色のプロームが槍を構えると、その脇から翡翠色の2連のダガーが敵機の攻撃を止めた。
リュウが翡翠色のプローム、風招へと声をかける。
「アヤメ、もうそっち片付いたの?」
「飛空艇が庇うことしかしてなかったから油断してたみたい。機体性能も上がってたから楽だった」
アヤメが言葉を返しつつ、即座に翡翠色のプロームが回転した。防御からの攻撃への一瞬の切り替えに、敵機が対応できず、ダガーの斬撃を受けて両断される。
「化け物めぇ!」
暴言を吐きながら1機が斧を振りかぶりながら迫る。
だが、読んでいたかのように風招が斬撃を機体を屈ませ、回避。
その間に、ダガーの柄を接続して双刃刀にし、一閃。崩れ落ちるプロームを蹴り飛ばした。
「切っても切っても沸いてくる。虫じゃないんだから」
刃についた流体エネルギーを振り払う風招の中で、不機嫌そうにアヤメがぼやいた。
「強い……」
あっという間にプローム数機を僅か3機だけで撃破した様子を見て、ノウェムがうめく。
あのハルカとチームを組んでいただけあって、強い。並のプローム乗りではまったく歯が立たない。
(ですが、数が多すぎるのです)
包囲されている状況は変わらない。支援はありがたいが、どうやって安全圏まで退避するか、ノウェムが思案を巡らせる。
ヴォアアアアアアッッッ!
ケートス全体が振動し、咆哮をあげた。
「な、なに!?」
「きゃぁっ!」
「……うるさい」
たまらずプロームの中でリュウ、ルイ、アヤメの3人が声をあげる。ナノは声もだせないままだ。
咆哮がやんだと思うと、突然、上陸してきたユエルビア共和国のプロームが宙に浮いた。
「え、えぇ!?」
「な、なあ」
「空におちる!」
まるでケートスにいることを拒まれたようにプロームが次々と重力の支配を離れ、空へと落ちていく。
『子どもたち、これから飛び立ちます。すでに船は回収しました。中に入りなさい』
「ツバキ!」
ノウェムが声の主に気づいて叫ぶ。
同時に、清澄、ディザスター・ケイン、風招が地中に沈んでいく。他のプロームとは反対に受け入れていくように。
沈んでいく感触に驚く間もなく、3機とナノは地中へと消えていった。
◇
ケートス深部。
SF映画にでも出てくるような、青白い灯りを反射する金属性の廊下を軍靴の音を響かせ、一人の女性が歩いていく。
身にまとう服はイツキと同じ群青色のコートと軍服だ。
廊下の終点である、ブリッジへとたどり着く。
奪還後に、機能を細分化させて効率運用するために設立されたものだ。各モニター前の座席では半獣人型のフェアリスたちがいるものの、慌ただしく行き交い混乱している様子が伺える。
そんな空気に反し、堂々と指揮官席のそばに立つと、女性は口を開いた。
「各員、注目!」
号令にフェアリスがぴたりと止まり、指揮官席に注目する。
「私の名は、エイジス諸島連合皇国、皇妃、ワタセ・ケイト! ケートスの指揮官である! これよりケートスの船員は私の指揮下に入り、私の命に従え!」
軍服を着た女性、ケイトは続ける。
「総員、イツキ陛下の命は聞いていたはずだ! これより、ケートスを発進させ、攻撃を仕掛けてきた者たちに反撃を開始し、同朋の無念を晴らす!」
ケイトは堂々と指揮官席に座ると号令を発する。
「重力性エンジン始動、総員、発進プロセス開始!」
「い、イエス・マム!」
号令を受けてフェアリスたちの動きが各々の役割に集中するものになり、統制がとれていく。
今まで指揮する者がいなかったために困惑していただけだったようだ。
<だいぶ、ノリノリでやってるわね>
ツバキが心の中でケイトに話しかけ、くすくすとおかしそうに笑う。
<こんな感じでいいのかしら?>
<十分よ>
<ああ、本当だったら、口調戻したい。肩が凝りそう>
心の中でツバキと軽口を飛ばしていく。しかし、ケイトの表情は憮然としたままだ。
<ところで、イツ君と連絡とりたいけど、それはできない? 思念伝達みたいな感じで>
<距離があるから、ナノとノウェムがいないと難しいわね>
話をしていると、そこへナノとノウェム、およびリュウ、ルイ、アヤメの4人がブリッジに入ってきた。
加勢に来てくれていたのは、ツバキから聞いていた。そして、彼らが乗ってきた飛空艇および子どもたちはすでに回収している。
ケイトは立ち上がると微笑んだ。
「私の娘を助けてもらったそうだな、感謝する。連れてきた子どもはすでにケートス内で保護しているから、行って安心させてやるといい」
その口調は、威厳に満ちたものであり、以前会った時とはかけ離れていた。リュウとアヤメはやや困惑する、が。
「かっこいい……」
ルイは一人、目を輝かせた。
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