天宮聖羅Ⅳー5

 ふと天宮の中であるひらめきが浮かんだ。秀一の能力は風の刃だった。彼の攻撃なら、あの毒液に影響されることなく、化け物にダメージを与えることができるのではないだろうか。


「楠原くん!」


 天宮は後方にいた秀一に呼びかけた。突然声をかけられて驚いたのか、秀一が体をびくつかせる。


「キミの風の刃であの化け物を攻撃してくれないかしら。楠原くんの攻撃ならあいつに——」


 そこまで言いかけて天宮は言葉を止めた。秀一の様子は一目見て尋常ではなかった。顔面は蒼白で瞳孔は定まらず、手足は小刻みに震え、歯がカチカチと鳴っている。まさに立っているのが精いっぱいという感じだった。


「楠原くん……」


 考えればわかることだった。いくら抵抗する力を得たとはいえ、相手は未知の生物だ。ただで理解できないのに、それが急にヘビを携え、ライオンの頭部を持って襲い掛かってきたら、怖気づいてしまうのは仕方ないだろう。昨日はこの力に戸惑っていたのと、がむしゃらだったからなんとかなったかもしれないが、いったん冷静になってしまうと、恐怖はとめどなくにじみ出て体を縛りつけてしまう。天宮は優花の方に視線を送った。彼女また肩を震わせ、その場に膝をついたまま動けないでいた。


 天宮にも不安がないわけではなかった。日常生活では微塵も気配を現さない死というものが、すぐ背後まで迫ってきているのを、腕の傷からも痛感していた。敗北し、逃げ出す兵士のように、全力でこの場から駆け出したかった。でも、優花や秀一たちを置いていくわけにはいかない。その想いが天宮の逃亡を踏みとどませていた。


 ちらりと神那の方を見る。彼は毅然としたまま、化け物を睨みつけていた。その瞳の奥から決意と勇気を強く感じた。天宮もまた自分を鼓舞するようにこぶしを握り締めた。


 いま何かをできるのは自分と神那しかいない。天宮は再度探るように化け物の様子を注視した。ライオンの表情をまじまじと見たことはなかったが、その顔は落ち着いているようだった。くねくねと絶え間なく動いている2匹の大蛇とは対照的に、真顔で冷静だった。この化け物はバカではない。生半可な作戦では失敗するだろう。


「私がおとりになるわ」


 視線はけして化け物からそらさずに、天宮がそう言った。神那と同時に攻撃するということも考えた。だが、おそらくあの毒液で防がれてしまう。ならば負傷している自分が化け物の気を引き、攻撃のチャンスを作り出すしかない。もしかしたら命を落とすかもしれない。でも、子供たちが傷つくよりはましだ。天宮はそう決意した。


 戦場で敵軍と向かい合い、合戦の合図を待っているかのような緊張が肌に走る。その均衡を破ろうと、天宮が足を踏み出す。だが、すぐに神那がそれを制した。彼は先ほどの天宮の作戦には乗り気ではないようだった。


 天宮はふと気づいた。もしかしたら神那1人なら、あの化け物を容易に倒すことができるのではないだろうか。放たれた毒液を華麗に回避し、懐に潜り込むことができるのではないだろうか。


 では、彼はなぜそうしないのか?


 天宮はまわりを意識した。か弱い小動物のように怯え、震えている秀一と優花の姿が目に浮かぶ。


 私たちがいるから?


 私たちのために彼は動けないでいるのだろうか。自分が攻撃を仕掛けた際、他の人を狙われたら守れないから、彼はチャンスが来るのを待っているのではないだろうか。神那は誰もが無事に生還する方法を巡らせている。

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