19


 コテージに戻ってきた一行は、リーンのことをモードレッドに任せ、一つの部屋に集まっていた。メンバーはヒューイにセシリア、それと帰る途中で出会ったジェイドの三人である。オスカーとダンテは未だ戻ってきていなかった。

 神妙な顔を浮かべるメンバーのもとに、ギルバートが帰ってくる。そして、それぞれの顔を見た後、椅子に腰かけた。


「リーンに続き、警備の兵士も発見しました。皆、薬のようなもので昏倒させられていただけですね。眠る前後のことはあまり覚えていないらしく、犯人の顔も見てないようです」

「つまり、誰がリーンにあんなことしたのかわからないってことだよね」

「……ということですね」


 ジェイドの言葉にギルバートは頷いた。そうして続ける。


「こうなったらリーン本人に聞くしかなさそうですが、兵たちでもあれなので彼女が覚えている可能性は低いと思いますが……」

「んなことする必要ねぇだろ」

 遮るようにそう言ったのはそれまで黙っていたヒューイだ。彼は俯いていた顔を上げ、セシリアをじっと見つめる。

「どう考えても、この女が犯人だろ?」

「へ? わ、私?」


 思わぬ事態にひっくり返った声が出た。これには他二人も驚いたようで、どちらも目を丸くしてしまっている。


「なんで、セシリアさんが犯人になるんだ?」

「だってそうだろう? そうじゃなかったら、なんでリーンがいる場所を言い当てられたんだよ! あの方向には他にも怪しいところいっぱいあっただろうが! もっと言うなら、あんなところに隠さなくても森に放置するだけでよかったはずだ」

「そ、それは……」

「あの時は俺も頭に血が上っていて、つい何も言わずに信じちゃったけどな。よく考えれば、怪しすぎるだろ? 『ここにリーンがいる』って言い当てられるだなんて」


 思わずセシリアは後ずさる。


「リーンがいなくなった時にもちょうどいなかったし、お前ならリーンのことも怪しまれずにつれ出せるだろう」

「えっと」

「反論があるなら言ってみろよ!」


 セシリアは狼狽えながら、視線をさまよわせた。

 この流れはまずい。非常にまずい。ゲームでは何度もあった展開だ。今ここにオスカーがいないのでまだいいが、ここに彼がいたならば、セシリア死亡の条件が整ってしまう。


(ど、どうにかして言い訳を考えないと!!)


 でも、どういえばいいのだろうか。セシリアが鍾乳洞を言い当てた最大の根拠は『前世の記憶』である。それを正直に打ち明けても、きっと彼は納得しない。それどころか信じてもくれないだろう。


(でも、このまま黙ってた方が怪しくなっちゃうっ! 何か言わないとっ!)

「あ、あのね!」


 セシリアがそう声を上げた時だった。部屋の扉が開いて、今一番来てほしくない人物が顔を出した。


「帰ったぞ」

「終わったよー!」


 オスカーとダンテの登場に、セシリアは息をのんだ。


(どうしよう――)


 死亡条件が揃ってしまった。冷や汗が噴き出る。

 今のセシリアとオスカーの関係は悪くない。しかし、もしセシリアが好きな人リーンを傷つけたとオスカーが勘違いしてしまったら……。きっと彼は、ゲームの中のオスカーのように、セシリアのことを嫌い始めるに違いない。

 いつになく剣呑な雰囲気に、オスカーもダンテも困惑したような表情を浮かべている。


「どうかしたのか?」

「なんか変な空気だね」

「えっと。リーンを攫った犯人がセシリアさんじゃないのかって、ヒューイが……」


 ジェイドは眉を寄せながらそう説明した。瞬間、二人の眉も寄る。その表情の意味をセシリアは読み取れない。『やっぱり』なのか『そうだったのか』なのか『まさか』なのか。

 ややあって、オスカーが口を開く。セシリアは思わず身を固くした。


「その考えは、短絡的すぎるんじゃないですか?」


 そう言ったのは、オスカーではなかった。それまで話を聞いていたギルバートである。

 彼はヒューイの目の前の机にコテージ付近の地図を広げた。


「この地図を見てください。確かに貴方の言うとおり、気絶したリーンを隠しておける場所は他にもたくさんあります。けれど、どの場所も雨に晒される危険がある場所です」

「だから?」

「犯人は犬に襲わせるためかリーンを殺さずに放置していました。雨が降ったら、雨粒でリーンが起きてしまう可能性がある。これから犬に襲わせようとしている人間が起きて騒いでいたら、もしくは逃げ出したら、それこそ面倒でしょう?」


 ギルバートは窓の外に目をやる。


「今日は風が強く、東に雨雲があります。雨の降る可能性は十分にありました。したがって『長い間放置をしていても見つかりにくい場所』でかつ『雨を防げる場所』となると鍾乳洞ここしかないんです。姉はそれを見越したんでしょう。……ね? 姉さん」

「あ、……うん!」


 当然見越してなんかいないが、そう頷いた。ギルバートはトドメというようにさらに言葉を重ねる。


「それに、リーンがいなくなったとされる時間、姉は別の人間と一緒にいました。もし、確かめたいのでしたらその者の部屋に案内しますが、どうしますか?」


 ティッキーとベルナールのことだろう。出会いとしては最悪だったが、こうなった今では出会っていてよかったと言わざるを得ない。セシリアにとって彼らはアリバイ証言者である。

 ギルバートの言葉に、ヒューイは黙った。その背をダンテが叩く。


「ま、お前の気持ちもわかるけど、落ち着けよ」

「そうだな。とりあえず、冷静になれ」

「そう、だな」


 いまだに納得してない表情を浮かべているが、それは仕方がないだろう。


「それに、これは女性には無理な犯行だと思うぞ」


 オスカーの声にヒューイが顔を上げる。


「さっき帰ってくるときに、建物の裏側とコテージの入り口に配置されていた警備の兵たちに話を聞いたんだ。そしたら、リーンがいなくなったとされる時間帯、誰も彼女を見てないと言うんだ」

「入り口の兵も?」

「そ。つまり、彼女は窓から連れ出されたってことになる。しかも、裏側にいた兵に見つからないように木に飛び移る形でね。そんな離れ業、俺たちにだって大変なのにそこのか弱そうなお嬢さんができるわけないでしょ?」

「そっか。あー……そうだよな……」


 ヒューイは頭をガシガシと掻く。そして、セシリアに向き直った。


「悪い、勘違いだった」

「あ、いえ。わかっていただけたなら、それで……」


 セシリアはほっと胸をなでおろす。なんとか最悪の事態は避けられたようだ。


「とりあえず、今日はもう休みましょう。警備の数は倍に増やしましたし、犯人が誰かはわかりませんが、今日の今日で何か仕掛ける可能性は薄いでしょうしね。このことは夕食の時にまた話し合いましょう」


 ギルバートの言葉にみんな無言で頷いた。

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