20
結局、夕食の時間になってもリーンは目覚めなかった。ヒューイは彼女の側を離れようとはせず、話し合いは残りのメンバーだけですることになった。
そこで決まったことは、大きく分けて二つ。一つは、明日には皆それぞれ屋敷の方に戻る事。つまり、お泊り会のお開きである。警備が増えたとはいえ、このままここに滞在するメリットはないという判断だった。
そして、もう一つはこのことはシルビィ家が責任をもって調べること、である。領地で起きたことなので、こちらも当然と言えば当然の決定だった。
「それにしても、犯人は誰で、いったい何がしたかったのか……」
モードレッドはため息をつきながら食事を口に運ぶ。当然ながら、彼の調査もここで打ち切り予定だ。
「確かにね。攫うだけならまだしも、殺そうとする意図がよくわからないよね。身代金目的ならリーンよりも彼女の方が狙われるだろうし」
ジェイドはそう言いながら、セシリアに視線を滑らせる。
「じゃぁ、やっぱり神子候補だからなんじゃない?」
「神子候補を害して、相手になんの得があるっていうんだ」
ダンテに続き、オスカーもそう口を開いた。
キラーが誰なのか、なぜ神子候補を狙うのか。それはセシリアにもわからない。わかっているのは、これまで沈黙を貫いていたキラーが動き出したということだけだった。
その夜、セシリアはコテージのベランダで夜風に当たっていた。警備のしやすさを考え、彼女とリーンは隣のコテージからギルバートたちがいるコテージへと移ってきている。
セシリアの気分とは裏腹に、空に瞬く星はうっとりとするほど綺麗だった。
(キラーが動き出したってことは、今まで以上に気を張ってないとだめってことになるわよね)
セシリアは深く項垂れる。ヒューイの話では、リーンは一時間ほど前に一度だけ目覚めたらしい。しかし、まだ意識がもうろうとしていたようで、またすぐに眠ってしまったのだという。その話を聞いてモードレッドは「薬を盛られているのかもしれませんね」と悔しそうな表情を浮かべていた。彼が宝具で治すことができるのは、彼自身が『理解』している症状だけなのだ。なので、毒や原因がわからないものは治せないという特徴がある。
(リーン、大丈夫かな……)
本当はセシリアだってリーンの側にいたい。けれど、張り付くように側にいるヒューイを邪魔することもできず、こうやってベランダから彼女のいるだろう部屋を見上げることしかできないのだ。
(早くよくなってくれればいいけど……)
「セシリア」
その時、自分を呼ぶ声がして、セシリアは声のした方を見た。そこにはオスカーがいる。
「あ、殿下」
セシリアは咄嗟に持っていた扇で顔を隠す。そして、扇の下で頬を引きつらせた。
(今更こんなことしたって、もうばっちり見られてると思うけど……)
事件が起こった時、セシリアはリーンのことで必死になりすぎていて、こうやって扇で顔を隠すことも忘れていた。さらには口調もセシルでいる時のように、随分と砕けてしまっていたように思う。正直、怪しまれていたとしてもおかしくない。
(でもでも! まさか公爵令嬢が男装して学院に通っているとは、オスカーだって思わないだろうし! きっと、大丈夫よね!)
今できるのはそう自分を鼓舞することだけだ。諦めてぶっちゃけてしまうのは論外だし、彼がギルバートのように自分の前世の話をすんなり受け入れてくれるとも思えない。
そんなセシリアの心配をよそに、オスカーは彼女の側に立ち、肩にそっと上着をかけてくれる。
「涼むのはいいが、あまり体を冷やしすぎるなよ」
そう微笑む彼の顔はとてもセシリアを疑っているようにはみえなかった。いつも通りの、気さくで優しいオスカーだ。セシリアは上着を前を合わせながら、微笑んだ。
「ありがとうございます」
「あぁ」
微笑みが更に砕けた笑みに変わる。
(大丈夫……だったみたいね)
セシリアはほっと胸をなでおろした。やはり、公爵令嬢が男装して……なんて考えに至らなかったのだろう。それか、彼が相当鈍いかのどちらかだ。
(オスカーって人が好い分、ちょっと鈍そうだものね)
これでバレていたら、昼間にヒューイの追及をかわした意味がなくなってしまうというものだ。まぁ、躱したのはセシリア自身の力ではないのだが……
そう気を抜いていると、突然手すりを掴んでいた手にオスカーの手が重なってきた。
「こんなことになったが、今回は一緒に過ごせて楽しかった」
「あ、はい! 私もですわ」
「また、会ってくれるか?」
そう聞かれて、セシリアは視線を泳がせた。『公爵令嬢・セシリア』としては『はい』一択なのだが、『男爵子息・セシル』の立場も考えれば答えは『いいえ』一択だ。しかし、正直に『いいえ』とは言いにくい。
「だめか?」
「えっと……」
ここで『もちろんです』と答えるのは簡単だ。しかし『なら、○○日後に』なんて約束を取り付けられてもかなわない。なぜかこの世界のオスカーはセシリアに対して積極的なのだ。
「姉さん」
なんとか穏便に済ませられないかと考えていると、掃き出し窓のほうからギルバートの声がした。セシリアは天の助けと言わんばかりに彼の方を見る。
「あ、ギル!」
そして、彼に駆け寄ろうとした瞬間――
「ぎゃっ!」
「姉さん!?」
スカートのすそを踏んでつまずいてしまった。眼前に迫る床に、セシリアが目を瞑る。
しかし、いつまでたっても衝撃はやってこなかった。
「君は、案外おっちょこちょいだな」
「オスカー、様」
気が付けばオスカーがセシリアの身体を支えていた。腹部に回る腕にセシリアの全体重がのっかっている。つまずいた勢いで、手に持っていた扇は前方に飛んでしまっていた。
「気をつけろ。君が怪我をすれば、みんな悲しむ」
「あ、はい。ありがとうございます」
恥ずかしさも相まって、はにかむようにお礼を言った。
その瞬間、オスカーの目が見開く。
「大丈夫、姉さん」
「あ、うん」
「ほんと気を付けてよね」
駆け寄ってきたギルバートに身体を支えられながら、セシリアは「それでは」とその場を後にした。
一人残されたオスカーは去っていく二人の背を見ながら固まっていた。そして、先ほどまで彼女を支えていた腕を顧みて、息をのむ。
「やっぱり、彼女は……」
思い返すのは彼女のはにかむような笑みだ。まさかまさかと思っていたが、今ここでようやく疑惑は確信へと変わった。あんなに近くで顔を見といて、さすがに間違えるはずがない。
オスカーが顔を上げた瞬間、振り向いたギルバートと目が合った。彼は表情の死んだ顔で一つ会釈をする。その意味ありげな顔にオスカーは眉間の皴を揉んだ。
「男の恰好なんかして、何しようとしてるんだ……」
オスカーの頭に浮かんでいたのは、ここにいない友人の顔だった。
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