二日目 須賀君(2)

「ういいっす」

 須賀君が電話にでた。たぶん酔っている。時間帯を考えると、別におかしいことでも無い。周りがガヤガヤと、やたらうるさかった。

「ういっす」

「ういいいっすう」完全に酔っているようだった。

「あの、明日だけどさ」

「・・・ああ、明日ね。来れそう?」

「うん、行ける」

「そしたら・・・うーん?また電話するよ、時間とか決まったら、明日の、夜くらいに」

「わかった。夜遅くからだよね?クラブイベントって」

「そうそう、オールだからぁーちゃんと***」

「えっ?」

ブッ、と電話はきれた。



 働いてたころの夢を見た。

 僕は帽子を被り、マスクをし、ベルトコンベアから流れてくる石けんを眺めている。一分間に数百個。石けんに汚れや、異常がないかを一瞬で判断する。耳栓をしていても充分聞こえてくるゴオオという工場の音は、そんなに耳障りでも無くて、不思議と心を落ちつかせてくれる。


 ベルトコンベアに石けんが詰まったり、フイルム包装のマシンに異常があってフイルムが溶けたりしない限りは、ラインが止まることは無い。

 夜間作業でラインが止まることは、ほとんど無かった。マネージャがいないことをいいことに、少々の異常が有っても強引にラインを回すからだ。いちいちラインを止めたら生産効率が落ちてしまう。


 平穏な夜間作業の中、僕はベルトコンベアから流れてくる石けんを眺めながら、好きなバンドの事を考えたり、出勤の時によく見かける女子大生を頭の中でヌードにしたりして過ごした。

 時折時計を見る。二時、三時、四時。そして五時に業務は終わり、ロッカーで着替え、家に帰る。その繰り返し。

 平和だった。人と対立することも無いし、ラインの調子が悪くて何度も止まったりしなければ、怒鳴られることも無い。静かに毎日が過ぎていく。


 僕は心の底からほっとしていた。毎日好きなテレビを観て、マンガを読み、音楽を聴き、エッチな動画を捜し、夜になったら出勤してラインの横に座り、石けんを眺め続けた。

 そうして歳を重ねた。バイトから契約社員に昇格したけど、やっている事は同じだ。

 そして少し心の中に、痛みを感じるようになった。月日の流れと共に、歳をとっていくことが痛いと感じられるようになった。

 だけど僕はもう、どこにも行きたくは無い。


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