21
「もぉおぉぉ! 本当に最悪! もうちょっとセシリアと一緒にいるはずだったのに!!」
翌朝、セシリアの部屋でそう声を上げたのは、元気になったリーンだった。彼女はもうすでに身支度を済ませており、足元には纏められた荷物が置いてあった。
「ほんっと。まじでキラー許すまじよ! 私の楽しみを邪魔した罪は重いんだから!」
「そこは、襲われたことを恨もうよ」
「それも恨んでる! でも、一番はやっぱり私の楽しみを奪ったことよ!」
彼女は地団太を踏みながら、怒りをあらわにする。その元気な様子にセシリアは苦笑いを浮かべながらも、ほっと胸をなでおろした。
目覚めたリーンは、一同の予想通りに犯人の顔を覚えていなかった。それどころか、攫われた前後の記憶も曖昧だという。モードレッドによれば、記憶の欠如は襲われたショックからなのか、薬のせいなのかはわからないらしい。
「そういえばさ、イベントはどうなったの?」
「イベント?」
「ほら、アニメの総集編の!」
リーンの言葉にセシリアは首を捻った。そういえば少し前にも、彼女は同じようなことを言っていた気がする。
「なに? まだ思い出してなかったの? ほら、総集編でオスカーと主人公がコテージのベランダで……」
「あ――!!」
セシリアは思わずリーンを指さしてしまう。
あれは総集編の最後、アニメのBパートの話だ。集まったメンバーとこれまでのことを振り返り、その晩主人公はベランダでオスカーと二人っきりになる。
(んで、いい雰囲気になった時に、ギルに呼ばれて……)
ギルバートに駆け寄ろうとして主人公は躓いてしまうのだ。それを支えたのがオスカーだった。
『気をつけろ。君が怪我をすれば、みんな悲しむ』
現実で聞いたオスカーの声と、アニメで聞いた彼の声が見事にまで重なる。
つまり、昨晩のオスカーとのやり取りが、そのままイベントだったのだ。
セシリアは痛む頭を押さえた。
(なんで、
「なに? やっぱり何かあったの?」
興味津々でリーンは顔を近づけてくる。明らかに面白がっている彼女をセシリアはじっとりと睨みつけた。
そうしていると下の階から「リーン! 行くぞ!」というヒューイの声が聞こえてくる。リーンが心配なのだろう、彼は彼女を屋敷まで送り届けるそうだ。
「はーい!」
可愛らしい声でリーンは応じる。そして、最後に、という感じで、彼女はセシリアに向き直った。
「いい? 私も気をつけるけれど、セシリアも十分に気をつけなさいよ。キラーはアンタも狙ってるはずなんだから!」
「あ、うん! ……でも、多分私は狙われないんじゃないかと思うよ?」
「なんでそう思うのよ?」
「ほら、私は『神子候補』だってバレてないはずだし……」
キラーが狙うのは常に神子候補だけだ。邪魔にならない限り騎士も狙わないし、普通の人間を無差別に襲ったりもしない。無駄な殺しなんてもってのほかだ。その点においてのみ、キラーは信頼できるキャラクターだった。
「そんなの、わからないじゃない! 相手はあのキラーよ! どこでどんな情報を得てるかわかったもんじゃないわ! 油断してたら、スパーっといかれちゃうわよ! スパーって!」
「ちょ、ちょっと脅さないでよ」
親指で首を切るような姿を見せられ、セシリアは怯えたような声を出した。
「脅してないわよ。私は事実を言ったまで! ゲームでは私よりも圧倒的にセシリアが狙われる確率の方が高いんだから、本当に注意しとくのよ!」
「わ、わかった」
「戸締り、気を付けて。護衛もたくさんつけるのよ?」
「うん。リーンもね?」
「もちろんよ。こんなところで死ぬつもりはないもの!」
リーンはそう胸を張る。彼女の実家でキラーがどうこうするような話はなかったはずなので、おそらく大丈夫だとは思うが、昨日の今日なので少し不安が残る。
「それにね。しばらくヒューイ君が一緒にいてくれるらしいの」
「へ?」
「うちの屋敷に泊めてあげられるかはまだわからないけど、そうじゃなくても近くに宿をとって毎日顔を見に来てくれるって!」
そう言いながら頬を染める彼女は、とっても幸せそうだ。
「なんか、……愛されてるね」
「でしょう? 相思相愛! 愛し愛されの私たちなんだから!」
リーンは照れたような笑みを浮かべながら、身体をくねらせる。
ヒューイは、元々ハイマートに所属していた暗殺者だ。ダンテと比べれば見習いという感じだったが、その実力は折り紙付きである。おそらく、リーンの護衛は十分すぎるぐらい務めてくれるだろう。
少し安心したセシリアは彼女を送るために、一緒に玄関ホールに向かった。玄関ホールには身支度を済ませたジェイドたちがいる。端には、何やら真剣な様子で話し合うギルバートとオスカーの姿。
(なに話してるんだろう……)
二人とも、こちらに聞こえないような小さな声で言葉を交わしている。セシリアがじっと観察していると、その視線に気が付いたのかオスカーがふいに彼女の方を見た。そして、ぎょっとした後、不自然に視線をそらす。
(え?)
突然の出来事に、セシリアは混乱したように目を瞬かせた。
オスカーはセシリアに目を合わせることなく一行の輪に加わる。どうやら話し合いは終わったらしい。
「それじゃ、お世話になりました!」
「じゃ、またね」
「……それじゃ」
ばらばらとそう言い、彼らは背を向ける。オスカーも「世話になった」と言い、彼らと同じように踵を返した。
(私、何かしたかな……)
最後まで目を見ようとはしなかった彼に、セシリアはしばらく不思議そうに首を捻っていた。
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