87:角馬の友

 「スガモで今一番ホットな超新星」から「我らが愛されポンコツリーダーを泣かした逆賊」と、ここへ来て自身も属性を増やしつつある愁。しばらくギルドには顔を出さないほうがいいかなと思っていたところに、またしても職員が家までやってくる。


「アベ・シュウさんに、本部からお手紙です」

「あっ、はい」


 若干ビクついていたのは内緒として、ギルドのマークの赤い封蝋をされた手紙を受けとる。初段昇格の件かなと思いきや、便箋に書かれていた署名はトウゴウ総帥のものだ。ちょっとびっくり。


「えー……マジすか……」


 わりと砕けた口調で書かれているが、今の愁にとってはがっかりな内容だ。


「どうしたんですか?」

「あー……ヒヒイロカネを扱える職人さんの件で……」


 端的に言うと、その鍛冶職人の親方は「ぜひ引き受けたい」と快諾してくれたらしい。めったに出回らない希少素材、自身にとっても弟子たちにとっても貴重な経験になるだろうから、と。

 とは言うものの、あいにく三カ月先までは予定が詰まっていて手が空かないそうだ。それはまあしかたない。この国屈指の名工だというから、仕事の依頼は引きも切らないのだろう。


 問題はもう一つのほう――つまり、料金だ。


「ヒヒイロカネの製錬から加工までは人手も費用もかかるから、二千万程度までは自腹を切ってもらう必要があるってさ……」

「二千万ですか……にせんまん……」

「ドングリなんこぶんりすか?」

「ドングリ勘定は難しいですけど、スガモにそこそこ立派な家が建つと思います」


 ギルドの口利きと受注側の好意的値引きも加味した値段だから、普通に頼んだらその倍くらいはかかるのかもしれない。


(ギルドが全部出してくれたらいいんだけどなあ……)


 とは思っても口には出せない。ここまでじゅうぶん便宜を図ってもらっているし、そもそもの動機が百パー個人の趣味みたいなものだし。私欲のために税金をとは言えない真面目な元社畜の性。まあ今はもちろん趣味だけでなく戦力的な意味でも期待はしているが。


「もしかして……俺くらいのレベルの狩人だと、そんくらいぽんと払える経済力あって当然だよね的に思われてたりする?」

「まあ、レベル70ってこの国に百人もいないと思いますし」


 二カ月前まで原始人やってたド素人なめんなと言いたい。


「今でもじゅうぶん裕福だと思いますけどね。オウジの戦利品の売却額も含めれば、貯金は三百万以上になったんじゃないですか?」

「あたいおこづかいほしいりす」

「お母さん昨日千円あげたでしょ」

「おかしかったらなくなったりす」

「また太るぞ」


 さすがにミスリルなどを手放せばその額も用意できるだろうが、それでは本末転倒だ。ミスリルは繊維状に加工して上質な軽量防具にもなると聞いているので、ノアやタミコの防具をつくってもらいたい。


「まあ……武器打ってもらえる道筋はついたし、金策はゆっくりやってもいいのかな。真面目にクエストやったりメトロ潜ってれば金も貯まるだろうし。こつこつ貯金してくか」


 ふと、アレのことを思い出す。ノアたちの寝室に入り、押入れの床下収納の戸を開ける。


「うごっ!」


 猛烈にカビくさい。〝超菌類〟とかそういうファンタジックなものではない、単純に梅雨時の放置靴下のごとき悪臭。指でつまんでおそるおそる覗くが、中身が無事でよかった。

 それはオオツカメトロから出るまで使っていたオオカミの皮製のバッグだ。居間に持っていくと、タミコとノアが露骨に嫌そうな顔をする。


「カビくちゃいりす! はやくすてるりす!」

「思い出の品だぞ。これを捨てるなんてとんでもない!」

「前も言いましたけど、こういうくっささはボクの担当外なんですけど」

「うーん、まあバッグのほうは処分しちゃっていいかもだけど」


 中に入っていたものをちゃぶ台に置く。先っぽの欠けた真っ白なニンジン――いや、細長いニンジン型の角だ。オオツカメトロで交誼を結んだ竹馬もとい角馬の友、ツンデレユニコーンことユニおの角。


「ユニおさんのつのりす!」

「本物のユニコーンの角ですか……すごい……」

「空き巣対策に隠しといたんだけど、そういや金庫に預け忘れてたなって」

「ユニおさん、げんきにしてるりすかねえ」

「新しい角は生えたかねえ」


 こほん、と咳払いしつつ。


「前にも貴重品だって聞いた気がするんだけど、ちなみに売ったらいくらくらいすんのかなって。あ、手放すつもりはないんだけどね? 友情の証だしね? 一応確認だけっていうかね?」


 チラッチラッとノア先生を窺う愁。


「基本的には薬の材料ですね。ボクも小耳に挟んだ程度なんですけど、菌糸不全系の難病の治療薬になるとかなんとか。ひいじいメモにもそれくらいしか書いてなくて」

「菌糸不全?」

「要は体内の菌糸がうまく働かなくて、いろんな症状が出たりとか。昔はそういうの多かったみたいですけど、今はあんまり聞かないみたいですね」

「あたいはしってたりす」

「嘘つけ」


 いつもの知ったかぶリスは置いておいて、〝超菌類〟への耐性や適合性と関連がありそうな病気だ。そうなると年月とともに罹患者も減っていくのも筋が通る。まあ、そもそも人体にヘンテコな菌糸がはびこっているトンデモ現象そのものが謎のままだが。


「そんなこんなで、ユニコーンって昔は頻繁に狩られちゃって、今はほとんど見かけなくなったって話なんですよね。オオツカの深部にまだ生き残ってたなんて」

「絶滅危惧種的な感じか」

「でもチョーつよつよウマだったりすよ」

「あれくらい強い個体群じゃないと生き残れなかったのかもな」


 収獲に乏しい不人気メトロだったのも幸いしたのだろう。ただそれで言うと、愁がオオツカのサタンスライム討伐をカミングアウトしたせいで、もしかしたら狩人やギルドの人間が調査に入る可能性もあったりする。その後の続報は耳に入っていないが、人間たちに見つからないことを祈るしかない。

 まあ、元々が警戒心の強い獣だし、愁が虫けら同然だった頃から慣れていたからこそ交流を持てただけだろうし、足音すら消せる彼らが容易に捕獲されるようなことはないと思いたい。


「ともあれ、ユニコーンの角は今でも結構高値で取引されると思いますよ。利用価値とかはともかく、めったに市場に出回らないんですから」

「なるほど」


 先端の欠けた角。古びて煤けていて、見た目より重い。手の中のそれを見つめる。じっと見つめる。


「……思い出の品なんですよね?」

「うん」

「売らないんですよね? …………なんで返事しないんですか?」

 

 

    ***

 

 

 確認するだけだから。いくらくらいになるか確かめるだけだから。


 こういうときにオブチがいてくれると助かるが、あいにく彼はまだ戻ってきていない。

 ギルドの買い取り窓口でも査定はしてもらえるが、そうなると「どこで手に入れた?」という話になってしまう。愁たちの過去話と合わせてオオツカメトロに生息していると確定してしまう。難しいところだ。


 となると、コンノしかいないか。わりと手広く商いをしているので、それとなく訊いてみよう。あくまでも持っている体はとらずに。


「あー、ユニコーンの角かあ。そりゃあ、スガモの狩人にとっちゃあ悲願だよなあ」

「へ?」

「へ?」

「スガモの狩人はみんなほしがってるんですか?」

「あんちゃん、市長さんとこの話じゃねえのかい?」


 漁師のくせに魚の釣りかた訊くのかいと言わんばかりのコンノだが、愁には心当たりがない。

 軽く説明を受け、愁は風を切ってギルドへ走る。磔になった友の元へ駆けつけるがごとく。


「わっ! アベさん、びっくりしましたよ!」


 入り口をくぐると、たまたまカイケと出くわす。息が荒い愁に怪訝な顔をする。


「えっと、クエストを受けに来てくれたんですよね? アベさん向けの厄介なのがいっぱいありますよ?」

「あの……あそこの階段側の掲示板に貼ってあるので全部っすか?」

「いえ、あっちのカウンターの隣にもありますよ。あっちは上級者向けとか難易度の高いクエストなんかが貼ってあります」

「なるほど」


 見てみると、確かに難易度が高そうだ。某メトロのボスの討伐、秘境でのお宝さがし、新薬の治験なんてものもある。

 一番上に、比較的新しい紙で書かれたクエストが貼られている。依頼人は――。


「それは、市長さんが出してるクエストですね」

「……これが……」

「定期的に報酬額を上げて掲示しているんですが、内容的になかなか受け手が現れなくて。しかたないですよね――ユニコーンの角なんて、今どきめったに手に入りませんから」


 依頼内容:メトロ獣・ユニコーンの角の調達。

 期限:可能な限り早く。


「スガモでは有名な話なんですけど。市長の娘さん、生まれつき重い病気で。その治療にユニコーンの角が必須で、だからここ数年ずっとそのクエストを出し続けてるんです」


 愁は真ん中に書かれている報酬額をじっと凝視している。


「……三千万円……」

「アベさん、鼻血出てますよ」

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