18

「リーン!」


 セシリアが鍾乳洞についた時には、もう彼女はヒューイの腕の中にいた。意識はなく、そばには切られた縄と、口に入っていただろう布が投げられていた。寒いところに放置されたためか、肌は青白く、唇は紫色になってしまっている。

 セシリアと一緒に到着したモードレッドはすぐさまリーンに駆け寄る。そして、宝具による治療を始めた。


「とりあえず、体温を上げないといけませんね」


 淡い光が彼女の身体を包み、血色が戻ってくる。

 セシリアはモードレッドにぐっと身を寄せた。


「先生、リーンは!? 大丈夫なんですか!?」

「外傷はないようです。毒等も……おそらく大丈夫でしょう。気絶しているだけみたいですね」


 注意深く観察しながら、モードレッドはそう言う。セシリアは胸をなでおろした。


「……よかった」


 ヒューイも同じ気持ちだったようで、傍から見てもわかるぐらいに彼の身体の力は抜けた。それでも彼の腕は未だに力強くリーンの身体を支えている。


(でも、なんで……)


 キラーはリーンを殺さなかったのだろう。ここで殺しておけば、すべての罪をセシリアに擦り付けることができたかもしれないのに……

 そこまで考えて、セシリアは渋い顔で口元を覆う。


(だけど、そうか。今のキラーは私が神子候補だって知らないから――)


 セシリアに罪を着せて殺す理由がない。しかもゲームとは違い、セシリアとリーンの関係は良好だ。これでは『シルビィ家の領地で起こった殺人』となるだけで、誰かのせいにすることができない。


(誰のせいにもできないならできないで、キラーの性格ならここでリーンを殺しちゃいそうなものだけど……)


 神子候補であるリーンを前に躊躇したとは考えにくい。少なくともゲームの中では、キラーは神子候補を殺すことに躊躇うことは一切なかった。殺すことを後回しにするときは、大概その裏に『誰かに罪を押し付ける』という意図がある。ゲームではその『誰か』が大体『セシリア』になるのだが――。


(今回も誰かに罪を着せようとしたってこと?)


 その時、どこからともなく獣のような唸り声が聞こえてきた。セシリアが顔を上げると、鍾乳洞の入り口にいくつもの黒い影が見て取れる。


(野犬!?)


 思わず息をのんだ。そこにいたのは、いつかの林間学校で見た『障り』に侵された野犬の群れである。赤く血走った眼をセシリアたちに向けながら、彼らは威嚇するように唸り声を上げている。身体からは黒い靄が立ち上っていた。


「先生。探し物、見つかったよ」


 暢気な声を出しながらダンテがモードレッドを振り返る。一方、声をかけられた彼は目の前の光景に目を大きく見開いていた。顔は青ざめているように見える。あまり戦いは得意ではないのだろう。


「セシリア、隠れてろ」


 オスカーはセシリアを守るように立つ。手にはいつの間にか宝具が握られていた。


(……そういうことね……)


 目の前の光景に息をのみながら、セシリアは一人納得した。

 キラーはこれらに罪を押し付けるつもりだったのだ。『障り』に侵された野犬に、神子候補が食い殺される。それはもうただの事故だ。誰のせいにもならない。


(でも、それならキラーは『障り』に侵された者を操れるってこと?)


 野犬のせいにしようとするならば、たまたま野犬がここを通りかかることを知っていたか、野犬を操れたかの二択しかない。前者ならばまだいいが、後者ならばやっかいなことこの上ない。


(どっち――)


 その時、ギャンッと甲高い鳴き声を上げ、隣に野犬が滑り込んできた。慌ててその方向を見れば、野犬はもう意識を飛ばしている。先ほどまで上がっていたはずの靄も見て取れなかった。


「いいなぁ。俺もオスカーみたいなかっこいい宝具がよかった」


 そう言うのは、ダンテだ。どうやらオスカーが襲い掛かってきた野犬の『障り』を切ったらしい。彼の宝具は、任意の物だけを切ることができる剣という大変便利なものである。


「無駄口を叩く暇があったら、どうするか考えろ! これだけの数、さすがに俺だけでは捌き切れんぞ!」

「だよねー」


 どこまでもダンテは飄々としている。これだけの敵に囲まれてもなお、その姿には余裕しか感じられない。


「でもまぁ、今回は俺の宝具の方が役に立ちそうだけど――」

(確かダンテの宝具って――)


 セシリアがそう前世の記憶を思い出そうとした時だった。

 ダンテが思いっきり片足を踏みならす。その瞬間、彼を中心に風が起こった。砂埃が舞い上がり、光とともにバチバチと静電気のようなものも起こる。


「わっ」

「じゃ、……オヤスミ」


 ダンテの口角が上がる。瞬間、バタバタと野犬が倒れだした。そうしてものの数秒で野犬たちは皆、戦闘不能になってしまう。


(ゲームしているときも思ってたけど、あの宝具ってずるいわよね)


 彼の宝具は『敵を一定時間強制的に眠らせる』というものだ。対象は範囲内の敵全員。眠らせられる時間は知能が高い生物ほど短い――という設定だったはずである。ゲームでは相手が人型の時は一ターン、動物の場合は三ターン【眠り】の状態に陥る。リアルバトルになっているこちらの世界では何秒が一ターンに該当するのかわからないが、なかなか使える宝具なのは間違いないだろう。


「人だと眠らない人もいるし、使えない宝具だなぁと思ってたんだけどね。ま、動物なら十五分以上は目覚めないと思うから、その間に片っ端から『障り』を祓っちゃおう」


 そう言って、彼は野犬の額に触れる。毛が黒くて見えずらいが、どうやらそこに痣があるらしい。彼の能力は【眠り】によって戦闘不能にするだけで、『障り』自体は祓えないのだ。

 オスカーはモードレッドとヒューイ、そしてセシリアを振り返る。


「ってことだから、お前たちは先に帰ってろ。こんなところで治療するより、帰ってからの方がいいだろう? こちらの処理は二人いれば十分だ」

「わかった」


 ヒューイは立ち上がりモードレッドとセシリアに目くばせした。『行くぞ』ということらしい。

 セシリアはオスカーとダンテに駆け寄る。


「気を付けてね! 二人とも怪我なんてして帰ってきたら承知しないんだから!」

「あ、あぁ。というか、さっきから思っていたんだが、その言葉づか――」

「はいはい。んじゃ、さっさとやろうぜ、オスカー!」


 オスカーの言葉を遮るようにダンテが肩を組む。そうして、怪訝な顔を浮かべるオスカーをそのまま連れて行ってしまった。

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