8. 会議という名のゲーム (2)
「ここで一つ議論したいことがある」
午後分の会議が開会となり、引き続き疑惑を追及するものと参加者は捉えていた。
しかし、開始早々にノトス主席ヤムナハが一石を投じた。
「先日、サザン貴族院主席令嬢である、ユイ・ゴドーがエイジス海域付近で失踪したと一報が入った」
イツキが表情を変えないままも、驚く。
話題に出る可能性は考えていたが、貴族院と裏で対立しているという共和院側から上がるとは思っていなかったからだ。
「アーブル主席……」
アナンが呻くように声をかける。
「いえ、ゴドー主席が言わないのがなぜかと思いまして。我等は国を同じくした盟友。その内情は知っていますとも。事と次第によっては私の娘になるかもしれませんし。気に掛けるのも何も疑問ではありますまい」
ヤムナハが朗々と語ることにアナンの表情は変わらない。
しかし、アナンの周囲だけ空気が明らかに違う。その表情の奥でマグマのような激怒が渦巻いているようにイツキには思えた。
「そして、休憩のとき、我が軍がある情報を入手しまして。こちらをご覧ください、我が領土にある島、この天空会議場から近いキナイ島の映像です」
ヤムナハの合図を受けて会議場の壁にスクリーンが降り、映像が映し出される。
そして、今度はイツキが必死で表情を抑える番となった。
(B3! ハル……!)
浜辺からほど近い原生林にて、青い機体のコクピットから少年が身を乗り出し、降りていく少女を見守る光景が映し出されていた。
◇
「気を付けて」
「うん」
降りていくユイに声をかけつつ、ハルカは周囲の気配を探る。
水上走行パーツはひとまず浜辺に置き、人目のつきにくい林にてユイは自国からの救援を待つ手筈となっていた。何もない無人島ではあるが、ここならば、サザンの飛空挺でも半日もあれば到着することはできる。
ケイオスの気配がないことも事前に調べているし、万が一の場合には、ユイの腕ならば難なく対処できるので問題ないだろう。
それよりも心配なのは、他の国の人間に見つかることだ。
国際会議の会場である、天空会議場は、この島と同じ海域にある。各国の首脳が揃うということもあり、警戒も厳にしているだろう。そこへ、他の国に見つかれば、未知の勢力とされている自分たちが、危険な存在であると認知されかねない。
(幸い、ここに到達するまでに船とか見かけなかったけど……)
ただ、長居しない方がいいことは確かだろう。
ユイが無事に地面に降りたところで声をかける。
「じゃあ、気を付けて」
本当はB3を完全に解除してきちんとあいさつしたいところだが、一応何があるかわからないので、解除しないままだ。ここで、もっと気の利いたことを言えない自分にもどかしさを感じる。
「うん、ありがとう」
だが、ユイは顔をあげると、言葉を返した。ユイとしても、時間をかけられないことはわかっている。数日ではあったが、渡瀬邸での日々は母との葛藤で不安定だった心をやさしく温めくれた。寂しさを感じてしまうのは、しょうがなかった、表情に出てしまうことも。
寂しそうな表情を見て、せめてもう一言、とハルカが口を開く。
「もしも、また……」
キィン、と甲高い音。
ハルカの言葉が紡がれる前に、コックピットで金属音、そして、火花が散った。
即座に反応してコックピット内に戻り、ハッチを閉じる。
「そこの所属不明機! 貴様は包囲されている! 抵抗をやめ、おとなしく拘束を受けろ!」
くぐもった声が響くと、森の間の空間がじじっと揺れ、迷彩柄のプロームが姿を現す。光学迷彩で潜伏し、そして、ジャミングも仕掛けてセンサーもごまかしていたのだろう。だから、B3の機器でも気づくことができなかった。
突如現れたプローム、その機体に描かれているマークを見て、ユイが驚く。
「ノトス所属機!」
「ユイ様! ヤムナハ様の命令を受け、捜索しておりました。無事見つかり、何よりです」
ユイの思考が素早く回転する。
自分があの晩追跡した飛空挺は、所属のマークがついていなかった。だが、そもそも母の身柄はノトスが預かっているのだ。
ノトスとつながっているのは当然で、ユイが失踪したことをヤムナハが知っているのも当然だ。
会議が開かれ、エイジスの立場を悪くしないためにここに連れてこられることも読まれていたのだ。
そしてこうして姿を現し、堂々とノトス機であることを見せつけているのは、今行われている会議場で功績をアピールしつつ、エイジスを追い詰めるため。
(おじ様……!)
会議場で窮地に陥ったイツキのことを思って、ユイが青ざめた。
そもそも自分が顧みずなことをしなければ。居心地がいいからと長居しなければ。早めに渡瀬家の人々に事情を打ち明けていれば、様々な後悔が頭の中を次々とよぎっていく。
そんな、絶望していく少女の元へ。
「……会えて、よかった」
青い機体から、かすかな一言がユイの耳に響いた。
その言葉は、ハルカの本心である。
ハルカから見て、ユイは地球にいたころと何も変わらなかった。地球の時のことわからなくても、負けん気が強くて模擬戦を挑んできて。アイドルのユイも歌がうまくて、楽しそうに微笑みながら歌っていて。
地球と変わらないものがオービスにもあると思えて、嬉しかった。
だから、その気持ちを正直に伝えたのだった。
(本当は、また会えたら歌ってくれる約束をって言おうとしたんだけど……)
「ハル」
「うん」
ノインからの警告に、ハルカは気持ちを切り替える。
目の前の機体は、抵抗するな、と言っているが見逃してもらえるわけはない。こういう手柄がほしい手合いはどっちにしろ、来る。
「貴様、今動いたな、抵抗の意志ありと見て、捕縛する!」
ハルカの予想を裏付けるように隊長機が叫ぶと、部下の機体が2機、突貫してきた。こっちはコンソールにまだ触れてないにも関わらず、である。
(ほら、やっぱり)
内心で冷めたように思いながらハルカはB3を駆動させ、迫ってくる敵機の攻撃を避ける。
初動が遅れても、スペック的にはこちらが有利。右、左とターンするだけで敵機が翻弄される。
ハルカが、視線を敵機から離さないまま、ノインに声をかける。
「ノイン、手筈通りに」
「はい、遠隔操作でエンジンは温めはじめてるのです」
すでにこの島に来る前から敵と遭遇した場合、どうするかを決めていた。動じることなく、戦闘をこなしつつ準備を整えていく。
一方、離れた箇所からユイは、突如開始された戦闘に戸惑い、思わず名前を呼びそうになるが、すんでのところでこらえる。この場で呼びかければハルカのことがばれてしまうし、かばい立てすれば父の立場が危うくなってしまう。
回避し続けているところを見るに、そもそも交戦することなど考えていない。そのまま、海上に逃げるつもりだと意図を推測する。。
なら、ユイにできる最善は黙って見送ることだ。
(お願い、このまま……)
B3はノトス機の攻撃を回避しながら、木々の合間を疾走する。
海岸線が見えてきた、洋上に出さえすればこちらの勝ちだ。
ふと、安堵しかけた。
そこへ、ハルカはコクピット内にいるにも関わらず、後ろから空気の質が変わるのを感じた気がした。
「熱源感知!」
ノインの警告を受けるよりも先に、反射的に手が動き、機体が左へ緊急回避する。
突然、炎の波が押し寄せ、木々をなぎ倒し、海岸に置かれていた水上パーツを両断した。
高熱の特殊武装を利用し、高温のエネルギーを蓄積した斬撃。
その技に、ハルカは見覚えがあった。
「ノトス側、ここからはこちらが引き受けます」
警告してきたノトス軍とは異なる、凛とした女性の声。
先ほどとは違う質の空気の変化を感じ取り、B3は跳躍して真後ろに避けた。
先ほどまで居た箇所に銀色の飛翔体が刺さり、地面が円形状に霜に覆われる。
これも特殊武装を利用した技であり、撃ったところを極度に冷却する。回避が遅ければ捕縛されていただろう。
嫌な予感を感じつつ振り返る。視線の先には黒を中心に金地の装飾が施された、薙刀にも似た武装、大刀を持ったプローム、そしてユイのそばには青灰色に銀地の装飾が施された、弓の武装を構えたプロームが佇んでいた。
「黒曜、エヴァーレイク」
喉の奥がひりつき、ひきつったような声が漏れる。
「シュウさん、サキさん……!」
それは、地球でのチームメイトであり、チームでも屈指の強さを誇る隊長機と副長機であった。
「い、今のは、何なのですか?」
「ノインは、もしかしてCosMOSがプレイされているときの様子って見たことないんだっけ?」
「CosMOSの管理は別のフェアリスが行っていたので、数値上だけでしか」
なら、知らないのも道理だ。
「あれも特殊武装を利用したれっきとした技なんだよ。よっぽどチートだと思うけど。そして、前に話したよね、ランク戦でパーツを失った機体で30分戦ったって話」
「え、ええ」
「それさ、その時1位2位争ってたの、あの2人」
そう言うと、ハルカはひきつった笑みを浮かべた。
絶望的だ。帰る方法は無くなったし、目の前にいるのはハルカが想定しうる限り、やりあいたくない最強の一角だ。
黒のプローム、黒曜が大刀をB3に突きつける。
「そこの賊、うちの要人を攫ったんだ。覚悟はできてるだろうな?」
チームメイトと争う。
一番避けたかった現実がハルカの前に現れていた。
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