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(な、な、な、なんで二人がここに!?)


 先ほど感じた既視感の正体にセシリアはおののく。

 ティッキーも、ベルナールも、共通ルートでは出てこないキャラクターだ。出てくるのは恋愛ルートに入ってから。しかも、ギルバートのルートとジェイドのルートでしかセシリアは二人を見たことがなかった。


(しかも、どっちもいい印象がないキャラクターだわ……)


 ティッキー・コールソンは、主にベルナールか長兄のニコラ・コールソンと一緒に出てくるキャラクターである。登場時は基本的にギルバートを虐めることしかしない。主人公と街で歩いている彼を見てあざ笑ったり、騎士に選ばれたギルバートに『お前が騎士に選ばれたのは偶然だ。このコールソン家の恥さらし。引きこもり野郎!』というような怪文書を送り付けてきたりする。『実は、いい奴だった』とか『実は、こんな可哀想な過去があるやつなんだ』とかそういうキャラクターの掘り下げなんてものは一切なく、ただ、ギルバートが越えるべき壁として描かれているキャラクターなのだ。

 そして、彼の隣にいるベルナール・ブルセ。彼もなかなか癖のあるキャラクターである。初回登場時は今のようにティッキーの金魚の糞として登場するのだが。実は、彼の正体は連続暴行事件の犯人だったりするのだ。誰にも見られない夜中や人気のない通りで、女性や小さな子供ばかりを殴って気絶させる、自分より弱い者しか狙わない通り魔みたいなクソ野郎である。そして、ジェイドルートはこの暴行事件を追うのがメインテーマになっている。例の交換日記を使い、主人公と二人で推理を組み立て、ベルナールを追い詰めるのだ。

 つまり彼は、ジェイドルートで言うところのラスボスなのだ。……ちなみに、ジェイドの恋愛ルートに入ってからのセシリアの死因の五割に、ベルナールが関係している。


(……帰ってくれないかなぁ……)


 もうほんと追い返したい。自分の未来のためにも。


(だけど新聞を見る限り、ベルナールは暴行事件起こしてないみたいだし。ティッキーも、今までギルバートに連絡とろうとしてないのよね。もしかして、この二人もゲームとは少し性格が違うのかしら……)

「なにぼーっとしてんだよ、このノロマ!」

「きゃっ!」


 肩を押され、身体がのけぞった。考え事をしていたせいで身体は思うように動かず、その場に尻餅をついてしまう。


「さっさと案内しろ!」

(はあぁあぁあぁ!?)


 セシリアはその場で彼を睨み上げた。


(ぜ、前言撤回! 追い返す! こいつら何としても追い返す!!)


 言葉はまだ許せる。でも暴力はだめだ。絶対に


「なに、いっちょ前に睨んできてんだよ! お前ら平民が、俺にそんな目を向けてもいいと思っているのか!」

「ま、まずいって! ティッキー! この人の服見てよ。動きやすく仕立ててあるけど、平民って感じじゃ……」

「ベルナール! お前は黙ってろ!!」

「ひっ!」


 ベルナールは肩をすくませる。その間に、セシリアは立ち上がった。

 こみあげてきた怒りは飲み込み、凛とした女性の顔を張り付ける。ドレスについた泥を払うと、セシリアは背筋を伸ばした。


「それが公爵家に生まれた人間のすることですか? ティッキー・コールソン」

「なに!?」


 腕を掴まれる。男性特有の強い握力に、眉間に皴が寄った。 

 しかし、セシリアはものの数秒で表情を取り繕う。


「あら。もしかして、先ほどの言葉ではご理解いただけませんでしたか? それならばもう一度、今度はかみ砕いて言いましょう。……ティッキー・コールソン。名家として名高いコールソン家の子息とあろうお方が、女性にこのような態度をとっていいと思っているのですか?」


 セシリアは余裕を示すように掴まれていない方の手で、髪を流した。


「野生の猿でも、もう少し考えて行動すると思いましてよ?」

「おま――」


 さらに握力が強くなる。さすがに痛くて表情が保てない。

 しかし、ここは根性だ。こいつに泡を吹かせるまで、表情を崩してなるものか。


「そういえば私、名乗っていませんでしたね」

「はぁ!? お前の名なんて……」

「私の名前は、セシ――」


 そう言いかけた瞬間、何かが耳の横をものすごい勢いで駆け抜けていった。そして、ガッ、という音と共に、見たことのある剣が目の前の木に突き刺さる。そして、目の前のティッキーの頬に赤い筋が浮かび上がった。頬の薄皮を切られたのだろう。


「……やっと見つけたと思ったら、なんなんだこれは」


 先ほど剣を投擲しただろう彼は、いつもより低い声を響かせながらこちらに近づいてくる。

 後ろを向いているセシリアには見えないが、背後の彼は今相当な形相をしているのだろう。ティッキーは「ひぃいぃ!」と間抜けな声を出した。腕を掴んでいた力も弱まる。


「離れろ。ティッキー・コールソン。それは俺の未来の妻だ」


 振り返ったセシリアの目の前には、般若の形相を浮かべるオスカーの姿があった。


..◆◇◆


「帰れ」


 これが、オスカーとセシリアから事のあらましを聞き、ティッキーと対峙したギルバートの最初の一言である。いつになく容赦のない彼の言葉に、何も言われていないはずのセシリアの心臓がきゅっとなる。ティッキーもベルナールも怯えているようだった。

 一同はコテージの一室にいた。セシリアは痣になってしまった手首に包帯を巻いてもらいながら、事の次第を見守っている。オスカーも扉の前で腕を組み、彼らを見つめていた。


「だ、大体、お前がいけないんだろう! 俺がいくら会いたいって連絡をしても、お前が何も返さないから! 学院にだって連絡したのに!」

「帰れ」

「そ、それに! あの女のことだって、俺は悪くない! あの女が早く名乗り出ないからいけないんだ!! シルビィ家の女だってわかってたら、俺だってもうちょっと――」

「帰れ」


 全く聞く耳を持たないギルバートである。そんな彼に、ティッキーは必死に言い訳を重ねていた。ここ最近、ギルバートが学院で先生に呼び出しを受けていたのは、どうやらティッキーが原因らしい。


「ね、ねぇ、ギル。もう少しちゃんと話を聞いてあげたら?」


 なんだか少し可哀想になり、ティッキーに助け舟を出してしまう。その船にティッキーは「ほら、女だってそう言ってるんだから!」と全力で乗っかってきた。ギルバートはセシリアに振り返る。


「姉さんは黙って治療受けてて。大丈夫。こんな奴、すぐに追い出すから」

「お前っ!」

「ってことで、帰れ」


 まったくもって付け入る隙がない。これは相当おかんむりのやつである。


「俺はただ、協力してくれって言ってるだけだろ!」

「協力する気はないと、何度言ったらわかるんですか?」


 ギルバートはそう吐き捨てる。どうやらこれは、コールソン家のお家騒動らしい。

 話を聞くと、次男であるティッキーは今コールソン家で微妙な立場にいるというのだ。ティッキーは嫡男であるニコラのスペアとして、大切に、大切に、育てられてきた。しかし、身体の悪い父親の代わりに、そろそろニコラが家督を継ぐという話になっているようで。それと同時にスペアの役割を全うしたティッキーは、家から追い出されそうになっているらしい。

 平民に落ちるのが嫌なティッキーは何とかしてニコラを貶めようと画策。その手伝いを、彼はギルバートに頼んできている、ということだった。


「俺は知ってるぞ! お前、ニコルをどうにかできる情報をもってるんだろう?」

「持ってるわけないでしょう? どこからそういう情報を仕入れてくるんですか……」


 ギルバートの怪訝な顔に呆れの感情が足される。もう本気で面倒くさがっている顔だ。


「だってお前、俺たちのこと恨んでるんだろう? だから――」

「だから俺がコールソン家をどうこうするために情報を集めてるっていうんですか? 馬鹿馬鹿しい」

「なっ!」


 本当にどうでもよさそうなギルバートの態度に、ティッキーの目が見開かれる。


「言っておきますが、俺はもう貴方たちのことはなんとも思っていません。関わりたいとも思ってない。ですから、その情報は完全なるデマですよ。……なので、安心してお帰りください」

「ちょ――っ!」

「自分で帰らないのなら、兵士に送らせますよ」


 冷たく言い放ったその時、部屋の扉が突如として開いた。ノックも何もない。開き方も乱暴だ。扉の前にいたオスカーはその勢いに飛びのいた。


「なっ!」

「おい! リーン知らないか?」


 そう言って部屋に入ってきたのはヒューイだった。彼の言葉にセシリアは大きく目を見開く。


「え? リーン?」

「アイツ。部屋に忘れ物取りに行くって出ていって、もうかれこれ三十分も帰ってきてないんだ! どこに行ったか知らないか!?」


 その時、セシリアの頭に浮かんだのは『キラー』という三文字だった。

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