17


 セシリアたちがコテージの外に出た時には、もう若干騒ぎになっていた。話を聞きつけたのか、調査が終わったのか、モードレッドも兵士と一緒に戻ってきている。セシリアたちを追って、ベルナールとティッキーもコテージから飛び出してきた。


「で? やっぱりギルたちも知らないって?」


 帰ってきたヒューイにジェイドが問う。ヒューイは悔しそうに「あぁ」と頷いただけだった。


「以前の誘拐事件の件もありますし、心配ですよね……」

「どこか行きそうな場所知らないの?」


 モードレッドに次いで、ダンテが心配そうな声を出す。


「知らない。コテージに入るまでは見守ってたんだ。……なのに……」


 セシリアは使用人に視線を滑らせる。


「部屋の中は探したのよね?」

「はい」

「窓は?」

「……開いてましたけど……」


 セシリアはコテージの裏に回り込む。視線を上げれば、自分たちの部屋の窓が開いているのが見て取れた。カーテンがはためいている。


(窓は出かける前に閉めたはず……)

「もしかして――!」


 セシリアは、窓を見上げていた視線をそのまま森の方へ滑らせる。ちょうどティッキーとベルナールに会った方向だ。


「ねぇ、オスカー!」

「な、なんだ?」


 いきなり呼ばれたからか、オスカーの身がたじろいだ。


「私のことを探しに来た時、警備の人に会った?」

「あぁ」

「何人?」

「内側にいた一人だけだが……」

「やっぱり!」


 セシリアはその場から離れ、使用人に声をかける。


「このコテージの裏の地図を今すぐ持ってきて」

「え?」

「早くっ!」

「は、はい!!」

「どういうこと?」


 近づいてきたギルバートに、セシリアは受け取った地図を机に広げた。


「私ね、この辺りでティッキーと会ったの」


 セシリアが指したのは、ちょうど同心円状に広がった警備の一番外側あたりだ。


「ギル。私がコテージからまっすぐ歩いて、ここにたどり着くまでに出会う兵の数は?」

「最小で一、最大で七」

「出会う兵士が一人の確率は?」

「ないわけじゃないけど、相当低い確率だよ。兵士はそれぞれ自分の持ち場を動き回っているはずだしね。――って、そういうこと?」


 理解が早くて助かる。ギルバートは渋い顔をしながら「ちょっと探させてくる」と言って、その場を後にした。


「なになに? どういうこと!?」


 話を聞いていたジェイドが困惑顔で地図を覗き込んだ。セシリアは説明を続ける。


「私もオスカーも、この地点にたどり着くまでに一番内側の警備の人しか見てないの。帰るときもそう。コテージの裏からこの警備が途切れる地点まで、出会ったのは一番内側の警備の人だけ。それって、確率的にあり得ると思う?」

「ギルの言葉を借りるなら、その可能性は相当低いってことになるけど……」


 不穏な空気に、ジェイドが狼狽えだす。


「可能性が低いことはそう何度も起こらない。だけど、私たちは復路も合わせて三度それを経験している」

「一度目は偶然。二度目は奇跡。三度目は必然……ね」


 そこでダンテも、セシリアが言いたいことを理解したようだった。


「つまり、そのあたりの警備は何者かの手によって排除されている可能性が高い、と」

「はい」


 まとめるようなモードレッドの言葉に、セシリアはしっかりと頷いた。ギルバートが先ほど『探させてくる』と言っていたのは警備の兵のことである。死体になっているか、倒れているだけなのかはわからないが、彼らはきっとあの森のどこかにいるだろう。


「ってことは、リーンは攫われたってことだろ? 誰に? どこに!?」


 セシリアは地図を見つめながら前世の記憶を呼び起こす。おそらく、これにはキラーが関わっている。


(水辺か森にかかわる、キラーが出てくるイベントって……)


 セシリアは地図に指を滑らせる。わざわざ警備を排除したということは、リーンはこの先だろう。けれど、森は広い。やみくもに探し回るわけにもいかない。


(思い出せ、思い出せ、思い出せ!!)


 セシリアは頭を抱える、水辺でも森でもキラーは何度もリーンを殺している。そう考えてしまうと、どこもかしこも怪しく思えてしまう。けれど、どこかにあるはずだ。ここにしかない特徴的な、リーンが殺されていそうな場所。

 次の瞬間、セシリアはがばっと地図に張り付いた。


「わかった! ここだ!」

「え?」

「ここにリーンはいる!!」


 セシリアが指したのは、ティッキー達と出会った場所の、そのまた奥にある鍾乳洞だった。



 鍾乳洞でリーンが殺されるイベントは、共通ルートから誰の恋愛ルートにも入ることが出来ず、なおかつノーマルエンドにも必要な好感度が足りない場合に起こる。

 突然、怪しい手紙で呼び出しを食らったリーンは、疑うことなく呼び出された場所に赴き、そして、そこで攫われてしまう。気が付いた時には鍾乳洞の中で、彼女はそこで何者かに腹を刺され、殺されてしまうのだ。


(……で、遺体が見つかった場所がシルビィ家の所有する鍾乳洞ってことで、セシリアは犯人とされ、投獄の上殺されてしまうと)


 キラーがリーンをシルビィ家所有の鍾乳洞で殺したのは、きっと偶然ではない。そこでリーンを殺すことによって、同じ神子候補であるセシリアを自分の手を汚さず亡き者にすることが出来ると判断したからだろう。しかも、罪をすべてセシリアに押し付けることができるというおまけつきだ。


「ダンテ!」


 セシリアは側にいた彼の服をつかんだ。


「貴方が一番足が速いでしょう!? 今すぐここに行って! 私たちも後で追いかけるから!」

「えっと」

「あぁ、でも! ナイフを持っている人がいるかもしれないから気を付けてね!」

「……」


 ダンテは微妙な表情を浮かべた後、「わかった」とセシリアの髪をかき混ぜた。どうしようもない妹を見るような視線に一瞬疑問が浮かんだが、その疑問を口にする前にダンテは飛び出した。


「ダンテ、俺も!」


 その背中をヒューイはすぐさま追う。


「俺、足手まといは嫌いだからな」

「それは、――大丈夫」


 さすが二人とも、元暗殺者だ。身軽さと俊敏性にかけて彼らの右に出る者はいない。木の枝や岩などを使い、まるでパルクールのように彼らはあっという間に見えなくなってしまった。


「ジェイドは少し遅くなってもいいからリーンが見つかった時に使う、毛布と救急道具を持ってきて!」

「わ、わかった!」

「モードレッド先生とオスカーは、私と一緒に先に行きましょう! リーンが見つかったら、すぐさま治療をお願いします!」

「わかりました」

「わかった」

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